ショートショート×トールトール・ラバー【6】 | 虹色金魚熱中症

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虹色金魚の管理人カラムが詩とお話をおいています。

拙いコトバたちですが読んでいただければ幸いです。

今日はどんな日?

 
 

ショートショート×トールトール・ラバー【6

 

 

 今日は良い日だった。そんなことを一日の終わりに噛み締める女子高生なんて、私くらいかもしれない。一日を「良い」 か「悪い」 かで分けてしまう。それは癖というより儀式みたいなもので、既に生活のリズムに取り込まれているから、今更止められそうにない。
 別段、胸を躍らせるようなことがあったわけじゃないけど、模試の結果は良好だったし、久々に顔を出した調理部で後輩に誘われて焼いたクッキーは「おみごと!」 と拍手したくなるような出来だった。鼻に残るバニラの香りが心地よくて、私は浮かれていたんだと思う。

 
 いつもよりも静かな放課後、開きっぱなしになった扉の中を何の気なしに覗いてしまった。覗いたというよりは目端に入ったというのが正解。もしも扉が閉まってさえいれば、私の顔がトマトよりも赤くなって、冷たい汗が体中から噴出して、言葉もろくにしゃべれないような、インフルエンザよりもたちの悪い症状に陥ることは無かったはずだ。
 だけど扉は開いていていた。目に入った光景がすんなりと体に浸透して、これまたすんなりと行動を起こしてしまったのである。
 

 その教室では見ていてはらはらするくらい、なんだか色々とぎりぎりな状態で背伸びをしている男子がいた。「むぐぅ」 、「むげぇ」 と正義の鉄槌を受けた怪獣のような瀕死の唸り声を上げている。耳まで真っ赤にして、無理に伸ばしたした足先が今にもバランスを崩しそうにふらふらと揺れていた。手にした紙を掲示板に貼り付けたいのだろう。もう一方の手にある画鋲が鈍く光っていた。
 

 危ないなぁ、と思ったのかもしれない。今となっては分からない。私は黙って近づいて、彼の手のひらからその画鋲を掬い取っていた。何の断りも無く、そう無言で。
 プリントの端をひとつとめて、掲示板であぶれている画鋲を抜き取って残りの四隅を更にとめる。ほんの数秒間のささいな出来事。
 満足げに自分の貼ったプリントを眺めていたら、ひしひしと視線を感じてゆっくりと下を向いた。ゆるく流れていたはずの時間は硬く凍りついた。私の顔もカチンコチンに固まったと思う。
 

 冷静になれ! スポコンさながらのドスの聞いた声が頭部に響く。だけどこの状況を冷静に考えれば考えるほど冷静になんてなれるはずもない。

 壁際に男子を追い込んでるようなこの体制。余りに経験のないこの状況に対策も浮かばず、奇声だけが弱々しく零れて落ちた。慌てふためく私を男子は黙って見上げている。
 何とか呪縛をといて、熱湯にでも触れたかのように飛びのいた。もつれる足で尚も後ずさりする。がたんと机にぶつかって終には行き場を失ってしまった。
 

 ぐるぐる目が回って、ぐるぐる頭も回った。ああそうそう。反射ってこういうの、こういうの。意味もなく遠い記憶の先で、習った単語が頭で踊る。
 死ぬ間際に過ぎるとかいう走馬灯が何故か私の頭の中を台風みたいにぐちゃぐちゃと巡っていた。握った手のひらはびちょびちょで、耳が痛いくらいに熱を持っている。揺れていた焦点が目の前の彼に急にぴったり合わさると、彼の口が小さく動いたのが確認できた。
 ただ声は聞こえない。聞きたくない。
「ご、ごめんなさい」
 なんとか搾り出せた台詞を放り投げるように落として、私は脱兎というよりは脱カンガルーくらいの勢いで教室から飛び出していた。
「なんで!もう、やだ!」

 ゆでだった顔を抑えながら泣きたくなる。良い日だなんてとんでもない。最低最悪の日へと転がり落ちてしまった今日に涙を堪えながら校舎から逃げ出した。

 

 
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