2009-08-20 07:23:57

「上から目線」の自己責任論が、自分を責め抜き疲れ切っている弱者を黙らせさらに痛めつける

テーマ:ワーキングプア・貧困問題

 みどりさんのブログ「労働組合ってなにするところ?」 で知ったのですが、「東京新聞」(8/19朝刊)に以下の記事が掲載されています。


 怠けている連中に税金払う気なし 厚労相、「派遣村」で言及


 舛添要一厚生労働相は18日午後、横浜市内の街頭演説で、昨年末から今年1月にかけて東京・日比谷公園に設けられた「年越し派遣村」に関し、「(当時)4千人分の求人票を持っていったが誰も応募しない。自民党が他の無責任な野党と違うのは、大事な税金を、働く能力があるのに怠けている連中に払う気はないところだ」と述べた。


 これに対し、派遣村実行委員だった関根秀一郎・派遣ユニオン書記長は本紙の取材に「求人として紹介されたのは確かだが、誰も応募しなかったというのは全くのでたらめ。たくさんの人が応募したが、断られたのがほとんどだ。舛添氏の発言は現場の実態が全く分かっておらず、あきれてものが言えない」と批判した。(※東京新聞からの引用はここまで)


 同じ日の「日経新聞」では、「非正規雇用者、最大の減少幅 4~6月労働力調査、47万人減」と見出しが打たれ、「総務省が18日発表した4~6月期の労働力調査の詳細集計(速報)によると、アルバイトや派遣などの非正規雇用者数は1,685万人と、前年同期比で47万人減った。比較可能な2003年以降で最大の減少幅。正規雇用者数(同29万人減)よりも下落幅が大きく、非正規労働者が雇用の調整弁にされている実態が浮き彫りになった」と報道されています。


 NHKでは、ドキュメンタリー「働きたいんや~大阪・雇用促進住宅の200日」が8月12日に放送されました。「派遣切り」などで仕事と住まいを失った非正規雇用労働者100人が暮らす大阪の雇用促進住宅に焦点をあて、仕事を必死で見つけようと奮闘している人々のドキュメントでしたが、日を追って悪化する雇用環境に、正社員はおろかチラシ配布のアルバイトなども断られ、まったく仕事ができないまま、間もなく迫る雇用保険の期限を前に、絶望の日々をおくらざるを得ない姿が映し出されていました。


 「派遣村」については、このブログでも「年越し派遣村の真実 - 「どんな仕事でも良いので働いて収入を得たい」とのまじめな求職者が多かった」 との全労働のレポートを紹介しています。NHKドキュメンタリー「働きたいんや」もそうですが、働きたくても働けないというのが、雇用に関わっての今一番大きな問題でしょう。舛添厚生労働相のように、「働く能力があるのに怠けている」と今批判して見せることに一体何の意味があるというのでしょうか?


 「怠けている」どころか、日本の現実は「職を失う」と同時に「自分を失う」ような状況に置かれていることの方が大きな問題であるということを、年越し派遣村で村長をつとめた湯浅誠さん(反貧困ネットワーク事務局長)が次のように指摘しています。(※以下、雑誌『経済セミナー』〈09年6-7月号〉の湯浅誠さんと東大教授・玄田有史さんの対談「労働問題の本質とは」から)


 日本社会は働くことが人々のアンデンティティーになり過ぎていると思うので、今より切り離したほうがいいと思っています。失業したときの喪失感がみんな異様に深いんです。「もう自分はダメな人間になってしまった」と思ってしまうのです。今まで仕事をすることでしか評価されなかったから、仕事を失うと自分を失ったようになってしまう。そのため、失業して相談に来る人は、自分で自分を責め抜いて疲れ切ってしまっています。生きる力が奪われて、働く場所がなくなっても生きていていいということが、スッと通らなくなっている。


 働くことは生活の一部のはずですが、日本の場合、「働くことの中に生活がある」といった雰囲気があり、この肥大化した働くことのイデオロギーを払拭するために、「働くってなに」というよりも、「生活するってどういうこと」という問いにしていきたい。働く以外に生活する生き方があっていいとか、そういう人が存在するという認識を広げないといけないと考えています。


