正社員の解雇規制を緩和・撤廃して得するのは誰か? | すくらむ

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国家公務員一般労働組合(国公一般)の仲間のブログ★国公一般は正規でも非正規でも、ひとりでも入れるユニオンです。

 「正社員の解雇規制を撤廃すれば公平な社会になる」とのコメントが寄せられています。これは、一部の財界御用学者らが繰り返している言説と同じです。


 たとえば、城繁幸氏は『Voice』誌4月号の「労働組合は社員の敵」と題した論文で、「そもそも日本の正規雇用は、『解雇権濫用法理』と『労働条件の不利益変更の制限』によって事実上いかなる解雇も賃下げも不可能であり、バブル崩壊後は維持不可能な代物だった。非正規雇用の拡大とは、総人件費を抑制したい経営サイドと、既得権を死守したい労組が共に進めてきたもの」、「正社員の保護規制を緩和し、現在は非正規側にすべて押し付けられているコストカット圧力を労働者全体で分かち合うべきだ」と書いています。まさに、大企業・財界発の「正規vs非正規」「労労対立」をあおる「分断支配」言説です。


 そもそも、この主張の前提となっている「日本の正規雇用は…いかなる解雇も賃下げも不可能」というところを読んで、「そうだ、そうだっ!」と納得する労働者は存在するのでしょうか?


 総務省の「就業構造基本調査」によると、正規雇用労働者は、1995年の3,779万人から2009年の3,386万人へ393万人減り、派遣などフルタイム型非正規労働者は、1995年の176万人から2009年の567万人へ391万人増えました。


 とりわけ、500人規模以上の企業の正規雇用労働者は、小泉・竹中構造改革によって、2001年春からたった1年の間に125万人がリストラされています。解雇規制が強すぎて首切りが不可能なはずの日本の正規雇用労働者が、今の「派遣切り」の10倍近い人数となる「正社員切り」にすでにあっているのです。


 現在進行中の経済危機においても、2008年10月から今年9月までに、「正社員切り」(100人以上の事例のみ)は、4万3366人で、そのうち製造業の「正社員切り」が2万3235人と半数以上を占めています。(厚生労働省の8月18日時点での調査)


 厚生労働省の雇用均等室には、女性の正規雇用労働者から、年間3,710件(2008年度)の妊娠・出産による解雇にかかわる相談が寄せられ、育児休業の取得による解雇など、いわゆる「育休切り」の相談は1,100件を超えています。「妊娠を告げた時点で解雇される」という事例なども増えていて、この現実のいったいどこから、正規労働者の解雇規制が強すぎるなどという主張が出てくるのでしょうか?


 城繁幸氏は、「正社員の保護規制を緩和し、現在は非正規側にすべて押し付けられているコストカット圧力を労働者全体で分かち合うべきだ」と書いていますが、これもまったく事実と違います。


 就業構造基本調査で、男性正規雇用労働者の30~34歳の年収を見ると、250万円未満が1997年の5.4%から2007年の10.2%に、300万円未満が11.3%から20.3%に増えています。また、1,000人規模以上の大企業の男性正規雇用労働者(30~34歳)も、年収300万円未満が3.9%から6.4%に増えています。30~34歳だけでなく、どの年齢層でも低所得が増大しています。


 さらに、日本の正規雇用労働者を襲うのは、過労死・過労自殺です。過労死の労災請求件数は、1999年の493件から2007年の931件と2倍近く増加し、過労自殺の労災請求件数は、1999年の155件から2007年の952件と6倍以上も増えています。(厚生労働省「脳・心臓疾患及び精神障害等の係る労災補償状況」各年度)


 2001年度から2007年度の数字(前述の厚労省資料)で、職業をホワイトカラーとブルーカラーに大別すれば、過労死の労災認定件数はホワイトカラー(1136人、53%)のほうが多くなっています。さらに過労死を一般の過労死と過労自殺に分けると、過労自殺は過労死よりさらに高い比率でホワイトカラー(644人、63.9%)に集中しているのです。(※過去エントリー参照→このままでは仕事に殺される - 過労死・過労自殺を強制する経団連会長・副会長出身企業13社


 正規労働者にも非正規労働者にも、解雇・低処遇・過労死・過労自殺を強制しているのは、大企業・財界にほかならないのです。


 それから、「確かに日本には解雇規制の法律はないが、解雇されても、裁判に訴えれば解雇されないのが日本の正社員だ!」などと主張される方がいるかも知れませんので、念のため、労働政策研究・研修機構研究員の濱口桂一郎氏のブログから「クビ代1万円也」と題したエントリー の一部を以下紹介しておきます。


 実際に中小零細企業の労働者がどれだけ簡単に「おまえはクビだ」といわれているかは、その中の一部(とはいえ、裁判に訴えるなどというとんでもないウルトラレアケースに比べればそれなりの数に上りますが)の人々が労働局や労働基準監督署の窓口にやってきて相談している状況を見れば分かります。


 それらのうちかなり少数のケースが助言指導や斡旋に移行するのですが、それで解決にいたったケースでも、その水準というのは大企業の人々からするとびっくりするくらい低いものです。


 20万円、30万円なんてのはまれなケースで、大都市あたりでも6万円、8万円といった解決金がごく普通に見られます。月給の一月分にもとうてい届きません。


 一番ひどいのはクビの代金1万円というのもありました。それも何件か。


 しかもそういうのに限って、クビの原因が限りなくブラックだったりするわけです。解雇規制をなくせばブラック企業が淘汰されるどころか、現実に限りなく解雇自由に近い状態が(労働者保護面における)ブラック企業をのさばらせている面もあります。(※濱口氏のブログからの引用はここまで)


 ちなみにヨーロッパ諸国には解雇を規制する法律がきちんとあります。たとえば、フランスでは、解雇されたものには多額の補償金が支払われ、55歳未満の解雇手当は、賃金の最大26カ月分。勤続1年未満でも10カ月の解雇手当を支給。55歳以上の人には手当のほかに、年金支給開始の60歳まで、賃金の65%が会社から支払われます。


 加えて、下のグラフのように、日本の賃金は世界的に見ても低く抑えられています。


  ▼時間当たり賃金 製造業


  (労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2009」より)

    ※日本の数字は2007年

すくらむ-賃金


     ▼先進国の労働分配率(国際通貨基金IMFの調査より)

すくらむ-国際比較



 ▼解雇規制に関連するエントリー


 ★日本はすでに解雇規制が弱い国(30カ国中7位)、1位のアメリカめざした経済財政諮問会議は消滅


 ★解雇規制撤廃論者があこがれるアメリカの「大搾取!」


 ★非正規500人分の年収得る上位層が叫ぶ「正社員の解雇規制緩和」「非正規に犠牲を押しつけるな」


 ★デンマークの「解雇自由」「フレキシキュリティ」を支える組織率87%の労働組合


 ★オランダのフレキシキュリティ - 雇用不安のない社会へ、同一労働同一賃金、社会保障の充実を


 ★正社員の既得権益を奪えば世の中ハッピーになるのか?


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 ★正規も非正規も解雇で失職、ハローワーク前で2千人アンケート - 求められる緊急雇用対策


 ★解雇・退職強要、賃金・残業未払い43.8%、昨年比27.9%増の29,057件(09年労働相談)


(byノックオン)