ショートショート×トールトール・ラバー【29】 | 虹色金魚熱中症

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拙いコトバたちですが読んでいただければ幸いです。

作り笑いと雪の雨
 

ショートショート×トールトール・ラバー【29
 

 

 雨が降っている。冬の雨は好きじゃない。寒いだけで楽しくない。いっそ雪ならいいのにと傘ごしに空を見上げた。望みが簡単に叶うべくもなく、細い線のような雨が真っ直ぐに落ちて鼻を濡らした。

 鉛色の雨よりも綿のような白い塊なら、散歩を乞う犬のように尻尾を振ってはしゃげるだろう。たとえ、どんなに浮かれた気分じゃなかったとしても。ふぅと息を吐くと白く視界が濁る。今の自分みたいだと思うまでもなく、白い息はかき消された。
 雪を待つにはまだ早かった。コート無しでは若干寒いがそれでも着込んでいる生徒は数える程もいない。学校指定のコートがダサいからというのは言うまでもない。風邪っぴきを減らしたいのなら、学校はもう少しセンスを磨くべきだと思う。
 なのに目の前にそのダサいコートを着込んだ彼女を見つけて、思わず口がほころんだ。だから思わず声をかけてしまった。瞬間、逃げ出したくなったけれどもう遅い。振り返った桐野さんに変に思われないようにいつものように笑顔を向けた。
 振り向き立ち止まった彼女に駆け寄りながら、朝からついてないと考えた自分に驚いていた。顔に出したつもりは無かったけれど、桐野さんは小さく首を傾げた。
「今日寒いね」
 当たり障りの無い会話を選ぶ。目を逸らす行為すら不自然じゃないようにと心がけて、そんな考えこそが不自然だと自分を罵った。
「寒いね」
 繰り返し言う桐野さんは少し困った顔をしていて、なおさら自分の不甲斐なさを覚えてしまう。空を見上げながらも、ぴりりとセンサーが反応した。桐野さんが自分を伺っている。自分でも感じる違和感に彼女が気づかないはずもなかった。桐野さんは人の顔色をとてもよく読む人だ。違和感。何が変なんだ。自分でもわからないから厄介だ。

 
 嘘つけ。……分かっているから厄介だ。

 
「今日はお昼休み、くる?」
 遠慮がちな声。桐野さんの声は小さく揺れているようで、なんと答えるか一瞬でも悩んだ自分が情けない。
「うん」
 ちらりと彼女を見る。空を見ている視線をそっと横に揺らせばいい。真っ直ぐに前を見た彼女が少し笑った。
「昨日はごめん。上谷につかまって。昼休み行けなかったんだ。手伝ってもらってるのに。ごめん」
 顧問と話しなどしてもなければ、図書室に向かわなかったわけでもない。あまりにも簡単に嘘を連ねる自分が怖い。
「あまり役に立たなかったよ」
 ふるふると頭を振っている彼女を見ながら、言わなくていいのにと思った。だけど口は勝手に動いて音になった言葉の端からずきずきと腹が痛んでくる。俺はどうしようもない馬鹿らしい。
「光圀もいたでしょ。だから」
 

 だから、何だ? ――何だ。

 
「協力、しようと思って」
 小さくなっていくボリュームに彼女は首を傾げ、その後大きく瞬きを繰り返した。小さな顔に大きな目。長いまつげが伴って、キリンみたいだなと頭で声がした。見上げるのは自由。そして届かない事実。キリンの目に見上げる者を映すことはあるのだろうか。
 昨日の昼休み。結局、図書室まで行った。散々右往左往しながら 「心配だからな」 と自分に言い訳までして図書室前まで行ったのだ。

 光圀が女子に冷たいのは知っているし、無言で昼休みを過ごす羽目になっていたら桐野さんが可哀想だと言いながら。
 結局無言になったのは俺だった。扉越し、途切れながらも聞こえる話し声はどこか楽しげで、俺の出番なんて不要だった。自分勝手にも俺じゃなくても彼女は普通に話せるんだなんて考えて、その傲慢さがひどく滑稽だった。
「協力? なんで……えっ。あ! 気づいてたの?」
 背の高い彼女は眉を八の字にして口を小さくオーの字にしてみせる。
「まぁ……うん」
 

 ほらね。
 

 あっさりと白状した彼女に少し驚き、どこか落胆した。
 

 ほらね、彼女も光圀が好き。今までだって何度もそう言われてきた。 「だから、協力してね」 と。今回は珍しく俺から進んで協力しているっていうだけのこと。それだけだ。
「せっかく協力してもらったのに」
 少し顔を赤らめながら、彼女は小さく笑った。寒がりなのか、形のいい鼻のてっぺんも赤い。
「飯田君ね、年上が好きなんだって」
 足が止まって、まじまじと彼女を見上げた。妄想の動物園から引き戻されて、聞かされた話にガツンと頭を殴られた気分だ。ぐわんと頭が揺れる。驚いて、あんまり大きく目を見開いていると、つられるように桐野さんも目を丸くした。
「何だそれ!」
 聞いてない。そんな話は聞いていない。
「池内君、池内君。おお、おち、落ち着いて」
 怒鳴るように声を上げ、取り乱した俺より数段取り乱したかに見える桐野さんがわたわたと両手を前後に振る。よく見ると半分涙目だ。

 
(なんてことをしてくれたんだ。光圀のヤロウ)

 
 許すまじと胸で拳を作った瞬間、赤い線が視界をちらりと通っていった。
「池内君、鼻血ぃー!」
 涙声で叫んだ彼女は僕の腕をつかんでいた。

 

 
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