 社会保障の話になりますが、無業者が許容されるのは、「働けない」限り、という条件付きなんです。つまり、障害者や高齢者や子どもなどで、「この人たちは働けない人たちだから、働かないことによる生存を認めましょう」ということになる。しかし、働けるのに働いていない人に対する社会の許容度は恐ろしく狭く、自己責任論が急に跳ね上がる。ワーキングプアと呼ばれる、働いているけれど生きていけない人とか、引きこもりやニートの人は、そうなった途端に「なぜなのか」と過剰に意味を探られ、分析され続ける存在になってしまう。


 仕事がなかなか決まらない人が、「面接で落ちるたびに、『お前なんかいらない』と言われているような気になる」と言います。社会的に存在を必要とされていないと感じ、落ちるたびにどんどん自信を失っていく。「仕事がないということであって、あなたが否定されたわけではない」という話は、すんなりとはわからない。しかし、ケン・ローチ監督なんかのヨーロッパ映画を観ていると、失業して失業給付をもらっている人がサッカーチームの監督をやったりして、失業することによる鬱屈が映らないわけです。もちろん鬱屈がまったくなくはないでしょうけれど、それがメインテーマにはならない。日本は、そういう意味で、ワーク・ライフ・バランスのような話が全然ピンとこない状況になってしまっていると思うのです。(※雑誌『経済セミナー』からの引用はここまで)


 それから、湯浅誠さんは、『どんとこい、貧困!』(理論社)という中学生に向けた著書の中で、「自己責任論は上から目線 - そんな社会で、まだ暮らしたい?」と見出しを打ったところで次のように書いています。


 テレビをつければ、コメンテーターと称するタレントや大学の先生が、自分の“溜め”をまったく自覚しないまま「運も実力のうち」、「自分の力でつかみとらなきゃいけない」、「甘えなければ仕事はあるはず」と説教している。本人の生活再建にはなんの役にも立たない説教を、ただ「自分だって苦労してきたんだ」ということを、言っている自分が気持ちよくなるためだけに、たれ流していたりする。


 「上から目線」という言葉がある。人を見下したような、自分が相手より上に立っていることを前提にしたような考え方・発言という意味だが、自己責任論をふりかざす人たちに共通しているのが、その「上から目線」だ。というか、自己責任論は必ず「上から目線」になる。「上から目線」のないところに、自己責任論は生じない。


 なぜなら、自己責任論とは、そもそも仕事がうまくいかなかったり、生活が立ちゆかなくなったりした人たちに対して、うまくいっている人たちが投げつけるものだから。


 自分で「がんばろう」と思う気持ち、それは大切なものだし、自分がそれだけの“溜め”をもっていることの証(あかし)でもある。しかし自己責任論は、“溜め”がなく、がんばれなくなってしまった人たちを、さらに痛めつけるために使われる。「努力しないのが悪いんじゃないの?」、「甘やかすのは、本人のためにならないんじゃないの?」、「死ぬ気になればなんでもできるんじゃないの?」--すべて、弱ってしまった人たちに向けられている。


 努力したかどうか知らないが、とりあえず現状でうまくいっている人、甘やかされなかったかどうか知らないが、さしあたり生活に問題がない人、死ぬ気になっているかどうか知らないが、とにかくできている人たちに対しては、そもそもそんな問いは投げかけられない。うまくいかなくなったとたんに、「努力してるのか?」、「甘えてないか?」、「死ぬ気になってるか?」と問われはじめる。


 もうひとつの共通点は、これらの自己責任論的問いにはいずれも答えようがない、ということだ。努力が足りないんじゃないかと言われれば、そうかもしれないとしか答えようがない。甘えてるんじゃないかと言われたときも、死ぬ気になってないだろうと言われたときも、同じ。それらはいずれも底なしでキリがなく、「自分が足りないのだろうか?」と思いはじめたら、どこまでいっても問題を自分に投げ返しつづける。


