賭けと異邦人 (前編) | 風紋

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鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

―――勘弁して下さいよ、大佐。こんな重大な判断せにゃならんなんて
聞いていませんよ。俺は危険な賭けをしていいんですか?


ハイマンス・ブレダは表立って動くことのできない上司の作戦の実行役を
引き受けた自分の運命を呪った。


だいたいこの上司は人使いは荒いが小さなことには全く口出ししないうえ、
手柄を横取りするようなことはケチなことは決してない。
仲間を思いやることに関しては誰より篤い彼が、親友であるヒューズ中佐
――いや、二階級特進で准将になってしまったのだが――の死の疑惑を
あぶり出す作戦に出たからには、その一端を率先して担うのは当然と
意気込んでいた。


しかしそれは軍上層部の黒幕相手であって、こんなわけのわからない相手
を味方につけるかどうかなんてことに頭を使うとは思いもしなかった。
『現場の判断はお前に任せる。』
裁量を自分に委ねてくれる上司の命令の言葉に『アイサー』の返事を威勢
よく返した数時間前の自分が恨めしいばかりだ。


その話にのったものか判断に困る危険な賭けをぶらさげて現れた奇妙な
男は、バリーの隣でへらへらと笑っている。


不可解な経緯で容疑者として拘束されたマリア・ロスをバリーを使って
脱獄させ、軍の目の届かない場所に移し、そのうえでヒューズ准将殺害に
関する尋問をする。
それがブレダに与えられたミッションだったが、こんな異分子の登場は
予測の範囲を超えていた。
ただでさえ怪しいこと極まりない骨鎧男・バリーの話に乗ったからには、
そのバリーがマリア・ロスを留置場から抜け出させる時についでに拾った
胡散臭い外国人――シンからの密入国者だという――の手を借りるという
のも、毒食らわば皿まで。
使わない手はないかもしれないが・・・
それにしたっていかんせん怪しすぎる、この男。


黄色い不思議な裾模様のついた、東洋風の前を開けたまま着る上着の下は
上半身裸で弾帯のような革ベルトを斜めがけしている。
不揃いに伸びた肩を越す長い髪を無造作に束ね、腰には鞘すらつけず布を
巻いただけの大ぶりの剣。
バリーとともに現れた男は、予想外の人物の出現に上着の下で銃を握り
なおすブレダの警戒をよそに、妙に馴れ馴れしく話しかけてきた。


「やあ、バリーとそちらさんの作戦に俺達も噛ませてもらえないかナ?」
「・・・どういうことだ、これは?」
怪しい糸目の言葉はとりあえず無視し、バリーに問いただしたが
「国外逃亡のご用命ならお気軽に。お支払いは俺のバリーへの借りと相殺で
チャラだから今回は無料だヨ。初回特典ってヤツだネ。」
糸目は意に介していないように、なおも身を乗り出して喋り続ける。


頭痛がし始めたのは緊張と疲労のせいだけだはないだろう。
焼死体をでっちあげるための材料を早急に、かつあやしまれぬよう調達
するのはなかなか骨だったうえ、ピックアップ要員としてハボックを配置
し合流の手筈を調え、大佐からの首尾の連絡を待つ一時待機所のスラムに
軍の目がないのを確認してと、抜かりのない様立ち回ってきたというのに
このバカ骨鎧は何を考えているんだ!


「当初の計画ならあの女性を匿うのがやっかいだろうけド、バリーが俺の
申し出を受けてくれたからネ。そちらにも損はない話だヨ、どウ?」


軽薄な調子で喋り続ける糸目に精一杯の不信感をこめた一瞥をくれてやって
からバリーを怒鳴りつけようと向き直ったが、ヤツはどこ吹く風といった
顔をしてのんきな風情で言う。
「あー、この糸目シンの国の者だってさ。あのねーちゃん逃がすの手伝う
って約束でさっき留置場でツレにしたんだ。使ってやれよ。」


