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「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会い、ようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。

この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。
(取材/文 石原行雄)





<第二章④ 常習者への階段1>


■偽りのぬくもりに包まれて


覚醒剤はあたしの前に突然現れて、当たり前のように存在していた。

だから、高価で入手困難で、なにより違法なものという意識が、あたしには薄かった。

ある夜など、のんびりとお湯に浸かりながら注射しようとお風呂場に覚醒剤を持ち込んだら、袋ごと排水溝に流してしまった。

袋にはまだたっぷり、十回分以上の量が残っていたのに。

びくびくしながらそのことを久間木に報告した。

叱られると思ったけれど、次の袋をもらうためには、そうするしかなかった。

「今度は気ぃつけろよー」

叱られるのを覚悟していたのに、久間木はおっとりそう言うだけで、結晶の詰まった新しい小袋をくれた。




うれしかった。




覚醒剤が手に入ることよりも、叱ったり殴ったりされなかったことが。

素のままの自分を、丸ごと受け入れられたような気がした。





■優しい先生


いつの間にか、久間木は頼れるお父さんのような存在になっていた。


しかも、実際の父とは違ってフレンドリーで、素直に甘えることができた。


そんな久間木と、シャブという重大な秘密を共有できるのも、ちょっぴりうれしいことだった。


あたしにとって久間木は職場のリーダーであると同時に、


覚醒剤常習の師匠でもあった。


覚醒剤初心者のあたしが短期間で立派な常習者になってしまったのは、久間木がそばにいたからだ。


覚醒剤のことなどなにも知らないあたしに、久間木は打ち方から隠し方まで、なんでもこと細かにアドバイスしてくれた。


「そんなのシャブ中の間じゃ常識だよ」ということも、面倒くさがらず丁寧に教えてくれた。


「ポンプ(注射器)とかパケ(結晶の入った袋)とか、使わないときは押し入れの中に入って天井板を押し上げると梁が見えっから、その上に置いとくんだよ」


「でも、使うときにいちいち天井裏を覗くなんて、面倒くさいよ」


そうは言っても、警察の目だけじゃない。あたしはミツオからも覚醒剤を隠さなければならなかった。


シャブをやっていることがバレたら、浮気だけじゃ済まないだろう。


捨てられるのが恐かった。

 
絶対に避けたいことだった。


それなのに、「隠しすぎると出すときに面倒くさい」だなんて……もうこのときには、かなりどうかしていたんだと思う。


すぐに取り出せる場所で、なおかつ同居人の目に触れない場所なんて、狭い部屋にあるわけがないのに。


「だったら、使う分だけ冷蔵庫に隠すんだよ。二、三回分とポンプ一本だけとかな。扉の内張りを少しだけ剥がして、その隙間に隠すんだよ。ゴムパッキンが傷みやすいから丁寧にな。それと、ぜんぶ剥がしたら元に戻らなくなるから、剥がすのは少しだけだぞ」


言われたとおりにやってみたら、完璧に隠せた気がした。すぐに使う分は手軽に取り出せて、なおかつ“大物”は天井裏にあるから、強い安心感も得られた。


久間木の経験値の高さと、アイディアの秀逸さに感心した。

 
あたしは久間木に敬意さえ感じていた。


久間木の言うことを聞いていれば、なんだって上手くいくんだ!




そんな気がしていた。



(つづく)


取材・文 石原行雄
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/


ミツオに見つかるのだけは避けなければいけなかった(この写真はイメージです)
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