 自己責任論は、そうやって問いが社会に投げかけられるのを防ぐ。出てこないように蓋(ふた)をする。そして本人の中に「なにかおかしいんじゃないか? 自分が不当な扱いを受けているんじゃないか?」という問いを閉じ込める。自分で自分を痛めつけるように、その疑問が外に、社会に出てこないように封じこめる。結局は「文句言うな。黙れ」と言っているのと変わらない。


 自己責任論の一番の目的、最大の効果は、相手を黙らせることだ。


 弱っている相手を黙らせること。これは弱い者イジメだ。(※引用はここまで)


 弱っている人たちをさらに痛めつける「上から目線の自己責任社会」を変えていかなければ、1日に100人近くが自殺に追い込まれ続ける先進国最悪の日本社会を、いつまでたっても改善することはできないのではないでしょうか。


(byノックオン)

コメント

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1 ■トラックバックありがとうございました

>ノックオン様

トラックバックと、こちらでもこの問題を取り上げていただきましてありがとうございました。
舛添厚生労働大臣の発言は、国民の命と生活を守るための省の代表として、看過できないものだと思います。
今苦境にある人たちに、「自分のせいだ」と言って済ませることは、問題にふたをして見ないふりをすることに過ぎず、それで問題がなくなる訳ではないと思います。その人たちに責任があるから国は何もしなくてもいいということはなく、問題があるからには対処をするのが国の責任ではないでしょうか。
厚生労働大臣がこのような発言をするようでは、「自己責任論」との綱引きはまだまだ続きそうですね。

2 ■敗者に対する慈悲は必要

自殺を考えるほど追い込まれている弱者には救いの手を差し伸べるべきですが、どうもそれと派遣村とやらが一致していないように思えてなりません
敗者に対する慈悲は必要ですが、それは敗者が慈悲を賜るべく平伏しているときのみではないでしょうか?
本来弱者とは、自力での継続をあきらめた「無条件降伏」状態なのに、「俺を哀れめ!」と主張するようでは「じゃあ自力で生きてみろよ」という答えになるのも当然です。

3 ■無題

働きたいのに働けないのに職を選んでる人も多いと思います
熱意が本気でも実行に移せない人も居ますし
結果を出せなければ何かしらのペナルティが無ければ
働かなくても良い状況にすがりついてしまうでしょう
死んでしまうと口に出しながら他県に移ったり
実家に帰ったり黒い仕事でも探し出したりする事も無いのですから
まだまだ大丈夫なのかもしれません

4 ■自己責任

仕事の話とは違うのですが、日本で最近(?)言われている自己責任に違和感を覚えています。
イラクだったかの時の高遠さん達が捕まった件、あの時、政府から自己責任という言葉が出ましたよね。
国の立場で言う言葉ではないと思いました。

5 ■こんにちは

先日、舛添厚労相は、日経とのインタビューで、「働かざるものは食うべからず」と、働けない人にも情け容赦のない回答をしていました。そのときの記事をトラバさせてください

6 ■有効求人倍率の意味は?

舛添厚労相は有効求人倍率の意味を知らない
のではないでしょうか?
労働組合嫌いの池田信夫氏でさえ以下の
ようなエントリを立てています。
「失業は「自己責任」ではない」
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/86bbb9b7b1ca81421eda8882379b96c0

「自己責任」という人は米国でさえ個人に
対して色々な救済を行っていることを
知らないのでしょうね。



7 ■自己責任について

「死ぬ気で努力してるの?」は、どこが問題あるんですか?
相談されたとき、無責任に「大丈夫だって!」と言う方が問題ではないですか?
そもそも相談する人は自分の人生を他人にどうこうしてもらいたいのですか?
甘くないですか?
自分の身は自分で守るのが当然だと思います。

8 ■仕事欲しいんでしょ?

仕事は与えられる、んじゃなくて、
自ら獲得するもの、という前提が抜けてるんじゃないですかね?

