賭けと異邦人 (中編) | 風紋

風紋

鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

「それに、密入国者だからこそ信用できる情報ってのもあるだろウ?
あの村、なんていったかナ・・・そウ、リゼンブール。
あの南あたりで軍部内の管轄が変わるんだロ?
警備は厳しそうだったガ峠のむこうとこちらで連携がとれてなかったゾ。
おかげで楽に山越えさせてもらえたヨ。」


―――この糸目、ただのお気楽野郎かと思ったがそれだけじゃない。
状況を見極める目と頭は持っているようだ。
「・・・痛いとこ突いてくるな。確かにイーストとサウスは昔からお互い
対抗意識があっていがみあってるから、そんなこともありそうだが。」


本音はありそうだどころの話ではない。
イシュバールの内戦があんなドロ沼になったのは南軍がアエルゴ軍からの
イシュバールへの武器流入を見逃していたからだ、という見方が東軍には
ひそかにかつ根強く流布していたのは自分自身がよく知っている。
南の国境戦がいつまでも長引いているのは、南軍が無策のままルーティン
に戦闘を続けているからだという批判はすでに大勢のものだった。


「ありそうだ、じゃなくてつい先日経験した事実だヨ。使える確かな情報
だろウ?俺なら軍の手の届かない逃亡ルートを提供できるヨ。」


「こちらだって無策のまま逃亡に持ち込むほどバカじゃない。
いくつかアテは用意してあるさ。」
畳んだままの地図を内ポケットから出して振ってみせる。
ここ中央では大佐はまだ外様の扱いで、自由がきく範囲は限られているが、
元いた東部なら蟻の巣穴まで把握している。
軍を外れた人脈を使い、潜伏できそうな場所はピックアップしてあった。


「忠告しとくけど、流砂に埋もれて不通になっている大陸横断鉄道沿いの
オアシスの町は野盗の巣窟になってるヨ。
この国に入る前に行きがかり上ちょっとばかり痛めつけといたけど、
あれで懲りるような可愛い奴らかなア。
俺のとこの臣下はあんな奴ら一人でやれるけど、逃避行なんだから
憲兵の出る騒ぎにしたらマズいんだロ?やめといたほうがいいヨ。」

「このヤロ、匿う候補地ひとつ潰しといてアドバイスのつもりか!」
思わず手のなかの地図を叩きつけたが、糸目は気にする風もない。


「無駄足踏まなくてよかったじゃないカ。イシュバール近辺は残党なんか
いないのに軍の兵士がやたらといたからこっちも使えないネ。
あやしいとは思っていたけどやっぱり鉄道寸断は自演だったんだろうナ。」
「・・・ちょっと待て。鉄道が流砂に埋もれる決定打になったあの事件は
イシュバールのゲリラ組織による爆破じゃなかったって言うのか?」



「細々ながらも続いていた鉄道を寸断させて得をしたのは誰か考えてみロ。
急激にきな臭くなってきたアメストリスをはじめとする西の各国から距離
をおきたいシンと、シンとの交易よりも徹底的にイシュバールを孤立させ
て追い詰めたいアメストリス軍部の思惑の一致点があの「爆破事件」って
ことサ。
もちろん犯人の汚名はイシュバール人に被せるということも含めてネ。
シン側には一大軍事国家からの工業製品の輸入が絶えることより辺境民族が
交易で力をつけることを嫌ったっていう理由もあル。
俺んところの一族はもろにその影響喰らってしまったクチだけどネ。
きっとシン側の黒幕は通商大臣の趙了蒙あたりだロ。
あの事件とほぼ同時期にいくつもの港湾の荷役の権利が奴の手先の者で
占められるようになっタ。アメストリスでも船商社の縄張りが変わったり
しているんじゃないカ?」


「な・・・確かに商船会社は新興のところが急に勢力を伸ばしているが、
あれは造船・航海技術が上がったからそうなっていっただけだろう。」
「なるほド、内陸国アメストリスではそういう理由で納得されてるのカ。
どこの国でも物流を仕切る役人はなかなかうまいナ。
戦争、戦争でも交易のうまみはお互い切らないよう調整ができてル。」
「両国双方の役人が承知の上で鉄道を使えなくしたってのか?」
「大筋でシナリオに影響がなければ私腹を肥やそうとしてる役人のひとりや
ふたり、見逃すのが政治だロ。まずくなったらこれをネタに責任をかぶせて
放逐できル。軍機大臣の邸永明とこの国の大臣級ももちろん噛んでいるナ。
まだ国交が今より盛んだった頃のこの国の式典に趙と二人で揃って出席した
ことがあったかラ、その頃の密約なんだロ。」
「その頃っていうとブラッドレイ政権の初期の頃を言うのか。」
「ううン、その前。」


