2010-01-22 08:12:18

クローズアップ現代「“助けて”と言えない~共鳴する30代」-孤独死もたらす自己責任論の呪縛

テーマ:ワーキングプア・貧困問題

 昨夜放送されたNHKクローズアップ現代「“助けて”と言えない~共鳴する30代」は、昨年10月に放送された「“助けて”と言えない~いま30代に何が」 の続編です。番組のあらましを紹介します。(※相当要約加工していますので御了承を。by文責ノックオン)


 北九州市で39歳の男性が孤独死しました。男性は「助けて」と声をあげないまま餓死したのです。こうした社会から孤立する30代が増えていることを前回の放送で指摘しました。


 会社を解雇され路上生活を余儀なくされている30代の男性・入江さん(仮名)は、「全部において何が悪いかって言ったら自分が悪いしかない」、「何が悪い? 自分が悪い。これ以外の言葉はない」と言い切ります。


 こうした自分だけを責めて「助けて」と声をあげることができない30代の姿に対して、放送後、インターネット上で、反響が広がりました。


 「自分がダメだから、もっと頑張れば…心に刺さります」、「明日はわが身かも知れない」、「私も『助けて』とは言えない」、「すべて自分が悪いと思う」などという書き込みが殺到。なぜこれほどまでに共感が広がったのでしょうか? あらたな取材から浮かび上がってきた30代の実像を番組は追います。


 〈国谷裕子キャスター〉 前回の番組を見て、「仕事が無かったり、住まいが無かったり、お金に困っていることが、すべて『自己責任』という言葉で片付けられているような時代に怖さを感じた」、「本人が頑張らなかったという理由だけで、現状のどうしようもない事態に陥ったのでしょうか?」という感想が寄せられています。


 働き盛りであるはずの30代が、厳しい雇用環境の中で、仕事だけでなく、住まいも失い、セーフティーネットからもこぼれ落ちているにもかかわらず、「自分が悪い」、「自分の努力が足りなかった」と自分を責め、「助けて」と言えない実態を伝えた前回の番組。放送後、30代を中心に3日間で2千件のブログへの書き込みがあり、今も増え続けています。


 書き込みの多くが、自己責任を強く求められてきたゆえに「助けて」と言えない、決して人ごととは思えない、という内容でした。


 食べるものにこと欠くようになっても、家族や友人に「助けて」と言えない。相談すれば「負け組」と思われる。80万人近い30代の失業者。改善しない有効求人倍率。それでも結果を出せないのは、自分が悪いと声をあげない30代。前回の番組で紹介した32歳の男性と、彼の姿に共感すると書き込みをした人をあらためて取材しました。(国谷キャスターの話はここまで〉


 路上生活を続ける32歳の入江さん。去年9月に取材したとき、公園で寝泊まりしていました。精密機器メーカーで非正規労働者として働いていた入江さんは解雇され、2日間を1個100円のパンで暮らす生活。一方で、入江さんはプライドもあって、ホームレスと気づかれないように、身なりに気を配っていました。できるだけ食費を切り詰めて、10日に1度は洗濯をしていました。しかし、入江さんは、こうした状況になったのは、社会ではなく、自分のせいだと自らを責め続けていました。


 「自分が悪い」--この入江さんの言葉に共鳴する声がブログでまたたくまに広がりました。「私も30代です。『自己責任』という言葉を強く埋め込まれてきました」、「今の自分は努力しなかった結果だ」、「つい自分を責めてしまいます」--なぜ自分を責める姿に共鳴したのか? ブログに感想を寄せた人たちを訪ねました。


 38歳男性Iさん。「自分が悪い」という入江さんの言葉に自分を重ね合わせたと言います。Iさんは一昨年、正社員として働いていた出版社をやめました。30歳になって副編集長に抜擢されたIさん。しかし、その後、売れる本を作れと次々にノルマが課せられ、休みも無く働き続けました。33歳のとき、Iさんに異変が起こりました。うつ病になったのです。病気になって十分に働くことができない自分を責め、Iさんは会社をやめました。「何が悪いって聞かれたら、自分が悪い、もうそれしか言いようがない。ただそれだけだって言ってるところに、すごく共感を覚えます。とくに仕事で思うように成果を出せなくて、会社をやめざるを得なくなってしまうということに関しては、やっぱり何か自分に足りない部分があったんだろうと思ってしまうのです」と語るIさん。


 女性の間でも「助けて」と言えないという声が広がりました。--「誰かを蹴落とさないと自分が蹴落とされる社会」、「目の前のことに追い込まれて、心を開くなんて単語、思いつきもしなかった」とコメントを寄せた37歳の女性。3年前、正社員として働いていた化粧品会社をやめました。女性が社会に出たのは1995年。当時はいわゆる就職氷河期。友人の多くが希望する仕事にはつけませんでした。そうしたなか、女性は正社員として採用されました。しかし、会社では成果主義が導入され、結果を出せないと替わりはいくらでもいると、厳しく罵倒されました。「まだ自分の努力が足りないの一心で、厳しい状況なのに、売り上げを上げられないのも、自分ができないからだと思い込んでいました」と語ります。


 さらに女性は追い詰められていきます。母親が体調を崩し、介護が必要になったのです。会社に迷惑がかかると思い、介護休職を取りませんでした。女性はからだがもたなくなり、結局会社をやめざるを得ませんでした。「助けてもらうという発想がなくて、自分で何とかしないと、しっかりしないとって必死で走っていたので…」と語ります。


 インターネット上には、「『助けて』と言ったところで、どうにもならない」というあきらめの声も数多く書き込まれていました。--「いざ助けを求めたら、『甘えるな』って突き放すでしょ」、「負けを認めても生命の危機から脱出できるだけ。希望が見つかりません。終わりのない“ラットレース”に復帰しただけです」、「一度でも助けを求めたらそこで『終わり』」