生存権まで剥奪しよう、という話ではなく、
仕事の機会まで与えて、これ以上なんの支援が必要なんだ?というところじゃないでしょうか。


上から目線というより、
地面に立って話をしているのに、
受け手が寝転がって話を聞いている、
そういうイメージが沸きます。

村民はちゃんと立って話を返しているのかな?
「求人あるけど農家ってなんだよ!」
「工場生産ラインがいいんだよ、中国人と同じ給料は嫌だけどな!」
ちゃんと本音を言っているなら、少しは評価しますが。



9 ■本当に投票したくなる政党とは?

おはようございます。

今回のエントリーは湯浅誠さんの貧困問題の説明が
とても印象に残りました。

貧困問題をこれほど的確な解説で指摘できる方がいたなんて
とても驚いています。

少し話しがずれますが、私は「ナショナルジオグラフィック」の
ドキュメントシリーズをたまに見ているのですが、
その中で航空事故を扱ったドキュメントシリーズがあります。
ニコニコのタグ検索で「航空事故」とかければ出てきます。

その映像の冒頭には、ナレーターの方が必ず最初のセリフに
こう言うのです。


災害は偶然の産物ではありません、
何らかの連鎖的な出来事の結果です。


見ているとわかるのですが、災害は小さなことの連鎖が
重なり、大きなトラブルに発展します。

これは日常でも一緒だと思うのです。
交通事故もお互いの小さなミスから、発生します。

貧困問題もそうだと思います。最初にあった小さな問題を
無視し続けてきた結果が、今の社会を生み出したと
考えています。

湯浅誠さんやノックオンさんはその小さな問題を見抜く力が
あると思います。
出来る人とできない人がいるのです。

できない人にはできる人の行動は理解できないでしょう。
書いてる記事に批判が来るのは当然の結果だと思います。


私は今回の選挙には投票しないつもりです。
表面だけの政索に対する税金を使わせないために
投票しないというのも立派な選択だと思うからです。

例えて言うと、これからよその国に戦争をします!と、
どこも同じことを言う政党に対して、
戦争反対派は投票はしないはずです。

もし私が投票するとしたら、そして存在するとしたら
国公一般党や、もやい党でしょうね。

喜んですっとんでいくと思います(笑)


10 ■派遣村の正体

おはようございます。

http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/405.html

・・・都合の悪いことは盲目になれるのですね。湯浅さんですか・・さぞかし素敵な方なんでしょう。

今日の貧困の元凶、「日米構造協議」から始まる悪夢。それを推進したのは小沢一郎であり、追い討ちしたのは村山のおっさん。小泉改革はその引き金を引いたに過ぎない。

この国の経済、医療等(歴史認識含め)をめちゃめちゃにする元凶を作ったのは、あなた方左派の連中じゃないですか。

「選挙に行きません」ですか・・それを公然と言えることに驚嘆の意を表します。

11 ■せっかくなので

「働きたくても働けない人」についてはさんざん報道で目にしたので、この際「働く気も無いのにおねだりばかりする人」についてもリサーチしてみてはいかがでしょうか。
面白いことがわかるかもしれませんよ。
あと、上から目線つったって、あなたは彼らと同じ目線に立っているかといったらそんなわけはないのですよ。
あなたは彼らと同じ目線で、あるいは下から目線で彼らを評しているようにはとても見えないんですよね。

12 ■なにもいえね~

興味深く読ませて頂きました。

そこで考えさせられるのは、「とりあえず現状でうまくいっている人」「さしあたり生活に問題がない人」・・・つまり今の私は、弱者に対して何ができるのかな?ってこと。

まさか身銭を削って自分の仕事を与える訳にはいかないので、結局は寄付程度になるのかな?

「働けない人」とは全然違うけど、不登校/引きこもりが100万人いるこの国の現状では、保身のために自分の財産を守ることで手一杯なのです・・

13 ■自己責任

まずい状況になる人をいろいろ見てきましたが、やっぱり自己責任だと思います。彼らはいろいろな場面での選択肢が悪い方向へと意思決定してしまいます。もちろん環境もあるでしょうが、同じ環境で育ってもちゃんとしている人もいます。彼らは日々、自分の能力や精神力を磨くために一生懸命努力しているのでしょうか?時間があるなら、図書館に行って本を読んだり、見知らぬ人とも積極的に交わりコミュニケーション力を磨いたり。自分を高めるには日々の努力と苦痛が伴います。それを本当に彼らはやってきたのでしょうか?

