ウソコク【17】 | 虹色金魚熱中症

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虹色金魚の管理人カラムが詩とお話をおいています。

拙いコトバたちですが読んでいただければ幸いです。

私はなんてずるいんだろう

 
 

ウソコク【17

 

 

 彼が手を洗い終わるのを手持ち無沙汰に待ちながらブランコに目をやった。公園の隅っこ、今日は二つとも空いている。風もないのに少しだけ揺れているように見えた。

 
 公園はやけに静かで、遠くで猫の鳴き声のが聞こえた。低い声で威嚇しあっている。濡れた手を差し出されて、思わず上谷君の手を拭いてあげそうになった。アイスでべちょべちょになった私の手を彼が拭いてくれたように。

 
 だから手にしたハンカチをあっさり受け取られて恥ずかしくなった。 「何?」、っていう顔で見られて、ぶんぶんと大きく頭を振る。

 
 圭吾さんと別れた日から、随分と時間は経ったけど上谷君とここで一緒に居るのはちょっと気まずい。 「何で泣いていたの?」 と聞かれたら今の私ならどう答えるのだろう。考えてもやっぱりわからなかった。

 
 ……だけど。

 
 上谷君は二人分の水分を吸い取って重く湿ったハンカチをぱたぱた弾いた。その姿が微笑ましかった。

 
 たぶん、聞かないんだろうな。学校で泣いた時だって、この公園で泣いた時だって、彼は何も聞かなかったのだから。

 
 額に手を翳して空を見上げた。まだこんなに暑いのに、見上げた先にある雲は薄く薄くのびていて、もう夏じゃないよと言っているみたいだ。

 
 「小波が、さ」

 
 不意に呼ばれて振り返った。単語を選ぶようにゆっくりと慎重そうな彼の視線はハンカチに注がれている。ハンカチはおかしなくらい丁寧な手つきで折りたたまれていく。
 

 「……困るなら」

 
 空の雲は秋みたいだけれど、上谷君を見ているとまだまだ先だと思えてくる。彼は秋よりも夏が似合う。

 
 「なんつーか」

 
 ううん、と大きく唸って頭をひと掻きした。やっぱり癖なのかな、と小さく笑う。こうしてがしがしと頭を掻く姿ももう何度も傍で見た。

 
 「あまりさ。その、馴れ馴れしいのとか……やめた方がいいのかな、って」

 
 ゆっくり間を置きながら差し出された提案に思わず目を瞬いた。意味が分からなくて眉をしかめる。

 
 「な、に」

 
 「だから。呼び出されたり、そういうの嫌でしょ」

 
 「え」 って思うのと同時に、彼の言葉を汲み取って急に怖くなった。人ごみの中で繋いでいた手が振りほどかれたような、自分の居場所がわからなくなるような、そんな不安定な怖さが忍び寄る。

 
 「え、何? ……だって、そんなの」

 
 「でも」

 
 「だって!」
 

 何か言いかけた上谷君の言葉を遮っておきながら、どうしていいかわからなくなる。 「だって」 何だろう。どうしてこんなに戸惑っているのだろう。目の前の不安から逃れたくて、急かされるように安易な答えに飛びついた。

 
 「友達なのに」

 
 そう。 「だって」 私と上谷君は 「友達」 だ。
 

 ぎゅっと目を瞑って出た言葉は当たり前の言葉で、なのに胸の奥が黒っぽく燻ぶって苦い。何の返事もなくて、恐る恐る目を開けて、ゆっくりと上谷君を見上げる。見下ろしてくる視線を受けて心臓の辺りがひりひりとした。

 
 まっすぐ、刺すような、視線。

 
 睨んでいるわけじゃないと分かってるのに、思わず小さく後ずさりした。絡まった視線を無理やりはずして、それでも気持ちは落ち着かなかった。

 
 「小波、……ずるい」

 
 掠れるような、震える声。

 
 それは小さくて、でも重く落ちてきた。震えが伝染するように私の肩が小さく跳ねた。不意に腕が捕まって、後ずさりした分よりももっと彼に近寄っていた。ぐっと引っ張られて、そのままとんと額が上谷君にぶつかる。
 

 息ができなかった。

 
 よく分からなくて願い事でもするように目を瞑る。けれど何を願えばいいのかも分からない。
 

 いったい、何を願うの?

 
 何度も何度も問いかけて、返ってきた小さなささやき声に気づかされる。

 

 私は今、何を、願った?

 

 わけのわからない願いに吐き気すらした。体中があわ立だつのを感じて、もう一度目を瞑った。

 
 ああ、本当。なんて、ずるいんだろう。

 
 彼の胸を両手で強く弾いた。向かい合ったのに目も見れない。きつく握り締められた上谷君の拳だけが目に入る。

 
 「小波はずるいよ」

 
 呟いた上谷君だけを置き去りにして、ずるい私は逃げ出していた。

 

 
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