 「自分が悪い」という言葉が30代の共感を呼んだ入江さん。その後、食べものを買うお金もまったく無くなり、やむなく生活保護を申請していました。毎月受け取るお金は7万9千円。今は寒さをしのぐために、ネットカフェで寝泊まりできるようになりました。しかし、生活は厳しいままです。受け取ったお金は、ネットカフェの料金と食費で無くなります。アパートを借りたくても敷金などの費用が貯まらず、保証人も見つかりません。正社員の仕事を探していますが、住所が無いため、採用してくれる会社はありません。「仕事をせずにお金をもらうっていうのが、おこがましいと言うか、自分もまだ元気なのに、そういうお金をもらっていいのかなっていうのもありますんで」と語る入江さん。


 〈路上生活者を支援しているNPO北九州支援機構の炊き出しなどの取り組みのVTR〉孤立する30代が増え、37歳の男性が救急搬送され亡くなるなど深刻な事態になっており、「若い方でも危ないという状況です。ちょっとでも具合が悪い、おかしい時はぜひ相談してください」と炊き出しをしながら訴えます。さらに、5日前にまた30代が路上で命を落としたことが伝えられます。


 ゲストのNPO北九州支援機構の代表・奥田知志さんは要旨以下のように語りました。


 彼らに対してなぜ「助けて」と言わないのかとか、なぜひとりで頑張ってしまうのかを問題にするのではなくて、「助けて」と言う必要のない社会にすることが必要です。社会の方こそ、本当に社会の責任を果たすのか果たさないのかが問われるべきで、社会がきちんと責任を果たした上で、自己責任を求めるべきだと思います。


 人間は、自分で頑張るためには誰かの存在やつながりが必要だと思います。人間はひとりだけでは生きていくことができないので、頑張るのをやめる必要はないけれど、ひとりだけで頑張るのはやめた方がいいと思うのです。


 リーマンショックの前は、私たちが関わってきたホームレスの方の年齢は平均で50代後半でした。年齢的にも家族との関係などが途切れることが多い世代でしたが、リーマンショック以降、まだ家族との関係が身近なところにあるだろうと思われる若者たちがホームレス状態になっています。ホームレスになっても家族のところには帰れない、自分が頑張るしかないと言って路上にたたずんでいる若者たちの姿がこの1年多く見られました。


 最初の頃は単純に一端家に戻った方がいいのではないかとよくアドバイスしていましたが、彼らは「こんな姿じゃ家に帰れない」と言っていました。じゃあ、どうしたら帰れるのかと聞くと、「もう一度働いてお金を貯めたら帰ることができる」と答えます。おそらく、彼らが中学生以降育ってきた時代が「自己責任論の時代」で、自己責任を果たせない人間は、人前にも、親の前にも立てないというふうに、彼ら自身が「自己責任論」に呪縛されている。そういう世代になっているのではないかと思っています。


 「自己責任論」というのは、個々人に責任があるということを一見言っているように見えるのですが、実際のところは、社会の側や、周りの人たちが助けないための論理だと思うのです。それはあなたの問題だと言い切ることによって、社会の側は手を貸さない。「あなた自身が頑張るしかないのだ」と言って、「社会の側は助けないための理屈」、それが「自己責任論」だと思います。


 ですからそういう中で、若者たちは長年育ってきて、自らもそういう考え方をしてきたでしょうから、社会に対しては期待しない、期待しても無駄だ、という思いはすごく深いところであると思います。


 絶望しているということも、希望を見い出せないということも、すべて自己の中だけで完結した議論、考え方が支配していると思うのです。人間の希望というのは周りのつながりから生まれてくるものだと思うのです。希望というのは社会的なもので、外から差し込んでくる光のようなものだと思います。ですから、自己の中だけで完結させられる「自己責任論」は絶望をもたらすのです。そして、生活保護とかハローワークなど様々な受け皿も大事ですけども、それをつないでいく人の役割も大事だと思います。伴走的に支援をしていく、つながりをコーディネートする役割が社会的に保障されなければならないと考えています。寄り添ってくれるような人の存在が大事です。人が人を救うのです。〈NPO北九州支援機構代表・奥田知志さん談〉

コメント

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3 ■無題

働かざるもの食うべからずって言葉知ってる?

> 「自己責任論」というのは、個々人に責任があるということを一見言っているように見えるのですが、実際のところは、社会の側や、周りの人たちが助けないための論理だと思うのです

当たり前じゃん。助けてもらおうということ自体がおこがましいんだよ。

4 ■無題

派遣切りには見て見ぬ振りをし、自分たちはちゃっかりベアを要求する。日本を駄目にしているのはこいつらだ。

あとね、俺は自己責任論は完全否定だ。これを突き詰めていくと、政治なんて必要ない。

現在の不当な格差、貧困は構造の問題。政治的に解決できること、竹中平蔵氏でさえそう言ってるよ。

5 ■無題

会社の都合で切られるのは可愛そうではあるが
それで無職になったとき、「助けて」と言わない
くだらないプライドで死ぬ人間には同情できないな。
人間色々な人に借りを作って生きているモノだ。
今さら助けてと言えず死ぬなんてアホだ。

6 ■日本は若者が安定した仕事につけるよう、もっとやれることがある

NHKの番組見たけど、至ってまともな若者に職がないという現状は異常だ。
OECDの勧告を受け入れよ。


OECD(経済協力開発機構)は日本における労働市場の二極化について、度々、これを是正するよう求めている。

2006年の対日審査報告書では、「格差問題」に一章が費やされている。日本は従来、所得の不平等度が少ない社会と見られてきたが、「最近は所得格差が拡大している」と警告している。その理由として、日本は解雇に関する法制が未整備で、正社員の解雇が困難な点をあげている。「正規雇用への保護が手厚すぎる」がために、企業は非正規雇用への依存を強める結果となり、「所得の低い非正規雇用者の増大から、所得格差が拡大した」と指摘した。「日本はもはや平等な国ではない」と締めくくっている[2]。

以降も連年、同様の指摘が行われているが、その骨子は「日本はOECD加盟国のなかで実質的には最も解雇規制がきびしい国の一つである」「正社員の解雇規制が強すぎる、すなわち一度雇ったら解雇や賃下げが困難であるがゆえに、企業に正規雇用のインセンティブを失わせている」というものである。

