ショートショート×トールトール・ラバー【12】 | 虹色金魚熱中症

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虹色金魚の管理人カラムが詩とお話をおいています。

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笑う人は笑わせる人
 
 

ショートショート×トールトール・ラバー【12

 
 

 面白みもない物理の授業を終えて、一息つく間もなく陽気な声が私に向かって注がれた。

 
 「桐野ちゃん」

 

 掲示板の人、池内君は私をそう呼ぶ。苗字とはいえ、「ちゃん」 づけである。それ自体に嫌悪があるわけではないけど、気恥ずかしくて仕方が無い。首まで赤くしながら妙に甲高くなった声で返事をした。そのせいで更に心拍数があがってヘタレの上塗りを繰り返す。どうしても周りの視線が気になってしまうのだ。

 誰もこっちなんて見ていないと分かっていても、気になってしまうんだから仕方が無い。

 
 「な、何ですか」

 
 「いやいや。何ですか、じゃなくて」

 
 廊下側に面した席のせいか、池内君は傍の窓からよく顔を出してくるようになった。それは卒業写真作成メンバーだからに違いないけれど、本当に他の人にも同じような態度なんだろうかと勘ぐりたくもなる。

 
 (勘ぐるって……。な、なに考えてるんだろう、私)

 
 「ん?」

 
 窓から半身を乗り出した彼は満面の笑顔で私を覗き込んだ。目が回るくらいに顔が熱い。真っ赤に染まりあがった自分の顔が鏡がなくても分かってしまう。そんな自分が情けなくて仕方ない。必要以上に親しい男子なんていないから、免疫が無いのだ。

 
 「この間の話だよ。ほらほらほらー! 二組の佐伯さんがさ、カメラ貸してくれるって。持ってないの俺たちだけじゃん」

 
 「二組……」

 
 嫌な過去に触れたものの、それはそれだと小さく頷いた。恥ずかしい過去はどんなに繕っても消えたりしない。これはもう受け入れていくしかないのだ。
 

 実は卒業写真実行委員になった(無理やりならされたが正解だけど)ものの、私と池内君はデジタルカメラを持っていなかった。

 「携帯でいいんじゃない?」 と無邪気に笑った彼は友人に馬鹿扱いされたらしく、調達先を決めてきたらしい。

 
 「私も……いいの?」

 
 まさか私の分まで用意してもらえるとは思っていなかった。デジタルカメラは欲しかったから、実は親に頼んで週末にでも買ってもらう予定だったのだ。

 
 「うん。沢山あるんだって」
 

 「デジカメがたくさん?」

 
 「佐伯さん写真部だしね!」

 
 写真部だと沢山カメラを持っているのだろうか。よく分からない。けど太陽みたいに、にかりと笑う池内君につられて私も笑ってしまった。彼はたぶん、私の知っている人の中で一番良く笑う人だと思う。
 男子と笑いあう自分に少し戸惑いもあるけれど、そんな私を見て冴子は、「いい兆候だよね」 と神妙に頷いた。 「実行委員になってよかったでしょ?」 と得意気に笑う。

 確かに冴子のおかげ、冴子のせいだ。冴子が佐山君を好きにならなければ、冴子が写真係になんて立候補することも無かったし、冴子が佐山君に彼女ができたと知らなければ、私が写真係を押し付けられることもなかった。

 ミチは酷い機械オンチで携帯のカメラすらろくに撮れないから、私が引き受けるしかなかったのだ。そして引き受けてみると割と楽しくなっている自分がいた。
 その理由に子犬のように尻尾を振って笑う池内君の影響が無いといえば嘘になる。

 
 (だけど。……別に恋愛感情じゃないもの)

 
 考えてみるも、違うと思う。

 
 「じゃあ放課後、いい?」

 
 窓枠に手を掛けてこっちを覗き込んでくる彼はどう見ても、私より十センチは低い。もしかしたらもっとあるかもしれない。

 
 (私、窓際の席でよかったかも……)

 
 必然と私は座った状態でいられるから、身長差を直視しなくてすむのだ。

 
 (だから……彼も気にしないで話しかけてくれるのかな)

 
 「桐野ちゃん!」

 
 「へ? え?」

 
 苦笑いを浮かべた池内君が言う。

 
 「聞いてなかったでしょ。まぁいいや、放課後! 放課後迎えに来るから」

 
 語尾と同時にチャイムが鳴った。バイバイと手を振る彼を見送りながら間抜けな声で、「え、え、え」 と何度も瞬きをしてしまった。
 

 
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