「ってオイ、勝手に素性のわからんやつを引き込むな!」
「素性がわからねえからいいんだろ。素性が知れてる奴は、何かあったら
お前らが軍部に繋がりをたどられて尻尾つかまれちまうだろうが。
見張っといてやるから早いとこ話つけろ、糸目の。」
バリーの言われてみればもっともな懸念に思わずぐっと詰まっていると、
「ほいほーイ。」
お気楽な返事をする糸目を背にバリーは路地の入り口へと歩いていった。


―――何なんだコイツら。いきなり意気投合してるじゃねえか。
暗雲のように不審が頭のなかを覆っていく。
「・・・おい。お前らホントにさっき留置場で知り合ったばかりか?」
「ホントだよ。ホラ。」
糸目は左手首のバンデージの上に巻きついたじゃらりと金属音のする
小さなものを見せて、眼の前で小さく振った。
認識票だ。ナンバーを見ればまさしく西区留置場のものだった。
こんなものまでつけているということは、バリーが軍の暗部のヒモつきを
知らずに引き込んでしまったという可能性は考えなくていいだろう。
確かにこれ以上ない証拠だが・・・


バリーとこいつが今さっき留置場で行き会ったばかりというのが本当だと
はっきりした今、こいつらの息の合い方の答えはひとつ。
この糸目は、自分の快楽のためにしか行動しないバリーのノリについて
いける、ヤツと同類の性格破綻者だということだ。
用心してかからねば災いを招く。


ブレダの内心を知ってか知らずか糸目の男はちょっと見には人のよさそう
に見える笑みを浮かべて、具体的な話を切り出してきた。
「俺たちが使ったルートを逆にたどって、あの女性をアメストリスから
出す手伝いをしてやろうという提案だヨ。
ちょいとワケありなもんで密入国で捕まっちゃったんだけド、バリーに
逃がしてもらったかラ、今度はそちらの逃亡を手伝おうってネ。」


・・・とりあえずはお引取りを願おう。
不確定要素は取り除き、当初の予定を実行するのが定石だ。
「バリーとお前の間の話に俺らを絡ませるな。こちらはいつ死人が出ても
おかしくない作戦の最中だ。不穏なものは排除しなきゃ生き残れない。
身内を守るためならバリーとお前二人まとめて消すことだって躊躇わんぞ。
今なら見なかったことにしてやる。とっとと立ち去れ。」


精一杯威嚇したつもりだったが、無駄だったようだ。
「そんなこと言ってモ、こっちは君達を見ちゃってるし、関わる気満々
なんだけド。俺たちならバリーより頼りにしてもらえるはずだヨ。」
―――しつこい!何が目的だこいつは。
「シン国人が収監された女性軍属をかどわかしてどうしようってんだ?」
「いやだなア。お互い助け合おうって麗しい隣人愛なのニ。」
「勝手に密入国してきて隣人ヅラするな!んなモン信用できるか!」
肩に手を廻してすり寄ってくるのを邪険に払いのけ、怒鳴りつける。
この馴れ馴れしさは何だ?どうにもペースが狂わされていけない。


「・・・ふうン、だったらサ・・・」
さりげなく刀に手をかけた糸目に急激に警戒レベルがトップに近づく。
咄嗟に三歩の距離を開け、撃鉄を起こし狙いをつけると、糸目は刀身に
巻いた布を外し眼の前に構えて―――
―――自分の腕の認識票の鎖を斬って引きちぎった。


呆気にとられる俺に向かって、糸目は小さな金属音をたてて地面に落ちた
認識票を拾って差しだし、無理やり手のひらにのせてきて握らせる。
「これ預けるから信用してヨ。いつでも当局に突き出していいかラ。
とは言っても、俺が仲良くなりたいのは留置場の看守なんかより、冤罪を
でっちあげられた女性を救い出そうとする軍部の跳ねっ返りたちだからネ。
俺の誠意の証、持っておいテ。」
斬りかかるのかと思えば、すり寄ってくる。芝居がかった言動に知らずに
毒気が抜けてしまった。


・・・参ったな。シン国人ってのは皆こんな感じなのか?

                                              

                                  

中篇に続きます