2008年には、特に若年層における失業や貧困の拡大を問題視し、「Japan could do more to help young people find stable jobs(日本は若者が安定した仕事につけるよう、もっとやれることがある)」と題した報告書を発表。その中で「正規・非正規間の保護のギャップを埋めて、賃金や手当の格差を是正せよ。すなわち、有期、パート、派遣労働者の雇用保護と社会保障適用を強化するとともに、正規雇用の雇用保護を緩和せよ」と勧告を行っている[3]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E8%A6%8F%E7%A4%BE%E5%93%A1%E3%81%AE%E8%A7%A3%E9%9B%87%E8%A6%8F%E5%88%B6%E7%B7%A9%E5%92%8C%E8%AB%96

7 ■労働組合の皆さんへ

自己責任について様々な意見が交わされておりますが、社会と言うものは国によっても多義的で定義する事は出来ないものであるかと思います。

今の社会が悪いと感じるか良いと感じるかは人によって違うので無いでしょうか。
同じ様に人生も様々であって他人にはどうしようも無い事も多々あります。

ですから組合を作り、救済支援などに関しても全てが同じ考えとして捉えて同じ対策を要求するのは組合に入っていない国民として理解できないと思います。日本国民の殆どは組合に加入せず生活してます。組合の主張イコール国民の考えでは無いのです。
今多くの国民は気まぐれな救済や支援に対して不公平感を持っている筈です。

自己責任の話から反れましたが、個人の自己責任を本人が考える事は決して悪い事ではありません。大いに自分を見つめ直すことも重要であります。その際結論が希望の無い結論になった時、生活保護やお金を給付するのでなく、本当に親身になって相談出来たり気持ちを楽に出来る場所を設立してあげたいものです。今の役所やハローワークの相談でなく気楽に足を運べる場所を。

お金をあげる事が本当に自殺まで考えている救済方法とは思わない。

その様な施設を設立する為に国民の税金を導入する事に関しては無差別に生活保護を受給させる事とは違い多くの国民は反対しないのでないでしょうか。

8 ■Re:日本は若者が安定した仕事につけるよう、もっとやれることがある

>日本は若者が安定した仕事につけるよう、もっとやれることがあるさん


そう、仕事がないわけじゃないんです。
僕の周りにも残業地獄で苦しんでいる人、たくさんいます。
だから、雇用を守るよりも、むしろ労働市場への参入障壁となっている解雇規制を緩和し、貰いすぎの人を適正水準まで賃下げすれば、多くの雇用が生まれるんです。
それがいわゆるワッセナー合意ですよ。

9 ■Re:Re:日本は若者が安定した仕事につけるよう、もっとやれることがある

>某さん

>そう、仕事がないわけじゃないんです。

なら文句垂れる若者が悪いな。日本で格差wwwwwwとか言っちゃう時点でOECDなんてのはその程度の団体ってこと。
働かない人間を救う必要はないし、救う価値もない。さっき船越英一郎もドラマで自己責任論展開してたぞ?ww

10 ■Re:Re:Re:日本は若者が安定した仕事につけるよう、もっとやれることがある

>あさん

読解力がないのですか?

お馬鹿さんですか?



OECDは国際機関です。

11 ■無題

最終的に思ったのは、あくまでマスコミが彼らが可哀想な状況であるかを訴えているだけであり本人たちはそこまで考えてないのかもしれない
しんどい仕事などはあるが自ら今の生活を選んでるのかもしれない
だからこそ彼らは自らを責めているのではないだろうか?
かつてホームレスの生活保護取得を手伝ったがが最終的に自由を選択し拒否されたことがあった

12 ■「若年層の就職難は自己責任でなく構造問題、セーフティネットの充実を」(経済誌より)

若年層の就職難は自己責任でなく構造問題、セーフティネットの充実を
労働市場の根本を直視し、セーフティネットの充実、職業能力の基準化、中途採用の拡充などを進めていかなければ、
今の日本の若者問題は解決しない。問題を構造的にとらえ、それを社会化する。
その姿勢を持つことが、解決の第一歩となる。
http://www.toyokeizai.net/business/society/detail/AC/787861d32cdfffd8104fec92afbf6f24/page/2/

低所得者の賃金を改善させた英国式「トランポリン型福祉」
職業訓練と失業給付をセットにしている点は、オランダやデンマークのフレキシキュリティとも重なる。
失業者対策で、イギリスが日本と大きく異なる点は、非保険料拠出の「所得調査制求職者手当」の存在だ。
たとえば若年者には週46・85ポンド(約8000円)が支払われる。
非保険料拠出という点では日本にも生活保護があるが補足率(生活保護水準以下の世帯のうち実際に保護を受けている率)は2割程度。
結局日本の若年失業者は生活を家族(親)に依存しなければならないのが実情だ。
イギリスのトランポリン型の福祉は一定の評価を得ている。
これまでの好景気が追い風だった面はあるが、就業率は97年70・6%から06年72・5%へと向上。
下図のように低所得者の実質所得の伸び率は高所得者を上回り、貧困率はブレア政権期間中に確実に低下した。
一方日本は、社会保障が貧弱なうえ、失業給付も職業能力開発とバラバラに行われている。
政策のコーディネートを構築する必要がある。
http://www.toyokeizai.net/business/international/detail/AC/c4634538fcecfbd5cfc640bb434667d9/page/1/

13 ■団体には要注意!

<a href="http://www.tanteifile.com/diary/2010/01/22_01/index.html">派遣村運営の闇    ~生活保護ビジネス/BOZZ</a>

14 ■助けてと言えない理由

そんなもん決まってる。

今まで困った人をみても、自分が見て見ぬふりをきめこんできたからだろ。
周囲と一緒に生きているという感覚が希薄なままなんとなく生きてきて、自分が生き残るためなら他人を蹴落としてもいいと、心のどこかで諦めにも似た肯定をして生きてきた。

周りは、みんな「敵」であって助け合う存在ではない。

ようするに、本当に悩んで困ってる人がいても、自分だけを見、その存在に気がつかないまま生きてきた。困った人に共感した経験が乏しいから、自分が困った時にどう解決すればいいのかを知らない。人が困った時に助けてこなかったツケが回ったと言える。まさに、自己責任。因果応報。情けは人のためならず。

