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152.女子トーク ~ほんの少しでもいいから…あたしになにか愚痴でも言ってくれたらいいのに
このお話は 151.書筵堂(ソヨンダン)の屋根裏~抜けるような青い空にも染まらず真っ白い 孤独な鳥 に続くシン目線です
チェギョンと二人で 美術館の落成式に行った
テープカットの後 二人で絵を観覧する姿を見せる予定だったのに テープカットの写真撮影中にそれは起こった
取材陣の中に紛れ込んだ男が 俺に生卵を投げつけ 額の左あたりに命中して弾けた
卵はもう一つ更にもう一つと投げられたが 三つ目の卵を 俺を庇うように差し出したチェギョンの両手がはじいて 彼女までもが生卵の洗礼を受けた
だが 明らかに狙われたのは俺ひとりだった…
イギサに囲まれ控室に下がり 報道陣を美術館の外に出す
「殿下!?ケンチャナヨ?何処に当たったの?痛かったでしょう?
ああどうしよう なんなのいったい 誰の仕業なの!?酷いわ!こんなことするなんて!!」
ひどく憤慨し興奮しているチェギョンとは逆に 俺はヤケに冷静で…
いや違う…
ショックで… 怒る気にもなれないんだ…
俺の中の張り詰めた糸は ぷつりと切れてしまった
誰であろうと 俺が皇太子として此処にいる事を認めない者の仕業で有る事は間違いなくて
コレが俺じゃ無くてユルだったら…?
ソファに浅く腰掛け 膝の上に両肘をついて 組んだ手指の先に視点を合わせ 深く息を吐いて呼吸を整える
ようやく自分が震えていることに気が付いた…
いつからだ? いつから俺は震えている?
拙い…こんなところを人目に晒しちゃいけない…
襲ってくる余計な思考を振り払おうと首を振る俺の頭上から
「殿下 こっちを向いて?」
チェギョンの声が降ってくる
顔を上げると こんな騒ぎが起こって心細いだろうに 必死で笑顔を張り付けている…
「下を向いてちゃダメ 悪い事を考えてしまうわ」
チェギョン…
「あ…ああ…そうだな…」
知ってる 幼い頃読んだ本の中に書かれていた 仏教の教えだったか…
俯くと好からぬ考えに憑りつかれ 考えが正しい方へ纏まらないと…
お前もそれを知っているのか?
「帰ろう?今日は残念だけど 帰るしかなさそう」
帰ろう…って 言ったか…?
俺と チェギョンの 帰る場所は 景福宮の東宮殿だ
「悪かったな 楽しみにしていたんだろう?」
「どうして殿下が謝るの?殿下は被害者なのよ?」
清楚なワンピースを着てるくせに 握り拳を握ってファイティングポーズをキメている
ふっ コイツに救われるなんてな…
差し出された小さな手を取って 裏口を奨める館長を断り
正面玄関の外に待ち構える報道陣の中を イギサに囲まれ公用車に乗り込む
車内でもずっとチェギョンが俺の手を握ったままだったが…
言葉は交わさなかった いや 交わせなかった
俺も チェギョンも 何を どう 話していい物か…
背後に彼女の気配を感じる物の 振り返る事も出来ず部屋に籠る俺に 声を掛けあぐねる姿が視界に入ったが…
今は 消えてしまいたいほどに沈んだ姿を 誰にも見られたくなくて…
イギサや内官 女官だけでなく チェギョンからも目に入らない処へ隠れたかった
隙を見て書筵堂(ソヨンダン)の屋根裏へ登った
俯くなと言われても 今の俺は もう幾日も前から 好からぬ考えに憑りつかれていて とどめを刺されたようなものだ…
「なぜこのタイミングで…」
幼い頃のあの一件以来ずっと こんな時に俺が弱音を吐ける相手はアルフレッドだけだった
部屋から連れて来たアルフレッドに向かってそう口にして ようやく 思考が一気に覚醒し始めた
「ペク…イギサか?…」
そうだ…ここ数日 俺はずっとペクイギサに付け回されている
勿論 コン内官の 俺から目を放さないようにとの指令の元にだ
元を正せば俺がそうさせているのだから…
皇太后に知らせが行ってるのか? このところ俺が 沈んでいるようだと…
つまり今日の生卵の犯人は 皇太后の差し金なのか?
