[東日本大震災]東京都液状化マップfinal②…築地移転問題に纏わる虚偽 | honey-spider presents 『胎児が密猟する時』

[東日本大震災]東京都液状化マップfinal②…築地移転問題に纏わる虚偽

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http://ameblo.jp/honey-spider/entry-10839589480.html




※参考(必見)


東京の液状化予測図
http://doboku.metro.tokyo.jp/start/03-jyouhou/ekijyouka/index.htm

神奈川県ハザードマップ
http://www.あんしん宅地.jp/kanagawa/Ph1_map/hazardmap.html
横浜市液状化マップ
http://www.city.yokohama.jp/me/shobo/kikikanri/ekijouka_map/
千葉県液状化マップ
http://www.bousai.pref.chiba.lg.jp/portal/05_sonae/58_hazard/jsn/map_jsn.html



管理人より。


下記前記事からの続きで、1978年~1983年の6年間が対象です。


[東日本大震災]東京都液状化マップfinal①…築地移転問題に纏わる虚偽

http://ameblo.jp/honey-spider/entry-10856615434.html


…ですがこの6年間は、既述の野鳥保護勢力のサヨク顔負けの(というより、サヨク勢力の加担があったと考える方が自然)ゴネっぷりや、これに呼応するかのような大井市場移転・築地移動反対勢力の王様振りに、いよいよ拍車が掛かって来た時代であります。


当時の鈴木俊一都知事の苦労というのは、察して余りあるモノがあると言えます。



1978年(昭和53年)9月


農水省が次年度予算に「広域集散拠点市場調査研究」として調査費1億円を計上する考えを明らかにする。これは「狭く過密化の著しい大都市市場対策として広域集散機能を備えた拠点市場の整備のあり方等について調査研究を行う」調査となっているが、広域集散拠点市場が大井市場を指すことは明白。


12月
農水省、調査費として計上した予算1億円を半分の5,000万円に削られる。



1980年(昭和55年)


鈴木善幸が首相となりました。余談ですが、鈴木善幸の長男である衆議院議員・鈴木俊一は、この当時の都知事・鈴木俊一と同姓同名ですが、当然別人です。くれぐれも混同しませぬよう。


1月16日

高木国光築地市場長、新年の記者会見において、7月頃をメドに大井市場についての性格づけを行なうとの発表が。この頃まだ大井市場は“幻の市場”と呼ばれていた。神田・築地両市場の再開発はすべて大井がらみとなり、これを抜きにしての論議はあり得ないと話す。


2月
日本野鳥の会(中西悟堂会長)を中心とした自然保護グループ、
大井埋立地での市場建設に強い拒否反応を示す。


2月26日
国際水禽調査局代表者会議に出席した英・米・中国人ら学者グループが野鳥公園を見学し、
鈴木都知事にもっと公園面積を広げるべきと提言する。


3月
東京都は第二次市場整備計画(昭和51年~60年度)を見直し改定するため、東京都卸売市場審議会(都市場審)を開催、その下に流通改善部会と、施設整備部会を置いてそれぞれの分野で具体的な整備計画について検討することとした。


7月1日
日本野鳥の会や「小池しぜんの子」が中心となって設立した「大井自然公園推進協議会」発足。10の自然・環境関連の団体がさらに広い面積(既存の3㌶では足りず、71㌶が必要と要求)の野鳥公園建設のために結集。


7月20日
大井埋立地で「大井自然公園推進協議会」の決起集会。市場を他の埋立地に移転するよう要求、市場用地(49㌶)を含むさらに広い範囲の七十一㌶の埋立地を全面的に自然保護地域とし、都民のための公園にしようという。


9月10日
高木国光市場長、大井市場問題に触れ、
①災害時の水際市場として絶対に必要であり、②野鳥保護団体との面積割りでは市場用地として49㌶の半分以上を確保したいと発言。