自分だけを見たと書いたが、けっして”見つめた”わけではない。「自分が悪い」と言うのは何の解決にもならない。なってない。内省するなら、深く考えることが重要だし、「自分が悪い」では全然深く掘り下げたことにはならない。具体性が足りない。
そもそも“悪い”のは自分に関連するどこなのか(環境、性格、態度、容姿、知性、能力)を本当に自己分析できているかというと、非常に怪しい。足りないなら、補えばいいし、変えられないものなら代償すればいい。一人でできないなら、誰かに助けてもらえばいい。自己分析から出来ないなら、他人の話にしっかり耳を傾けること。金がなくても出来ることはたくさんある。

話を戻すと、平時人を助ける心もないのに、いざ自分が困ったときだけ助けてもらおうなんて、本当に虫がいい。

もし、自分が助けたことのある友人や知り合いがいればいざという時に頼ることが出来るはずだ。
それがいないから、そういう事になる。


社会の基本が相互扶助ならば、そりゃ、堂々と「助けて」なんて言えるわけがない。

じぶんがそうしてこなかったのだから。


人と仲良くする気がないなら、社会をあてにするな。社会をあてにしない生き方をしろ。それは、人の勝手だしそれこそ自己責任だ。

助けてもらいたいなら、簡単だわ。
人と仲良くすればいい。
簡単だろ?できないwwww?バロスwwwww

15 ■要するに

>code06さん

人と仲良くできないのはご自分だっていうことですね。


自己責任論て恐ろしいですね。
私も今回、仕事をやめます。この論で行くと、どんな理由があっても仕事をやめたんだから野垂れ死にしても「自己責任」なんですね。

今、地域福祉を勉強中で、日本に伝統的にあった福祉策も学びましたが、そういう互助精神というのはいつから消えてしまったんでしょうか。

16 ■無題

日本では 自己責任論 でないという意見も多いが
一歩海外に出ると 自己責任論 としてか扱ってくれないんだろうな
ただプライドとかのために親にも保護を求められない これは自己責任論でいいんじゃないか
立派な成人なんだからどこまで保護すればいいってことになるからな

17 ■雇用環境も福祉も欧米以下! 日本は「世界で一番冷たい」格差社会

 アメリカは確かに国家の福祉機能が小さく、利潤追求と競争の市場原理を重視しているが、それがすべてというわけではない。市場原理にまったく従わない民間非営利セクターが大きな力をもち、福祉機能、すなわち社会を維持する役割を担っている。
(中略)

 ちなみに、アメリカ型の市場原理に対する批判はヨーロッパでもある。ただ、欧州先進国の多くは国家の福祉機能が大きく、「市場で失敗するのは個人だけの責任ではないので、国家が助けるのは当然だ」と考える人が多い。こうしてアメリカとヨーロッパ、日本を比べてみると、日本が一番冷たい社会のように思える。

18 ■無題

要はさ、今安定した職につけている人からすれば「自分もそうなる可能性はある」という想像が全く働かないんだろうね。

でも、JALの例でも分かるとおり、大企業でも一生安泰なんてことはもうない。

だからこそ、OECDも指摘するように、一度職から離れても、すぐまた新しい職に就けるような柔軟な労働市場を作ることが重要なんだよ。

若い人にまともな職がない、マクロで見れば大きな損失だから。

19 ■日本国民の底力を見せようじゃありませんか!

自分が生まれてきた家族環境や教育、それにその時代背景によっても様々であろうかと思います。
それを単一的に考えること自体かなり無理があり不公平感が生まれる事は必然的でありましょう。

自分は今50代ですが、『昔も戦争を経験した人』、『戦争を知らない若者』など色々意見の食い違いなどありました。しかし当時は日本を成長させようと言う同じ目標が国民の中の意識として統一されていたので時代背景が違う世代同士共存出来ました。

さて今はその時代に比べて複雑な問題が山積みです。時代背景が違う世代も以前に比べて更に複雑に共存しています。

例えば自分の時代背景は正に高度成長時代に少年時代、青年時代を送りました。社会人になった時もバブル時代の最盛期でした。就職難と言う活字は全く目にしませんでした。
当然国に生活の手助けを求める人など少なかったと思います。生活保護を受ける人は必ず深い事情があったものです。

だらだら長い話になってしまいましたが、様々な時代背景暮らした人々が現在共存して社会を形成している今日、大昔のように日本を世界に誇れる国に成長させるといった共通意識も作りづらいのでは無いだろうか。

小さい頃親の教育、小学校に通う団体生活を学ぶ教育時代に今の教育のあり方の問題があるのではないでしょうか。
と言っても現実社会を早急に良くしなければなりません。

国にお世話になる人、国に貢献する人に分けるのでなく皆きちんと働き国の発展に参加しているんだと言う実感の持てる国作りを今こそ共通意識として持つべきではないかと考えます。

生活再建を真剣に考えている方も多くいらっしゃるかと思います。その方は色々不満はあるかと思いますが自分自身の為に何とか頑張り通して下さい。それが大きく国の発展にも繋がります。
そして頑張っている姿を見かけたら同じ日本人として対等に接し暖かく見守ろうじゃありませんか。

20 ■Re:要するに

>とおりすがりさん

きっと、とおりすがりさんは誰か頼れる人がいると思います。

先ほどの記事を読んでわかっていただけたと思いますが、私の言う自己責任というのは、“自己責任論”とは別物でして、ここは非常に強調したい点でして、

「自分に余裕がある時に誰か困ってる人助けたことがあるの?

いままで、自分のことだけ考えて生きてきたんじゃないの?

自分が過去に助けた人が誰もいないの?

だから、誰も助けてくれないの?

それなら、いま自分が助けてもらえないのは、過去の自分が誰も助けてこなかったせいじゃね?仕方ないね」

ということです。簡単でしょう?

貸し借りが出来る、対等な人間関係が築ける、困った時に助け合える。

この程度なら、なにも行政の介入がなくとも、個人レベルで実践できるセーフティネットだと思うのですが。


いい加減、“社会”という幻想に頼るのをやめませんか。本当の社会というのは、自分の周囲に自分で築いていくものです。
家族しかり、友人しかり、職場関係しかり、師弟関係しかり。

親や友人との関係だって、立派な社会関係です。学生時代、友人を大切にしてましたか?
社会人時代、同僚と仲良くしてましたか。
両親大事にしてますか?
人間関係大切にしてますか?