14 ■今回の話とは別ですが

働きたくないヤツもいるのは事実だろう。(派遣村とかではなく、日本全体で)
そんなに無理して働くことで、生産性落としているよね。って思うんだが。
サービス業だけではなく、チームで仕事しているようなところでもそうだけど、どんだけ「働く気ないヤツ」が回りのモチベーションも下げるし。
働きたくないヤツは働かなくてもいいんじゃないの?という意味でホリエモンの言っているベーシックインカムが一番正しく思えるんだが。
ちなみに私は働きますよ。

15 ■なんだかんだ言っても…

派遣村の人って、これまでに自分にしっかり投資をし、自己を磨いて来なかったから、今の大不況の煽りを受けて職を失って、自分の中身のなさに無駄にあたふたしているのではないのでしょうか?

仕事をしながら、現場で必要、もしくは習得をしておけば、後々有利になる使えるスキルを習熟したり、資格をとったり出来たはず。

時間やお金はそれなりに使いますが、再就職をする時はかなり有効な強味になりますよね?

厳しい雇用状況なのにしっかり再就職出来るのは、そこに到るまで、自分にしっかり投資をして、有効なスキルや資格を習熟、取得をしてきたからに他ならないですよね?

例えこれまでとは違う業種に就いたとしても、新たにスキルや資格を習熟したり取得すればいいだけなのでは?
それを面接時に、自己アピールすればいいだけですよね?

面接に行って落とされる人は、自分を売り込む要素をこれまでに、築いて来なかった結果ではないのでしょうか?

苦しく厳しいながらも頑張っている方々からの、派遣村へのバッシングが多かったのは、そういった個々の努力を怠って、政治やシステムが悪いといいながら自己責任部分の責任を転化して来たからなのでは?

16 ■まあ自己責任云々については

いろいろな意見があるところだろうとは思いますが
「日本社会は働くことが人々のアンデンティティーになり過ぎていると思うので、今より切り離したほうがいい」
ってのはまったくその通りでしょう。

17 ■遺伝子と環境

人間の現状はその人の与えられた遺伝子とその人の生を受けた環境により決まる。
舛添さんも派遣村の人達と同じ遺伝子を持ち、同じ環境を生きてきたら、同じく派遣村でお世話になっていたはず。
努力して今の地位を勝ち取った人だって、努力できる才能、きっかけに恵まれたに過ぎない。
強者は自分の環境に感謝すべき。

この問題の解決策は自己責任論を振りかざすことでは決してない。

日本で失業した人がサッカー監督として情熱を見出せないのは、本来手段であるはずの働くことが目的化していたから。目的の手段化が起こっていたから。

若者には人生の目的を、哲学を教えるべき。

すでに目的の手段化に慣れた大人には時間をかけて、丁寧にケアすることでもう一度情熱を取り戻させるべき。

その負担を当たり前にするため、エリート達にはノブレスオブリージュを徹底的にインプリンティングすべき。

18 ■無題

要するに
自己責任自己責任連呼するのをまずやめて
失敗はある程度容認する社会を作ったうえで
一度職を失ってしまった人が
再スタートしやすい環境を作るのが先決、と。

それでも働かない人間がいるとしたら
それこそ本当に自己責任なんでしょうけど。

19 ■極端な話

自己責任論の方は「あの人たちは」って全部くくって仰いますよね。「すべて努力が足りない」と。
たしかに「ホントにそれで就職できると思ってるの」って人は確かにいます。でもね失業してる人は、そうじゃないフツーの人とか「この人が半年すぎても決まらないの」という人が多いのよ。もちろん派遣切りにあった人ばかりじゃないですし。
そういう産業構造に造りかえてきた「責任者」たちの側に立てば、「その時代の変化に適応する努力を怠ったから自己責任」と言うのでしょう。勝ち組が負け組を見下ろして、ね。
湯浅さんとかが例えるように椅子取りゲームは最初から全員が座れません。面接だって自分のコピーが10人受けたら、全員落ちるか、1人の自分だけが採用になります。そのときあなたは9人の自分に向かって「努力が足りないからだ」と誇らしげに言うのです。SFならばね。