10月
都市場審は11月に予定される中間答申について、大井問題に対する国と都の性格づけに隔たりがあること、市場用地をめぐる自然保護団体の反対運動が表面化したことなどにより、中間答申は玉虫色にならざるを得ず、継続審議となる模様を示した。野鳥保護グループは市場用地49㌶を含む71㌶を公園として求めており、とくに市場用地を野鳥生息の拠点としており、隣接する新幹線操作場の東側、トラックターミナル用地への市場用地の移転を求めている。東京都は災害対策上現在の49㌶全域にわたる市場建設の必要性を強調、野鳥保護グループ、東京都両者の話し合いは平行線をたどっている。


12月4日

「大井自然公園推進協議会」大井埋立地71㌶を野鳥公園用地として要求する要望書と、集めた6万名の署名を東京都に提出。


12月18日
鈴木善幸首相、築地市場を視察。



1981年(昭和56年)



1月13日
年頭の記者会見において高杉国光東京都市場長が、
築地水産部の大井市場への機能分散の可能性を示唆する。


1月15日
読売新聞が大井の市場用地をめぐって
「都は49㌶のうち10㌶分を野鳥公園として残し、市場は約40㌶で計算することに決めた」と報道。これについて都市場当局は16日、「市場計画は市場審が決めるもので、計画の方向づけができていない段階で用地面積を先に決めることはできない」と事実関係を否定した。また市場審の施設改整備会のメンバーである関本徳蔵委員(東都水産社長)も、同日日刊食料新聞記者に対し、「これまでの部会で野鳥公園を保護するかどうかは決めていない」と述べた。


一方、野鳥保護区域の拡大を求めている大井自然公園推進協議会は読売新聞記事について事実関係は明らかでないとしながらも、二十日都市場当局を訪れ、この問題について質すとともに野鳥保護をめぐる公開質問の場を設けるよう訴えることにした。



3月27日
東京都卸売市場審議会(太田園会長)は大井市場(仮称)の基本構想をめぐり神田市場の全面移転のほか、城南地区の荏原、大森、蒲田市場の移転、築地市場水産部の機能分散などを正式決定、鈴木知事に最終答申した
(この答申は前年11月の中間答申で棚上げされていた大井市場と関連市場の整備について基本的に方向づけたもので、とくに神田市場については一部移転か全面移転かで関心を集めていた)。


3月30日
農水大臣の諮問機関である卸売市場審議会(大沢融会長)は、
第三次卸売市場整備計画の諮問をうけ、協議の結果、原案通り答申された。注目の大井市場については、国として昭和59年度から着工したい意向を明らかにした。


4月16日
高杉都市場長大井市場構想に対して「具体的な計画はこれからつくる」とし、当面保護区確保を主張している野鳥の会との問題を解決するとした。


4月19日
「食品流通システム協会」が「大規模拠点市場調査事業海外調査団」(団長=宮川公男・一橋大教授)を設置、大井市場建設指針策定の調査のため、ハンツポイント(ニューヨーク)、コベントガーデン(ロンドン)、ランジス(パリ)の卸売市場視察に出発。


6月11日
「築地市場火曜会(小網靖雄会長)」という築地市場の仲卸し業者中心の勉強会「大井を考えよう」において、農林水産省の穂積良行市場課長が築地市場水産部の大井全面移転について「二の足を踏んでいる」と発言。一部機能(分散機能)の移転を支持する考えを示した。築地市場内の東京都講堂において行われた勉強会には、荷受け会社、仲卸しから約500名が参加、
会場は大変な熱気に包まれ、大井市場問題に対する関心の高さがうかがわれた。


高杉市場長:「用地買収だけでも500億円はかかるため、別枠での補助をお願いしたい」と国への要望を明らかにした。


長谷川大都魚類(荷受け会社)社長:

