ショートショート×トールトール・ラバー【28】 | 虹色金魚熱中症

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人は変化していくもの
 

ショートショート×トールトール・ラバー【28
 

 

 静けさに首を傾げた。昼休みという名の受験勉強時間からひとり抜け出して、無機質な鉄製の扉の前に立つ。図書室への扉は静けさをまとっていた。隙間からこぼれる光から立ち入り禁止ではないことだけはわかった。ただし扉のノブには 「関係者以外立ち入り禁止」 と、とって付けたような札がかかっていた。
 池内君がいるのなら、神聖で静けさを保つべき部屋も賑わってしまうに決まっている。

 まだ誰もいないのかもしれないと、戸惑いながら扉を引いた。キイキイと金属のきしむ音を伴いながら一歩入り込むと独特の香りが鼻をくすぐった。以前、池内君が言っていたことがなんとなく分かった気がして少し嬉しい。
『本ってさ、一冊、一冊に匂いがあるけど、沢山並ぶと面白い匂いに変わるんだよね』
 どんな匂いかと問うと、うんうんと唸りながらも 「懐かしいような、落ち着くような。駄目だ、俺じゃあ例えられないなぁ」 と照れるように笑った。存外に彼は詩人めいた心の持ち主なのかもしれない。ただ語彙が乏しいだけで。
 
(ほんとう。私にもわからない。だけど――)
 
 高い本棚に囲まれたこの部屋はしっとりと柔らかな湿り気を帯び、包まれるような雰囲気がひどく懐かしい気持ちにさせる。そしてとても秘密めいてもある。
 
(もっと早くから足を運んでいればよかった)
 