そうか…
実行犯は取り押さえることが出来ただろうか…
飾り窓から見下ろす東宮殿の庭を さっきからイギサや女官がウロウロしている
多分 俺を探しているのだろう
ペクイギサさえも振り切って来たから 誰にも見つかりはしない…
突然カタンと鳴る物音に 登ってきた梯子をハッと振り返る
「ふう…こんなところに屋根裏が有ったのね
あ!殿下!こんなとこに!見~つけた!!」
は?…間の抜けた柔らかな声は…
「チェギョン」
「かくれんぼしてるの?」
よじ登って 這いあがり そのまま 這って 俺の傍まで来る
「お前…なんだってこんなところに…」
「あら!それはこっちの台詞よ!?みんなすっごい探してるのに こんなところで何やってるの?
あら 熊さんも一緒だったのね♪」
俺は慌ててアルフレッドを後ろに隠す
こんなところで一人 皇太子がテディベア相手におままごとしてるとでも思われたら…
「あたしも持ってるよ 熊くんは小さいけど ワンちゃんは大きいの」
―こんな大きいのよ―と言う風な 大袈裟な身振り
知ってる…それは俺の母上がお前の誕生日に贈ったものだぞ…
「ウチから連れてきちゃった あたしなんて 時々抱いて寝るよ?」
―おかしなことじゃないよ― とでも言いたいのか?
また…俺に気を使って 作り笑いを張り付けて おどけて 俺を笑わせようと?
「あ 裸足!イケナイんだ~!皇族は肌を見せちゃ ダメなんでしょ?」
だ…だから指さすなよ…
「一人だからいいんだ… 此処はずっと俺ひとりの隠れ家だったのに…」
「え?」
「お前に見つかったから また別の隠れ家を探さなきゃな…」
「あ…ごめんなさい」
すぐにしゅんとする
「ふん…お前はいっつも空気読めないよな…ギョンみたいだ」
「ふぇっ!?うそっ!ひど~い」
「どっちがひどいんだ?」
「あ…いや…だって…ギョンくんはちょっと…変わってるていうか…あはは…」
「まあいい…」
なんだよ…その顔…
「あれ?コレ何の写真?」
この前届いたヒョリンからの手紙に入っていた写真を さっき壁に貼ったんだった
それを チェギョンが手に取った
「ダメだ」
奪い返そうとするのに すばしっこく手を動かして返さない
「返せよ」
それでも奪い返せない
胸の前に写真を抱いてみたり 高くかざしてみたり…
「返せったら!」
ふいにチェギョンが両手を挙げたまま仰向けに倒れた…
いや…違う
高く上げた両手から写真を奪い返そうと 彼女の肩に手を置いた俺が …押し倒したんだ…
「や…あの…その…ご…ごめんなさい…返す 返します そんなに大事なものなの?」
こんな状況に戸惑うチェギョンの上気した頬と 甘い香りに誘われて…
俺はまた 正気を失ってしまった
見惚れていたチェギョンの動く唇が止まったのを確認すると…
そこに 自分の唇を そっと重ねる
俺の唇が チェギョンの唇を食むように身勝手に進む…
ちゅっと音がして またやらかしたことに気が付く…
あ゛…
ガバッと身を起こし チェギョンの手から写真を奪い取り 背を向ける
「頭…打たなかったか?」「…うん…平気…」
背後でチェギョンが身を起こす気配を感じる
何も言えない俺に 何も言わないチェギョン…
「殿下~~~」「皇太子殿下~~~~どちらにおいでですか~~~~」
直ぐ近くにも 遠くにも あちこちで俺を探す声が聞こえる
そろそろ潮時か?
「あ あの!」
チェギョンが口を開いた