君が全てを話したら、俺は一体どうするんだろう
嘘恋シイ【16】
俺の意思を挫く為の長い長いチャイムが鳴った。それに安堵してしまう自分が情けない。
「じゅ、ぎょう……始まっちゃったね」
意気地なしの俺に代わって、勇気を奮ったのは小波さんだった。震えた声は小さく掠れて、まだ涙でぬれているようだ。
「そうだね」
狸はようやく、お役ごめんとなって、俺は彼女に向かって笑った。ぎこちなかったかもしれない。俺を見ている小波さんの目は赤くて、だけど、彼女も小さく笑った。
「サボリ決定だ」
そう言うと、困ったように眉を寄せ 「戻ったら?」 と返される。そんなわけにはいかないだろう。ここで逃げ出したら意味が無い。無駄話に付き合った狸だって怒るだろう。
「戻れないでしょ、その顔では」
わざと意地悪く目を細めて指差すと、彼女は 「あ」 と声を上げて顔を隠した。もう一度目元を拭いながら、そのまま、もごもごと言葉を繋げる。
「か、上谷君だけ、戻ったら、って。そういう意味だよ」
「戻れないでしょ」
「なんで……」
すんなり返した俺の言葉に彼女が振り向く。彼女の困ったような顔に、今はただ笑い返そうと決めた。赤い目に映っているのは俺だ。顔を背けるというよりは吸い込まれるように、くもり硝子の光へと彼女は視線を移した。
薄暗いと思っていた光はただひたすらに柔らかく、彼女の頬に注がれている。こんな時に 「綺麗だ」 と言える男が羨ましい。心は正直に思っても、言葉はなかなか出てこない。
「……聞かない、の?」
俺を見ないで落とした言葉に戸惑った。聞かなくても知っているからとは言えないから 「何を」 と返した。狡さが暗幕のように胸を覆って息苦しい。
音楽の授業が始まったのだろう。少し遠くから鍵盤を弾く音が聞こえた。音色に押されるように、俺は彼女をじっと見つめた。
「聞いて欲しい?」
彼女の口から全てが語られたら、俺はどうするだろう。知ってたよ、と。知っているよ、と答えるのだろうか。
旋律にあわせて合唱が始まる。緩やかなメロディーが二人をだけを包んでいた。
「どうだろう」
彼女は返事をしたことにも気づいてないようだった。ただぼんやり、くもり硝子の先、見えない空を見上げている。その目には何が映っているのだろう。
「聞いてもいいよ」
それが嘘でも本当でも、なんでも構わない。だけど、彼女は小さく 「言わない」 と呟いた。
「……そう」
合唱が止んでピアノも途切れた。世界が切り替わったような気がした。ここは夢の国ではない。だから、俺も彼女も、嘘も本当も、地底深くに息を潜めた。
恥ずかしいと思いながらも、勢いよく彼女と光の間に体をねじ込んだ。向かい合うように座って大きく息を吸う。肝心なのは勢いだ。
「あのさ。やっぱり、胸でもかそうか」
恥ずかしさで一気に頭に血が上った。そんな俺に彼女は大きな目をいっそう大きくした。
「え?」
「そういうもんじゃないの? こういう時って」
ここまで来たら肝も据わる。今世紀最大級の赤面で俺は腕を広げて見せた。彼女の戸惑いが空気に振動する。すぐに彼女は挑むように俺を見上げた。ある意味、睨んでいるとも言う。
「そんなの、いいよ」
だけど俺は腕を下ろさない。小さく唸って、彼女はもう一度、俺を睨んだ。
「なら、……うん。一発殴らせて」
カウンターパンチだ。開いた腕を下ろしながら、はははと笑う。手持ち無沙汰となってしまった腕を回しながら、何故だかちょっと嬉しかった。
「うわぁ。小波さん、暴力的だね。そういうキャラ?」
「その顔、むかつく」
恥ずかしい台詞と行き場を失った両腕。だけど何故か嬉しい。彼女の目が俺を見て、珍しく強気に睨んでいる。 「そういう顔も好きだよ」 と言ったらどうするだろう。俺を本当に殴るだろうか。
「殴っていいよって言ったら」
「何?」
恥ずかしさで上がっていた心拍数が、今度は別のリズムを刻む。
「付き合ってくれるの?」
いきなりの台詞に彼女の肩が小さく上がった。呆気にとられて、緩んだ口が小さく開いている。
「付き合って、くれるの?」
とどめとばかりに追い込んだ。だけど小波さんはそこで急に笑い転げた。小さな笑いが大きく円を描いて広がっていく。
「付き合うわけないじゃん!」
小波さんが笑う。折角止まっていた涙が転がった。だけど今度はその顔を膝に埋めないで、ただ笑う。俺に向かって、俺と一緒に。笑っていた彼女はようやく聞き取れるような小さな声で 「もう終わりにしなくちゃ」 と、最後の雫を指で拭った。
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