20 ■Re:派遣村の正体

>組合員様はじめコメントをお寄せくださった皆様へ【※ハロワ人様、いつも応援コメントをありがとうございます】

ぜひ次のふたつのエントリーをお読みいただければと思います。

▼自己責任論は正社員も公務員も貧困・過労死へ突き落とす
http://ameblo.jp/kokkoippan/entry-10325952223.html

▼公務員バッシング、正社員バッシング、派遣村バッシングがもたらす底なしの貧困スパイラル
http://ameblo.jp/kokkoippan/entry-10214615375.html

21 ■Re:まあ自己責任云々については

>とおりすがりさん

>人間の現状はその人の与えられた遺伝子とその人の生を受けた環境により決まる。

これには、自分の「意思」は介在しないのでしょうか。
あと、遺伝子も環境も自分ではどうしようもできないものっていう意味が含まれていると思いますが、遺伝子はともかく、環境なんて日本であれば自分で変えていけるのかなぁと。


>努力して今の地位を勝ち取った人だって、努力できる才能、きっかけに恵まれたに過ぎない。
>エリート達にはノブレスオブリージュを徹底的にインプリンティングすべき。

「貴族の義務」(あるいは「高貴な義務」)ですか。。
自分の意思で楽をして努力してこなかった(もしくは深く考えてこなかった)人に対して、必死で努力してきた「強者」が、税金以上にその資産を分け与える理由はなんでしょうか。


>若者には人生の目的を、哲学を教えるべき。
>すでに目的の手段化に慣れた大人には時間をかけて、丁寧にケアすることでもう一度情熱を取り戻させるべき。

大賛成です。

以上、横槍失礼しました。

22 ■無題

もう一段上からの上から目線ありがとうございます。

23 ■無題

>努力して今の地位を勝ち取った人だって、努力できる才能、きっかけに恵まれたに過ぎない。
努力する才能すらない者は不要

24 ■無題

自己責任もありますが、半分は運でしょう。
戦争世代に生まれた方が戦争に巻き込まれたのも、就職氷河期に就職活動する羽目になったのも個人のせいではありませんからね。
ただ、話が国内で止まってしまってるのがまずいと思います。
現在世界中で富と資源の奪い合いをやってる真っ最中です。

働きたいのに働けない方には理由があります。
非常に厳しい話ですがご自分に商品価値がないのです。
同じ仕事を外国で外国人が行えば数分の1のコストで出来るから採用されないのです。
世界中で競争しているというのはこのような事を言うのです。もう1億総中流には絶対戻れません。現在のアメリカのように日本が世界を制して強引に日本流を世界に押しつけない限り。

また日本人が食べるに困って国外に出稼ぎに行ったという話はほとんど聞きません。それだけ危機感がないのでしょう。
商品価値を上げる努力をしない限り仕事においては弱者のままでしょう。商品は場所を変えると価値が上がる場合も多いです。そこまで考えて就職活動してますか?働くというのはそういう事だと思います。

上から目線とかじゃなくて世界中で何が起こってるか見てないとまさに井の中の蛙です。
そして派遣村は間違いなく井戸の中です。

もちろん仕事の有無と人間性とは全く関係がありません。

25 ■甘チャンの自己責任

甘ったれたヤツほど自己責任だなんだと攻撃したり、見下したりするのだ。
弱々しい、甘ったれの分際で言うことだけは一人前。
まあ、情けないヤツの悲しい憂さ晴らしなんだが、そうそう見過ごしてもいられないね。
他人様にとやかく言う前に、自分が成長するべきだね。(無理か?)
とにかく、アマチャンが自己責任だの努力だの、似合わない言葉を吐くなよ。
おまえらなど苦労もしていないし、努力もしていない、(思っているとしたら、勘違い)上から目線で説教たれる資質は全くない。

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