離れていくのが怖いと思った。
ウソコク【16】
少し前を上谷君が歩く。それを追いかけるように私は彼の影について行く。一学期までこんな風に二人で歩く姿なんて、想像がつかなかった。彼はずっと圭吾さんの 「弟」 だったはず。なのに今、上谷君は、「上谷君」 だ。ただの、上谷君。
それは私が圭吾さんと別れたからだろうか。
夏休みがとうに終わっても太陽は我がもの顔で空を支配している。秋まではまだまだ遠そうだ。日陰を気にしながら歩いてもバニラのアイスは負けましたとばかりに溶け始めていた。立ち止まって慌てて頬張る。でも、欲張って大きいのを買ったものだから、なかなか減ってはくれない。もともと私は冷たいものを一気に食べるのが苦手なのだ。
アイスに苦戦しながら、前を行く彼の後姿を眺める。夏休み前より、少し日焼けした上谷君が一人でどんどん離れていく。
上谷君は止まってくれない。私、――おいていかれる。
なんでか、そんな気持ちになった。足が止まって、ただ彼を見つめていると、べちゃっと音を立てて根性無しのアイスクリームが棒にしがみつくのを放棄した。
「小波?」
振り返った彼はアイスの残骸と私とを交互に見る。じわっと何か胸に広がった気がした。でもそれは直ぐにいろんな色で覆われて跡形もなく消えていく。
彼の視線を避けるように、子供みたいなふくれっつらで死んでしまったアイスを睨んだ。 「あーあ」、と笑いを含んだ溜息を落としながら、上谷君は近づいて、取り出したハンカチで私の手を拭う。握っていたアイスの棒はいつの間にか奪われてゴミ箱に直行された。
綺麗にアイロンがけされた青いハンカチは見る見る間にチョコとバニラを含んでくしゃくしゃになっていく。
「子供じゃないんだから」
屈んだまま見上げてくる上谷君の顔をちゃんと見ることができなかった。理由なんて分からない。だけど悪いことをしたような気がして、胸のあたりがぎゅっと縮んだ。そんな私に何も言わないで、立ち上がった上谷君は、ハンカチ越しに私の手を握った。
「ベタベタだな」
彼は、「手を洗おう」 と呟いて公園まで引っ張るように歩く。いつも歩いている道がどうして今日はこんなに違うんだろう。目に映る全てが全て偽ものに見えた。心細さが際立って、堪えるように小さく唇を噛んだ。
「泣き虫だなぁ」
何も言えない私に向かって響くのんきな声。なんだか急に悔しくなった。
「泣いてない」
「あー。小波はいっつもそう言う」
小さな公園にぴったりの本当に小さな水飲み場。その前で立ち止まった上谷君に合わせて私の足も止まった。二人でこの公園に入ったのはあの日以来だ。夏休み前、圭吾さんとさよならした日。私はここで泣いた。上谷君の前で私は泣いてしまった。
蛇口が小さなアヒルのような形になっていて、それをくいっとひねった上谷君は手を洗うように催促した。
――これじゃまるで子供だよ。
黙って従っていると、どこからともなくもう一枚、今度はグレーに薄いチェック地のまたまた綺麗にアイロンがけされたハンカチを渡された。
「何枚あるの?」
「あ、これ昨日の。大丈夫、使ってないから」
受け取ってから、何で使ってないんだろうと疑問に思ったけど言わなかった。男の子だもん、綺麗なハンカチを持っているだけでよしとしよう。
くすりと笑うと、「なんだよ」 と首をかしげた上谷君も笑った。
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