自称ニートのphaさんは、そういう意味で自己責任を果たしている。きちんと人付き合いをしているから。誰かが助けてくれてるから。


社会に関して補足すれば、誰だって、先人が気づいてくれた社会の上で生活しています。そして、その先人たちの築いたものの上に自分で人間関係を形成して社会の一部となり周囲と協力していきていく。
それこそが、真の人間的で文化的な生活でしょう。


人間関係が周囲の誰一人とも築けないというのは、絶対自分の責任です。誰か一人くらい、たった一人でもいいから、いざという時に自分が頼ることのできる人間が、日常生活の中で誰も出来ないとすれば、それは人との関わり合いを避けているとしか考えられません。
困った時に、助けてくれるだろう人に正々堂々と泣きつけないのは、何故でしょうかね。

プライド?ならしかたない頑張れ

21 ■無題

今の30代は10数年前、就職超氷河期で社会に切り捨てられた人間なんだから、社会を当てにしないのは有る意味当然。
20代半ばの頃は景気が良くなっていたが、既卒という事でまともな企業には相手にしてもらえず、相手をしてくれるのは派遣会社ばかりという惨状。
これでも社会を当てにできますか?

22 ■氷河期とかいうけど

氷河期だって、まともな企業に就職して何年も一生懸命働いている人もいる。
氷河期だから希望する企業に務めることができなくて、でもその会社で頑張っている人もいる、JOBチェンジした人もいる。
起業して成功している人もいる。
社会が何もしてくれない、助けを求められない。じゃなくて、自分自身で考えて行動できない。
何でも他人の所為にするような人たちが
ホームレスや派遣切りにあっていると思う。
おまけにいうと、xx世代とかで一括りにして物知り顔でコメントするやつが一番頭悪い。

23 ■無題

自己責任論者の頭の悪さにはくらくらする。
なるほど、こんな人間を作ってきたのだとしたら、戦後教育は大失敗だ。

だいたい、どこに責任があろうと、どうでもいい。現実に生存の危険にさらされている人がいる以上、ただちに救済するのは行政機関の責務だ。それができないなら、国なんて存在意義がない。

24 ■氷河期とかいうけど

氷河期だって、まともな企業に就職できず何年も一生懸命職探しをしている人もいる。
氷河期だから希望する企業に務めることができなくて、でもその会社で頑張ったが首を切られた人もいる、JOBチェンジできない人もいる。
起業して失敗している人もいる。
社会が何もしてくれない、助けを求められない。じゃなくて、自分自身で考えて行動しても機会がない。
何でも自己責任と諦めてしまうような人たちが
ホームレスや派遣切りにあっていると思う。
おまけにいうと、一部分を取り上げていい気になってコメントするやつが一番頭が悪いwww

25 ■無題

コメント酷いものです。
今まで平気で人を罵り、けなし、踏みにじり、蹴落としてきた人たちなんでしょうね。
今の日本を構成している過半数はこういう人たちなんでしょうね。
でもそんな人生で虚しいと感じることはないんでしょうか?
こんな冷たい日本に満足してるんでしょうか?
なんか寂し過ぎます。

26 ■Re:Re:要するに

>code06さん
あんた、頭悪いね。
共通話題とか共通したモノがないと
友達関係なんて作れないんだよ、わかるか?

それにこちらは友人と思って助けても
裏で笑われる、利用されるなんてことはしょっちゅうあったが?

助けを求めたい友人たちも苦境に陥っていたりしても、
それでも助けを求められるのか、あんたは?

27 ■無題

自己責任大いに結構。
日本は人多すぎなんだよ。
自分は負け組になったら命を断つ覚悟もできてる。
すこしは人減らしをしなきゃね。

28 ■Re:無題

>げんさん

困難に陥ってるのは若い世代がほとんどだ。
ますます老人ばかりの国になるねw


●日本の労働市場の魅力はどんどん下がっている(高度人材から見た労働市場
の魅力度ランキングでは中国や韓国も下回る44位)。
中国も下回る44位高度人材から見た労働市場の魅力度ランキング出所:
IMD『The World Competitiveness Yearbook 2009』順位国名・地域

●Freedom of choice in life
人生における選択の自由度
Japan OECD19か国中最低の19位
世界57か国中49位
http://www.kisc.meiji.ac.jp/cgi-isc/cgiwrap/~kenjisuz/country.cgi?LG=e&CO=15

●自殺率は主要国では断然トップ

●幸福度は世界90位
http://bwnt.businessweek.com/interactive_reports/competitive_countries/

●日本の起業率は調査34カ国中の最下位
http://edition.cnn.com/2005/BUSINESS/02/03/entrepreneurs.survey/

29 ■自己責任について考えてみた

自己責任って言葉を良く会社なんかでもミスを犯したと時に弁明の中で口にする事が多いですが、あまり聞き手側としては説得力の無い様に思う。自己責任について自分なりに振り返り考えてみることはとても重要でありプラス志向にも繋がるとは思いますが。

ただ『自己責任だから』と他人に説明することは聞き手としては違和感を感じます。
自己責任は己の事であって他人との関わりを自然と避けているように聞こえます。

とは言っても自分も会社の中でつい自己責任とも思ってもいないのに上司などにミスの説明として『自己責任ですから・・』と言葉を発してしまった経験が何度かあります。
ミスをして叱られている中で当たり障りの無い言葉として軽々しく使っておりました。
その時の上司は恐らく自分に対して前向きな姿勢を見えず将来性が持てないと判断されてしまったと思います。

ですから自己責任なる言葉は自分の中の問題であり人前で使用する言葉では無いように思うのですが。

恐らく番組の中でも自己責任だからとインタビューに答えていたように思いますが自己責任だから・・・と言いながら実は人間関係を避けてきたのだからと聞こえました。
番組の中の登場人物はルックスも良く非常に会話もリラックスしていて人と関わるのは上手そうなのに不思議な感じもしました。

