緊張しいの彼女と感染しちゃった俺
ショートショート×トールトール・ラバー【11】
目の前でくるりんと機械仕掛けのように半回転した彼女は、同じように機械的に足を回転させた。まるで、「回れ右! 前へ進め!」 と号令がかかったようで思わず頬が緩んでしまう。
彼女の肩より少し長めの髪がひゅるると靡いて、気が付くと去り行く彼女の手首を握っていた。
「えっ」 と彼女。
「へっ」 と俺。
振り返り見下ろしてきた彼女と同じか、それ以上に俺は目を大きく開いていたと思う。
彼女と俺だけが時間の枠から切り出されたような錯覚にとらわれた。二人を除いた周囲だけが流れる時に乗っかって、集まっていた生徒は気だるげに、もしくは足早に次々と職員室から去っていく。
時が止まることなんて有り得ないから、ただの錯覚。ほんの一瞬だと分かっていた。だけど確かに二人だけが固まって、一瞬の見つめあいを果たした。
彼女の長い睫が瞬いて、その特別な空間は消え去ってしまう。睫の瞬きにぱちぱちとまるで音を感じるほどに俺はその目を見つめていた。見ている先で彼女の表情は緩やかに、けれど確かに変わっていく。
(驚き……あ、不安?)
見開かれていた潤みを帯びた綺麗な目は、瞬きの中で不安へと色を変えて俺を見ている。
「ご、ごめ……」
俺の言葉に彼女はまた目を瞬かせた。細い喉が小さく波打つのを見て、追いかけるように自分まで息を飲む。彼女はうろたえる様に俺の顔と掴まれた手首を交互に見た。俺は慌ててその手を放した。
彼女が手首から俺の顔に視線をもどす。ゆったりとしたその動作を俺も同じように辿った。目が合った瞬間、彼女はしゃっくりみたいに小さく、激しく、息を吸い込んだ。そのまま弾むように背筋が伸びて、ほんの少し俺との身長差が開いた気さえした。
緊張を絵に描いたような彼女に思わず、「何で?」 と口にしていた。
「え?」
彼女の口が動く。言葉は音にはなっていなかった。ただ小さな唇が開いて閉じた。言葉の変わりに短めの眉が困ったように八の字に寄る。慌てて俺は言葉を繋いだ。
「桐野ちゃんも写真係なんだね」
「な、名前……」
「桐野ちゃんでしょ。桐野透ちゃん」
また、ぱちぱちと瞬き。それを見ていてどきどきした。何故だろう。考えても分からない。
(俺なんかに緊張しちゃって……)
だからだ。だから思わず、「何でそんなに緊張するの?」 と言いそうになった。だって俺に緊張するなんて変だ。そんな子、今まで居なかった。
(緊張って伝染するんだな)
妙に早い自分の動悸に説明が出来てほっとした。きっと彼女の緊張が空気感染したんだろう。ほっとした理由までは考えないで、俺は彼女に笑いかけた。彼女の頬がつられるようにほんのり上がる。それに気づいてか、彼女は罰するようにその口元を片手で隠した。
その仕草が妙に可愛くて、恥ずかしげに赤く染まった彼女の耳も可愛くて、俺の悪い虫がむずむずと暴れた。ちょっと意地悪したくなったのかもしれない。わざと彼女を引き止めて、意味も無い会話をひたすら続けた。
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