失いたくない。
ウソコク【18】
どんなに来なくていいと願って、祈っても地球が回っている限り朝はやってくるのだと知っている。だから結局逃げられない。
「優貴、あんた顔色悪い」
不満そうな顔で覗き込む奈央に返事もできないで目を伏せた。
「保健室行こう?」
美弥の冷たい手が、さり気なくおでこに触れる。言葉を失ったまま小さく頷いた。今朝から感じていた悪寒は吐き気を伴ってどんどん威力を増していた。教室に居るのが酷くつらい。うまく呼吸もできないで眩暈がする。油断したら泣いてしまいそうだった。
一晩考えたくらいじゃ何もまとめきれなくて、それどころか不安とか疑問とかがとめどなく増殖して眠ることもできなかった。
小さな脳みそをマーブル模様みたいにぐるぐるにして、たどりついた先にいたのは答えも出せずに体調を崩した私だった。
そのくせ朝日を浴びながら思ったことは 「きっと上谷君は笑ってくれる」 だった。学校に行って 「おはよう」 を交わして、そうしたら多分元どおりだと。
そんな自分勝手で甘い願望は朝日をふんだんに含んだ教室で打ち砕かれた。
上谷君は振り返らなかった。
いつも一番に声をかけてくる上谷君はまっすぐ前を向いたまま、私のことなんて気づこうともしなかった。いくら馬鹿だって分かる。上谷君は怒っているんだ。
二人に付き添ってもらいながら立ち上がるとくらくらした。それでも目は上谷君を捉える。こっちなんて見ない。声もかけてくれない彼を捉える。
――当たり前、か。
上谷君は好きだって言った。頑張るって宣言した。そんな彼を、気持ちを、無視したのは私だ。そんなことに気づいた瞬間、身勝手な私が噛み付くように叫んだ。
『でも、だけど。……だけど頑張ってなんかなかったじゃない。あれから一度だって言わなかったよ』
地団太を踏みながら、耳をふさいで叫んでいる。溢れるように聞こえてきたその身勝手な言い訳に涙が滲んだ。
『でも、でも、本当にそうだった?』
『上谷君はずっと笑ってくれたよ。ずっと傍にいてくれたよ。 「頑張る」 って、 「好きだ」 って』
勝手な言い合いが頭の中を支配する。不安定に飛び交う言葉を掴みたいと手を伸ばした。けれどそれは不透明で薄暗い布に覆われる。
背筋がひんやりとした。純粋に怖いと思う。つま先がまるまる。また圭吾さんと同じ、悲しいことになりたくない。だから逃げたい。目を瞑っていたい。――だけど怖いのはそれだけじゃない。
上谷君に腕を取られたとき思ってしまった。この気持ちは本物なのかと。
『圭吾さんの代わりにしようとしたんじゃないの? 』
囁くように落ちた言葉が一番怖くてしかたなかった。
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