ただあの限られた時間の中の映像で『自己責任論』などの結論はとうてい出ません。
論じる事自体無意味なのではないでしょうか。

30 ■Re:Re:Re:要するに

>TT1さん

困ってるなら困ってるなりに、互いが互いに出来ることはありますよ。お金が要らないものなら、可能な限り応えるようにはしてますね。

その代わりギブアンドテイクですから、こちらも相手の出来る範囲でなんかやってもらいますが。
それでこそ、対等。


だから、相談程度には言うよ「助けて」って。
なんか解決方法見つかるかもしれないし、一人でうだうだやってるより格段にいいからね。それで解決できないなら、さらに多くの人に助けを求める。
助けてくれた人には、後日何らかの形で出来る限りその恩に報いる。これ大切。


他人の恩を大事にしない人は、第三者からも相手にされなくなる。そうして、新たな人間関係の芽を枯らしてしまう。


裏で笑う?利用される?
僕も、学生時代に数限りなく経験しましたね。そういうこと。

で、自分の殻に閉じこもってみた。

すると結局自分が損しただけです。じり貧です。十年二十年たっても、なにも成長してやしない。


その非成長、あるいは退化を誰かのせいにするのって、むなしいですよ。みじめです。
そして、その“せいにされる”誰かにしてみれば、“因果関係があいまいな責任”や“実感のないこと”を追及してくる人間なんて、相手にしたくないでしょうね。だから、どんどん人は遠ざかっていく。誰も助けてくれない。その悪循環。

結局、根本原因は自分の殻にこもるという、心根一つでどうにでもなるところにもある。
だから、克己心の強い、世の中の成功者のいくらかは、それを見抜いて、
「自分の意志力で何とか出来る部分を残しつつ、それを何とかしていない上で、状況改善を求めるのは、甘えじゃないか」
という、耳の痛い主張をしてくる訳で。
人間は、自分を基準に事物を判断しますから、当然ですよね。彼らは、成功者。
能力もあり、人間関係も確立している。
だから、成功者とよばれる。
成功者には成功者の価値観があることも理解しなければならないと思います。それを受け入れるかどうかはまた別問題ですが。それに立ち向かうにしても、理解は必要です。絶対に。

31 ■Re:Re:Re:Re:要するにの続き

話がそれましたが、友人関係の話へ戻ります。
自分は、人間関係裏切られることがあるのは、当然だと思います。故意して、あるいはしないは関係なしに。
信じていれば、裏切られることもあります。でも、よくよく考えてみれば、信じるのってこっちの勝手なんですから、相手が裏切るのも相手の勝手です。ただ、自分が相手を裏切らなければ、それでいい。

だって、相手の心理が自分の思う通りに動いてほしいなんて、おこがましいと思いませんか?現実の人間が、真に自分の思う通りに動いてくれる事なんてめったにありません。でしょう?

なら、こちらから動くしかない。

共通話題がなければ、作ればいいんです。こっちが相手に合わせてあげればいいんです。
非常に簡単なことです。言葉にすれば。
実践は難しい。もちろん、最初からうまくはいかない。
でも、あえて陳腐なことを言えば、そりゃなんだってそうでしょう。
諦めないでやれば、何とか身に付くものです。あきらめたら、そこで試合(=人生)終了です。


住む家なら、他人に立ててもらう事も出来る、既存のモノを買うことだってできる。借りることも。自分自身で設計して、材料買って基礎を作って、家を建てる必要は、必ずしも、ない。
だけど、家族関係や友人関係や地域社会、そしてそれを取り巻く“社会”は、すべて、自分自身の人間関係に還元されるべきだし、その人間関係という物は、自分自身でコツコツと作り上げていくしかない。そうおもいます。その形成は、自己責任で行われるべきです。

普段から、人間関係が深ければ、自分も社会の中で身近な他人が困っていれば助けたいと思うし、逆に自分が困っていれば、誰かが助けてくれるでしょう。それが、“人間関係が築けている事”だと思います。
そして、人間関係がなんとなく出来上がるものだけでなく、普段の不断の努力によって形成されるものがより重要なものとして立ち現われてきた時、それが、人は一人では生きていけないという事を実践したと言えるでしょう。

32 ■寄付制度

平野啓一郎さん、三十代の方々をはじめとする、職のない人々を救援するための、寄付制度を提案されていましてね。
どうか早く立ち上げてください。人間として、最低の住む場所、食事に事欠く人たちをどうにかして、手助けしたいと思うのは、私だけではないと思います。いろいろな問題があるかもしれませんが、急務の事態ですから、どうかクリアして、この制度を確立してくださいますようにお願いいたします。

33 ■無題

自己責任が、安定した身分地位の者にとってのみ口にして楽しい言葉であるのは自明の事。
さらにまた不安定な身分であればより立場の弱い者に対する脅迫としてのみ用いられる。
始めから政治的な概念であり、始めから汚れた概念だ。
民法の契約自由の概念から作り上げたキャッチフレーズであろうが、その概念は資本主義初期の無法な弱肉強食の社会を背景としている。
日本人がこの古い、間違いの言葉を口にし、自他に攻撃的に振る舞っているのは、誠に痛々しく、悲しい。
どこかからか蔓延した、撲滅すべきカルト的観念でしょう。

34 ■Re:寄付制度

>summer-whiteさん

皆さん今晩は。

summer-whiteさん大変慈悲深い方だと良く分かります。それを大前提の上少し書き込みさせていただきます。

寄付制度と同時に仕事をセットでお願いしたらいかがでしょうか。
世間知らずの私でも求人有効倍率が極端に低い事は充分承知です。私の言う仕事と言うのは就職などと言う大袈裟ものでなく、外で暮らしている人達がコレなら出来る!と言うような作業を紹介してあげて、ただ飯食っているんだと言う気持ちを失くしてあげたいのです。
もちろん自分の哲学として外に暮らしている人も中にはいるでしょうから強制では無く本人希望として紹介出来たら良いのになと勝手に思います。

そんな誰もが出来る仕事でもきっと小さな自信となり次の自信に繋がるのではないでしょうか。
どんな簡単な仕事でも『働いて生活しているんだ!』と言う実感を何より寄付したいものです。




