ヨハネ20章3、4、5節 見たが、中に入らなかった(3) | ヨハネ福音書20章 21章

ヨハネ福音書20章 21章

ヨハネ福音書をとおしてイエス・キリストを知る

ヨハネ20:3~4
そこで、ペテロともうひとりの弟子は外に出て来て、墓の方へ行った。
二人は一緒に走ったが、もうひとりの弟子がペテロよりも足が速かったので、先に墓に着いた。


ユダヤ人を恐れ、人を恐れて隠れていたイエスの弟子ペテロ。
イエスの十字架の時も、埋葬の時も、姿を現さなかったペテロ。

そのペテロが、ようやく20章に来て初めて、隠れていた場所からもうひとりの弟子と共に
外に出た。と書かれています。 

マリヤが、「誰かが墓から主を取っていきました。」
と駆け込んで来たことによって、ようやく隠れ家から出て、墓のほうに向かって走っていった
ペテロには、シモンという名が付いていませんね。

そして二人は一緒に走った。

けれどももうひとりの弟子の方が、ペテロよりも足が速かった、って。

聖書って本当におもしろいと思いませんか?  特にここの箇所。
何でわざわざ、自分の方が足が速かったって、何これ、自慢?!
ってな感じですよね。

しかし、次の5節を読むと、ペテロとヨハネの性格の違いが、非常にはっきりとした
コントラストで、浮き彫りにされていくことが、分かります。

もし、このヨハネの自慢とも思える箇所が無かったら、これほどハッキリとした二人の違いは、
分からなかったと思います。

20:5
そして、からだをかがめてのぞき込み、亜麻布が置いてあるのを見たが、中に入らなかった。

「中に入らなかった。」というのがキーワードですね。

マリヤが言った、「誰かが墓から主を取っていった。」
という悲痛な叫びにびっくりして、一生懸命走って、ペテロを追い越して、
いの一番に墓に着いたのに、そこでピタっと足が止まって、中に入らなかった。

それは、「墓に触れたら汚れる。」という旧約聖書の律法を、
ユダヤ人なら誰でも守らなければならない律法を,ヨハネは思い出したからです

旧約聖書の民数記19章16節には、
「また、野外で、剣で刺し殺された者や、死人や、人の骨や、墓に触れる者はみな、
七日間、汚れる。」

これがヨハネの頭をよぎったのでしょう。

全速力で走ってきたのに、墓の前でピタッと止まってしまったのです。