気になる? 何で? 理由はない?
ショートショート×トールトール・ラバー【7】
春でなくとも朝は眠い。体もまだ寝ぼけていてぼんやりと重かった。こんな調子でよくもまぁ、毎日毎朝登校できたものだと今更ながら感心する。
そんなことを口にすると、光圀は「もっと他に考えるこたぁないのかよ」 と口をもごもごさせた。朝からチュッパチャップスを咥えている。俺は言いたい。「朝ぱらからそんなものくわえてんじゃねぇよ」
二学期も終わりになると自習ばかりで俺たちはフリーダムを満喫していた。もはや持て余しているといってもいい。俺は専門学校組みで、光圀もジャンルは違うが同じ。戸川も既に推薦をゲットしているのでのんびりとしたものだ。
センター試験に向けてせかせかと単語帳をめくるもの、ひたすら問題集に取り組んでいるものたちには悪いが、俺の頭の中をざるでこしても勉強の「べ」 の字も見つからないだろう。まぁそれは今に始まったことではない。
そんな異分子がいては勉学に励むものたちに申し訳ない。というか五月蝿いからと締め出され、進路決定組みは別クラスへと隔離されていた。今やほとんどの時間をこのクラスで過ごす。なじみのクラスに戻るのは放課後くらいなものだ。
机に頬をつけて意味もなくサイレン音を口ずさんでいると「ばぁか」 と声を掛けられた。枯葉も舞い落ちる季節に一際澄んだ声色はもちろん、戸川でも光圀でもありえない。顔を向けてにかりと笑った。
「これはこれは、赤根井様」
戸川の読み終わった漫画をだらしなく見ていた光圀もチラリと視線を向けた先、「あんたたち、堕落組み?」 酷い言葉を伴って、長身の女子が俺を見下ろしていた。
「ちゃいまーす。専門組み。あと、推薦組みでーす」
じゃじゃーんと漫画に読みふける戸川に向けて手をひらひらさせたが、戸川は手にした本から顔を上げない。どんだけ面白いんだ、その漫画。
「あー、同じ。私も推薦」
「ほう。おめでとう」
「おう、サンキュ」
男同士とかわりないしゃべりが俺の好むところである。彼女は斜め前の席に大きなスポーツバッグを置いて椅子を引いた。
「結構前に決まってたんだけどね。美弥はまだだし、優貴も暇だからって一緒に勉強してるから」
いつも彼女と一緒にいる、甘い雰囲気の女子が二人浮かぶ。どちらがどちらかは知らない。ただ可愛い女子だったと認識している。自分の好みではないだけで。
「暇だから勉強とはどこかおかしいのでは?」
「あんたたちと一緒にしないでよ」
「けれども赤根井様は一抜けしたのですね」
「うっさいわ」
長い足で机を蹴るまねをする。なんて綺麗な足だろう。見惚れそうになる自分を叱咤した。いかんせん俺は「背の低い子大好き運動」 実施中なのである。といっても別段何をしているわけでもないが、とにかく赤根井さんのように手足もすらりと長く、小顔で長身のおなごに見惚れるわけにはいかないのである。
「そういや、赤根井さん。彼氏できたって?」
漫画に飽きたのか、自分の趣旨に合わなかったのか光圀が急に会話に加わった。確かに戸川の読む漫画は絶妙に特殊で読むだけで疲れる。けれどそんなことはさておいて、急にもたらされた情報に俺は馬鹿面を変形させて光圀の言葉を反芻した。残念なことに変形しても馬鹿面である。
「なん、そ、れ」
いつもの涼やかな顔が崩れ、赤根井さんは真っ赤になって光圀を凝視した。どうやら本当のことらしい。
「俺、バスケ部だったから」
相手はバスケ部か、このやろう。長身には長身か、このやろう。顔の無い長身バスケ部員を思い描いて頭の中で蹴りを入れた。
「あ、そう。うん。……そう」
「ふぅん」
自分から振った話題のくせに興味は無いのか、再びグロテスクな表紙の漫画を手に取った。まだ続きを読むらしい。もしかしたら、光圀は警告しただけなのかもしれない。
「もう背の高い女子はやめとけ」 と。そんなこと、わかってら!
「そういえばさ」 不意に思い出して、というより昨日からずっと考えていたことを口にする。
「赤根井さんくらい身長の子、クラスにいる?」
「デカい女だって、喧嘩うってんの?」 それなら買うわよとファイティングポーズをとる。口惜しいほどに様になる。俺なんて簡単に潰しそうだ。
「ちがくて!」
慌てて昨日のことを掻い摘んで話した。
「手伝ってもらったのに『ごめん』 ってさ。ちゃんとお礼も言ってないのに謝られたからさ」
だから妙に気になる。しかも長身好きの俺が知らない子だ。いや、だからって関係ないけどね。
一瞬静かになったかと思うと、急に赤根井さんは笑い出した。光圀も一緒に耳障りなハーモニーを奏でる。
「それってさ、それってさぁ。池内のプライド傷つけたって思ったからじゃない?」
「だな。だって普通、逆だろ。男が女子にする行為だろ、それ。女子が男にされてときめくとこだろ。お前、ダサい」
え、そうなの? 不覚にも笑われながら自問する。そうかもしれない。彼女は俺に悪いことをしたと謝ったのかもしれない。
その光景を客観視したら確かにおかしかった。様にならない。当事者を置いてきぼりにして、散々笑い散らかした赤根井さんは目尻の涙を拭いながら、ふうと息をついた。
「で、どんな子?」
ふてくされながら「背の高い子」 と言うと、「それは分かってるから」 と突っ込まれる。昨日の彼女を思い出すように視線を上げた。「どんな子、どんな子?」 呪文のように呟きながら手を叩く。思い出したことがある。
「いい匂いがした!」
一拍の間が静かに沈むように落ちて、真顔の三人の声がそろった。
「変態!」
戸川、お前も聞てたのかよ。
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