35 ■無題

 たとへば、四十年前、無関心、無責任、無知という三無主義が十代、二十代に爆発的に支持された。

 フォークソングがもてはやされて、アイドルが出始めた。

 ベトナム戦争も終わり、人はますます平和の大切さを忘れていった。

 たとへ、その当時から、このままでは危険だと理解する人がいたとしても、確かにいたけれど、

 まわりの圧倒的多数は、その人たちを小ばかにしてこづきまわしていた。まじめなその人たちは死に追い込まれていった。たくさん、たくさん・・・

 その人たちの自殺や病死をなんども、なんども目にして生きてきた。

 そして、そのまじめな人たちの意見がついに現実化した。無関心、無責任、無知の親から生まれた子供たちは幸せに育ち、あるいはいじめで悲惨に育ちながら、親はリストラされ、子供は非正規雇用に落ち込んだ。

 常に、問題に立ち向かわない圧倒的多数の大人たちがいた。

 それはやはり間違いだったと思う。

 たくさんのまじめで責任感のある人間を、こづきまわし、こばかにして、いい会社に入ることだけを夢見て、あるいは夢をかなえることだけを夢見て破綻した。もうそこに自分の夢が実現できる可能性などないのに、あると思いこむ無知、無関心、無責任の力によって。できないことが理解できなかった。

 まじめな人間はこづきまわされ死んでいた。そのためにだれも自分の首のすぐ上に、死神のかまがあることをわからなかった。無知のために。無責任な行動をした自分の親たち、それに無関心な子供たち。

 七十年代の無知、無関心、無責任は間違いではなかったか?

 事実をもっていいたい。間違いであった。

 ではどうしたらいい?無知無関心無責任を心の底からにくみ、まじめな人間を命をかけて守ることが必要だ。

 日本人は、ものすごい激烈な痛みの中からはじめて、労働権の重要性を自分の血と汗と死によって認識しかけているのかもしれない。

 よく社会主義者がいっている。立て万国の労働者、団結せよ。

 戦わないものは食うべからず。をう私はつけたしておきたい。

36 ■無題

結局↑からこのような問題だけでなく医療崩壊や孤独死、自殺問題など生まれてきたのだろう
国民自身が問題を作ってきたようなものである
自己責任肯定派は社会(ある意味社会が悪いのであるが)や政府のせいにするから反発するのだ
これらを解決するためには時間はかかるが国民の意識を変えていくことしかないであろう
さもなければ同様の人間が増え続けるだけである

37 ■無題

>げんさん
こういう事を言うヤツ程、
いざその立場になったら「助けてくれ~!」ってみっともなく喚き散らすんだよな(笑)

38 ■管理人様へ

>>27
>自己責任大いに結構。
>日本は人多すぎなんだよ。
>自分は負け組になったら命を断つ覚悟もできてる。
>すこしは人減らしをしなきゃね。

不快極まりない。
2ちゃんねるで活動している理性も分別も良心もない粗暴粗脳なネット右翼そのもの。

管理人殿、
貴ブログのコメント欄は、管理人の承認制してはいかがでしょうか。

公序良俗に反するコメント(引用して批判する場合は除く)は、
反映させないほうがよいと思います。
あと、OECDがどうのうこうのというコピペを貴ブログのコメント欄にくりかえし貼っている人がいます。
そういうマルチコピペも規制したほうがいいのではないでしょうか。

39 ■日本国 世界の負け組 まっしぐら。

私のまわりには、劣悪な労働環境で会社を辞め家に引きこもってしまっている20代、30代がたくさんいる。

胃潰瘍で入院した人、人間関係のストレスがトラウマになってしまっている人、うつ病になってしまった人。

彼等の労働的な損失は日本という国レベルでみた場合大変大きな損失である。

今のままの社会を放っておくと、更に働けない人が増え、生活保護を受ける人が増える。逆に国民の負担は増える一方だ。

このままでは、個人的に勝ち組になる人はいても、日本は確実に世界の負け組に向かっている。

彼等が普通に働けて生活できる社会にしたほうが国民の負担は結果的に少なくなるはずだ。世界をリードできる日本でありたい。

40 ■Re:Re:Re:Re:Re:要するにの続き

>code06さん

人間関係こそ、自己責任で築きあげていくもの
というcode6さんの主張に深く共感致します。

私にとっては、かなり耳の痛い意見です。

私は30代で、決して職に困っているわけではありませんが、やはり労働環境や人間関係での悩みなど
30代という年齢の為なのか、自分の生きる時代の為なのか、良く分からない問題に頭を悩ませていました。

最初の方に書かれていた「見る」ではなく「みつめる」ということを
私は30歳を過ぎた頃、初めて試してみました

「自分が他人との関係を粗末にしながら、雑な生き方をしたことが悪かった」

と気付くのに時間はかかりませんでした
自分の愚かさに気付いてからは、悩むことも少なくなりました
この先の人生の為に、今出来ることは
これ以上、同じ過ちを繰り返さないことだけです

徹底的に自分の生き方を反省して、素直になれば、きっと自然に「助けて」と言えるようになると思います。

41 ■無題

反省と謝罪を何よりも前面に押し出す人たちには、決して関わってはいけない

42 ■無題

>>1
調子に乗んなクソ底辺。テメーの自分語りなんて知るかクズのくせに

43 ■誰でも仕事が得られるって書かれているけど

本当なのかな。
多分、そうではない気がする。

探しても得られない方は少なくないと思う。
事情はそれぞれだろうけど。

普通って???

そんなのない。

人ってそれぞれに違う。
見た目良い人もそうでない人もいらっしゃるし。

ただ、私がオカシイと感じているのは生活保護の判定規準。

そこには食べられない程お金を持ってないなんて事が全く関係ない。
借金がなくったって、信用なければお金は借りれないだろうに。
相談しても借金ないから対象外・年代的に働けそうだから見送るって、政治や行政が積極的に殺害しているようにさえ感じた。

生活保護もある種の既得権益化しているのだろうし、世渡りうまく対して困ってないのに得ている者も多そうだし、逆に本当に困っているのに相手にされない、本当に亡くなってしまった者さえ少ないながらいらっしゃる。

はっきりしているのは、人が何人亡くなろうが政治の偉い人は他人事、なんだよね。

今の生活保護の支給額なんてどんと減らしても良いと思うし、受けている方に少しは節約してもらえば、あるいは別の道を探ってもらえば良いと思うが、逆に本当に困っている方には生きれる程度の支援は最低受けられる様な仕組みを真面目に考えて欲しいと思う。

政治の偉い人に期待しても無駄な気はしながらも。

44 ■「自己責任論」以外の理論って?