「お前、よくもまあそんな昔のことを見てきたように言えるな。
立派な詐欺師になれるぜ。」
思いもかけない大きな話になって圧倒されそうになるのを、気を引き締め
なおして皮肉で返した。
しかし、糸目はまるで褒め言葉でも聞いたように自信にあふれた様子で
悠々と話を続ける。


「わが国の役人たちは記録を書き残すことに関しては偏執的な情熱をかけ
ていてネ、俺のような青二才でも手間をかけりゃ昔の事件のことくらい、
いくらでも調べがつくんだヨ。
もっとも、そんな面倒なことをする奴は滅多にいないけどネ。」
「青二才、ってお前いくつだ?」
「十五だヨ。」
「嘘つけ!!」
「本当だヨ~。なんでこんな純真な若者の言葉を信じてくれないかナ?」
「純真?どこがだ!いいか、お前はアメストリス語を間違って覚えている。
教えといてやるが、この場合あてはまる形容詞は『胡散臭い』だ。」
「イヤだなア、この俺が『胡散臭い』だなんテ。」



言い合いながらふと気づいた。
―――何だコイツのアメストリス語の理解力。
シンとの国交がほぼ絶えて20年ちかく、彼の国では今こんなに流暢に喋る
者はどれだけいるんだ?
「・・・おい。お前は誰からアメストリス語を習った?」


こちらの様子が変化したのを糸目も気づいたのだろう。
へらへらとした様子はかき消え、どこか重々しい口調に変わってきた。
「親族のなかにこの国とも縁のある者がいてネ。いずれ国交が回復すること
もあるだろうと見越して熱心に習わされたんだヨ。」
「親族、ね。じゃあもうひとつ質問に答えてくれ。なぜ、お前はさっきの
ようなごく一部の者しか知らないはずのことを知っている?」
「やっとそれを聞いてくれたネ。わかるだロ、一地方官程度じゃ知らない
はずの情報を手に入れられる立場にあるって事だヨ。」
「シン国中枢の・・・官吏じゃないな。あの国の役人は年功がものをいう。」
「よく知っているじゃないカ。ならば話は早イ。」
「朝廷じゃなく宮廷のほうか。もしや・・・。」


シュッと袖をはらい剣の柄に拳と掌を重ねて乗せる仕草は堂に入っていた。
糸目は朗々とした声で名乗る。
「シン国皇帝の第十二子、リン・ヤオダ。といっても証明できるようなもの
はあいにく持ち歩いていなイ。信じる信じないはそちら次第になるナ。」



「・・・信じるしかないな。」
まったくとんでもない密入国者だ。
異国の皇族なんてものがこんなあやしげな現れ方をして、自分たちの作戦に
手を貸すという事態は信じられないが、思いもよらぬ突破口を開いてくれる
だろうことは今までの問答でいやというほどよくわかった。


「嬉しいネ、やっと俺の誠意わかってくれタ?」
「たとえ身分を偽っていたとしても、これだけの材料を出してくる輩なら、
この工作を進めるためのタッグを組むのに不足はない。
俺はアメストリス国軍少尉、ハイマンス・ブレダだ。よろしく。」
言って右手を差し出すと、リンはすかさず手を握り返してきた。
「皇子に見えないというのが本音だろうガ、身分より実力を評価してくれた
と思うようにするヨ。よろしく、少尉さン。」


・・・いちいちひと言多いやつだ。
確かに、握られた手には固い胼胝があって、皇子といえば貴人なのだから
こんな手をしているものだろうかと思ったのは事実だが。
これは、こいつが今腰に提げている重そうな剣を振り続けてできたもの
なのだろうか。
ふと中尉の手を思い出した。
銃把を握り続ける手、守るもののために戦い続ける手だ。
こいつが発した幾多の言葉より、この手は信用できる気がする。



                                    後編に続きます