 数えるほどしか訪れたことのない図書室は記憶にあったそれよりも随分広く感じた。人気が無いからかもしれない。壁一面に備え付けられた本棚とは別に一定の間隔をもって置かれた本棚は何故か統一されていない。どれもが学校のものとは思えないようなずっしりとした作りのもので使い込んだ感じが図書室という部屋を特別なものに仕立てていた。
 独特なにおい。静かな空間。本の王国は私だけのものだと錯覚すら覚えて心が躍った。
 なんの脈絡もなしに目の前の本棚から一冊を取り出した。少しだけ汚れた本は随分と昔に読んだことのある童話で、知れずと笑みがこぼれた。
 一人きりだと思い込んでいたものだから、いきなり声をかけられて思わず悲鳴を上げた。ぎこちなく振り返ると、声の主は拳を口に当てて笑いを堪えるように肩をゆすっている。
「ごめん。そんなに驚くと思わなくて。それ……同名作家なら 『はるかな国の兄弟』 の方が俺は好き」
「飯田君……びっくりした」
「うん。俺も」
 色素の薄い髪をかき上げて、薄く笑う姿はモデルかアイドルか。冴子でなくても彼に心ときめかす女子が多いことに頷ける。
「桐野さんまで来たのにあいつは何をやってるんだろうね」
 呆れるように伸びをしながら大きく欠伸をひとつ落とす。どうやら池内君はいないらしい。
 よくよく見渡すと空になった本棚が数架あるのが分かった。中身は一番端の大テーブルに積み上げられていた。
「飯田君一人なの?」
「そう。でも途中で寝たみたいだね」
 人ごとのように言うと、本棚から本を運び出している。昼寝は止めて作業を再開するらしい。彼も池内君に助っ人を頼まれた一人だという。図書室のレイアウト変更計画は緩やかにだが始まっていた。
 テーブルに置かれたプリントに手を伸ばす。図書室全体がブロックわけされるように手書きで記されていた。かなり大々的に本棚の配置替えを行うらしい。
「私も手伝うね。放課後は手伝えそうに無いから、昼休みだけになるんだけど」
「十分でしょ。放課後は一、二年の委員のやつらがやるみたいだしね。まだ始めたばかりでどれくらいかかるかわかんないけど」
 ぐるりと見渡してわざと肩を落とす。確かに手付かずの本棚はまだまだある。池内君は一週間から十日くらいで片付けたいと言っていたけれど、間に合うようには思えなかった。
「飯田君も本とか読むんだね」
 せかせかと隣の本棚から本を抜き出しながら、プリントに指定されたテーブルへと運ぶ。作家ごとかと思えばジャンルごとであったりで、仕分けはなかなか難しい。ゆったり行動しているように見える飯田君は私の倍くらいの量をすでに片付けていた。
「さっき、ほら」
 何故と首を傾げて見せた飯田君に本棚を指差す。 「長くつ下のピッピ」 の背表紙に視線を合わせた彼が、ああ、と小さく納得した。
「そういうわけじゃないけど。小学校のときなんかはさ、割と図書室にこもってたから。友達少ないのよ、俺」
 とても想像できずに目をしばたく。
「桐野さんは素直だなぁ」
 また笑いながら髪をかき上げた。癖というよりは本当に邪魔くさいらしい。どこから見つけたのか、輪ゴムで長めの前髪をちょんまげの様に結わえてしまった。
「ガイジン、ガイジンって結構いじめられたんだよ。これでも苦労人なんだよね、俺」
「え! 飯田君、外国の人なの?」
 言われれば、色素が薄いのは髪だけじゃない。目の色も光にすけると少しだけグレーがかって見えた。鼻筋も通っていて彫りも深い。まじまじと覗きこむと、目を丸くした彼が堪えきれずというように噴出した。
「やばい。恥ずかしいな。俺、みんな知ってるもんだと思ってたよ。自意識過剰だね」
「え、あ。違うよ。私が知らないだけだよ」
 あたふたする私に笑いながら、彼はなるほど、とひとりごちた。
「似ているのかな翔太に。初めてうちに遊びに来たとき親父見て驚いてたからな、あいつ。俺がクォーターだってそれまで知らなかったんだって。真っ赤になって 『でぃすいずあぺーん』 って言った瞬間、親父は馬鹿うけしてたよ」
「池内君なら言いそうだね」
 思い出し笑いで顔を歪めた彼と、容易に想像できた私は同時に噴出してしまった。
「あいつにとっては見た目とかあまり関係ないのかもな。だからこうして長いこと友達でいられるわけか」
 感慨深げに言いながらも 「唯の阿呆ともいえるけど」 と付け加えた。
 そこで黙っていればいいのに余計なことに、私は言いよどんでしまった。
「けど、池内君は背が高い人が好きなんだよね」
 放ってしまった言葉にしかめっ面をする。何が言いたいのだ、私は。
 数秒の間。飯田君がこちらを伺っているのがわかって、私はあわてて本を引き抜いた。逃げるように本の束を運ぶ。
「それ、あいつが言った?」
 淡々と問いかける飯田君の視線はまた本棚に戻っていた。終わりにしたい会話も言いだしっぺが自分では無視などできない。
「ううん。赤根井さん……あと佐伯さんと小波さん」
 彼は事情聴取中の名探偵のように 「なるほど」 と呟いた。あまりにさり気なく、でも意味深で私はその先が聞きたくなった。
「池内君は……平気なのかな。好きな人が自分より背が高いなんて。ずっと見上げなくちゃなんないなんて」
 私は嫌だった。たとえ相手が好きな人じゃなくても。同世代の男子と話すときにいつも見上げられること。自分が見下ろさなくてはいけないこと。
 ずっとずっと嫌だった。
「桐野さんは背が高いもんな。自分より背の低い男子と話すのって苦手? そんなことないよね?」
「え?」
「桐野さんより頭一個分以上あいつは小さいよ。だけど、平気で並んでるよね」
 にこりと笑うと、切れ長の彼の目は猫のように線になる。強面に見える飯田君がやけに可愛く見えてしまう。
 言葉に詰まった私はただコクリと頷いた。
 平気だった。いつからだろう。ずっと気にしていたはずだった。池内君は渡り廊下から首を突っ込んで私に話しかける。立ってる彼、座っている私。それなら平気だと思っていたはず。いつから彼を呼び止めるようになったんだろう。いつから彼と並んで話すようになったのだろう。
「ずっと……嫌だった」
 口にしたら、すとんと体の奥で音がした。何かがはがれて消えていく。それはいつからか過去のものになってしまった暗くて大きなかさぶただった。はがれてしまえばそにあったのはとても柔らかなもの。
 池内君の傍は嫌いじゃない。むしろ――。
 私の内側を見透かすように軽く頷いた飯田君は何事もないように本を積み上げていく。
「まぁ好みってあるからな。ちなみに俺は年上が好き」
 せっかく手に入れた彼の情報は、冴子にはどうすることもできない条件だ。どうやって彼女に伝えようかと小さく唸る。だけど心の半分以上は、今しがた知った自分の変化で占めていた。

 

 
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