いろいろコメントを読みながら考えていたのですが、わからないので誰か助けてください。

「自己責任論」の是非はともかく、それ以外の理論にはどのようなものが考えられるでしょうか?
もちろん「他己責任論」ではないことはわかりますが。。

45 ■直ちに憲法9条を持って

朝鮮半島へ赴くべきだ!菅総理よ。
このままでは戦線が拡大しWW3になる可能性だってあるのだ。このまま戦争してくれれば第2次朝鮮特需だ!と喜んでる不謹慎なバカが居る。
人が死ぬんだぞ!とりあえず今回の衝突が収まれば憲法9条の効果アリと認定すべきだな!
名無し2さんよ

46 ■Re:直ちに憲法9条を持って

>チャッピーさん
「とりあえず今回の衝突が収まれば憲法9条の効果アリと認定すべきだな!」

韓国と北朝鮮のトップが日本の憲法9条に則って、戦争(正確には内戦ね)を終結させると宣言すれば認めてやるよw

それ以外は憲法9条なんて関係ないだろうに。
日本国の憲法と韓国の内戦の関係すら理解できていないんかこの人は

47 ■甘え、自己責任が当たり前なら…

政治はいらない。
警察もいらない。
医者もいらない。
年金もいらない。
戸籍もいらない。
友人もいらない。
家族もいらない。
税金も払わなくていい。
生まれて来るのに、親もいらない。
死んだ後も、その亡き骸は自分自身の手で後始末ができる。

どこか間違ってますか?

48 ■どうしよう(;_;

いま就活中で無収入なんですけど 携帯代が払えなくて…(;_;明日とまっちゃうんです…

たちまち携帯代払えないのは仕方ないかなと… ただ携帯は止まってても ハローワークとかにいって就活することはできるこのおもいはつよくもってて そんな中で 面接いきたいなとおもうとこがあったときに採否決定の連絡先をどうしたらいいのかわかんなくて(汗)…(汗)

49 ■社会の複雑化

社会が複雑化しすぎて
どこに問題があるか理解できるやつが殆ど居ない

明治ー敗戦までの歴史をきちんと勉強したら、原因はわかると思うよ。
イギリスがどういう風に植民地化してきたか。
国債とはそもそもなにか。お金とはなにか。
デフレとは何か。財閥とは何か。日本においてはどのような働きをしているか。

50 ■無題

龍さんへ
本当にその通りだと思います。
私が幼少~現在まで正に無関心 無責任 無知な人間にばかり囲まれ(悲しい事に両親家族も含みます)どう使用も無く辛い日々を過ごして居ます。
ただ、そんな私でも思春期の頃にふと思いつきました。「もし世の中が、周りのクズばかりの社会になったらどうなる?社会が潰れるだろう。だったら、世の中自分ばかりの社会になったらどうなる?それで社会が回る様な人間に成ればいい。」この自らの気づきを信念として、何とか生きています。 本当に人生やめようと思った事もしょっちゅうですが。

51 ■私は35歳男

私は35歳の現在まで無職のままです。

職安に通い、3回程面接にも行きました。面接では仕事ができますか?と問われた。

ここでできます、と答えれば良かったのですが、自分に自信がないものだから、分かりませんと答えました。

面接後、自身がないので、自分から断りました。それ以降、無職のままで35歳になりました。

仕事を探す努力もせずにここまで来ました。何とも情けない話です。

ただ、自分に全く自信が持てないのです。自信過剰にもなれず、単に臆病なまま歳だけ取りました。

35歳まで仕事をせずに暮して来たとも言えないし・・しかし、仕事をした経験がないのは真実です。このまま歳だけ取りそうな予感です。

52 ■無題

市橋容疑者が仕事を得ていたのは、大阪のあいりん地区の日雇い労働でしょ?
ホームレスの人たちが、日々少ない仕事を取り合っている場所でしょう。
ホームレスは定職についていない(つけていない)人が多いが、仕事してないとは限らない。

ゴミの日に、人目をしのぐように空き缶を集めて、山ほど抱えて公園で潰してたりしているのも、社会の為になってるかどうかは別として、労働でしょう。
労働にみあった賃金を得ているとも思えないし、労働にみあった生活をしているとも思えない。

ホームレスが楽してるラッキーな人に見えてる人いるの?って思う。
ホームレスになぜか嫉妬みたいな感情を持ってる人いるから不思議。
社会への不安を、ホームレスが象徴しているからなのか。

ここのコメント見てたら、世間の冷たさを反映してる人が結構いて、こんな人が側にいたから、助けを求められなくなっている人が多いのだろうなあって感じる。

私も30代女だけど、子供抱えてギャンブル夫と別れて、「実家に帰りたい」と伝えたら、「いい年して依存症め!甘えるな!子供は夫に渡して、お前は一人で生きていけ!気ちがい!」と言われたので、帰ることもできず、叔母に母とのことを相談しても「私も自分の親は子育てを手伝ってはくれなかった。頑張って一人で育てなさい。親子でも相性もあるから、自分の子でも嫌いな子もいてるし仕方がない。」と言われた。
唖然とした。

バブル親の世代って、30代の置かれている仕事難の時代状況がわからないのかも。
だから、仕事のない人間を蔑む傾向にあり、自分も形ばかりの仕事を持ち続けようとする。
子供を上手に支えれば、子供は頑張って稼いでこられるようになるかもしれないのに、世間体ばかり気にしてる親が、自滅するシナリオに子も巻き込まれているのかも…

社会が頑張ってくれなきゃ、本当の弱者は救われないよ。
私も助けてほしい一人だけど、私より逼迫した状況にある人たちも救われて欲しいと思う。

あと、人助けしてこなかったから、助けを求められないというのは違う気がする。

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