「1、機能分散をどうやってやるかは大きな問題点 2、水産は築地が主役だ。大井ができても主役の座をおりることはない」と発言。


朝生東卸理事長:「市場機能の中心は価格形成にある。 築地が衰退するような機能分散はするべきではない」

小網火曜会会長:「機能分散(築地の一部機能の移転)とは具体的にどういうことなのか?」という問題提起。


6月
勝見雄二市場長就任。


6月22日
「来年度(昭和57年)の卸売市場関係予算に築地市場施設再整備が盛り込まれる公算が強まっている」と、
日刊食料新聞が報道。


8月19日
勝見雄二市場長が東京市場記者会との記者会見において、
「神田市場の全面移転、並びに築地水産部の機能分散が大井を考える上での前提だ」と、強調した。


「築地市場について‥‥大きく答申をはずす(築地の全面移転)ことはない‥‥希望者を募って大井に移転させる。その場合は本社、支社の形ではなく、築地から完全に手を引いてもらう形が望ましいのだが‥‥」


荷受け会社についても、



「七社中、三社が移転といったことも考え方としてはあるのだが」(例えば、タテ割り方式~荷受け、仲卸し、関連業者とすべてまとめて“ミニ築地”を大井に移すとか、また築地の大型機能部分のみを大井に移すのか。横割り方式~特定品目のみを大井に移すとか、築地での存在理由の稀薄な部分のみを移すとか、幾つものパターンが考えられる)


8月31日
日刊食料新聞が9月2日の紙面において、
「大井市場建設および築地市場再開発プロジェクトチーム」(チームリーダー大堀洪・新市場建設担当主幹)という東京都が大井市場建設と築地市場再開発の在り方を検討するためと発足させたチームの中間報告について、関係者の話から総合した内容を発表した。その中には、


1、築地市場水産部は大森市場の全面移転とあわせて、おおむね三分の一の機能を大井に分散させる。

2、青果部においては答申通り神田、荏原両市場と蒲田分場を全面移転する。


――などの考え方が示され、大井市場の取扱い規模は水産物1300㌧前後、青果物3000㌧前後(いずれも一日当たり)を想定、機能分散後の築地市場水産取扱い規模は2000㌧前後に設定している模様としている。また、大井問題に対して市場開設者である東京都の機関が具体的数値をもって考え方を示したのははじめてで、あくまで局内論議のタタキ台とはいえ、論議を呼びそうだとしている。


9月7日
前米大統領ジミー・カーター築地市場視察


9月19日
東京都卸売業者協会(関本徳蔵会長=東都水産社長)は、
大井市場構想やそれにからんだ築地再開発問題などに対応するため、新たに「市場問題研究会」を発足。メンバーは大手五大荷受け各社社長で構成、会長は築地魚市場㈱社長阪倉栄之助。


12月9日
勝見雄二東京都中央卸売市場長は荷受け、仲卸し、
小売りなど業界関係団体代表者を呼び、大井市場建設問題に関して、築地市場のオール水産業界の統一見解を来年二月までにまとめるように強く要請。


①築地の抜本的再開発
②築地水産部の大井への全面移転
③築地市場水産部の一部機能分散


以上三案を示し業界の決断を迫る。会談は、大井問題は十年余にわたって論議されており、時間をかけたからといって結論の出る問題ではない、来年度予算編成前にある程度メドをつけておきたいという市場長自身の判断でなされたという。会談後の記者会見で市場長は、「第三案が理想的だが実現は困難で一、二案しかないと思う。私としては市場の将来を十分考慮したとき二案(全面移転)しかないと考えている」と言い切った。


12月18日
鈴木善幸首相、田沢吉郎農水相、鈴木俊一都知事が築地視察。鈴木首相の築地視察は2年連続と異例。



1982年(昭和57年)



この年には中曽根康弘が首相の座に。


1月25日
築地市場業界団体(荷受け、仲卸し、小売り)トップによる非公式な三者会談が銀座東急ホテルにおいて行われた。


2月
あくまでもフリートーキングの段階だが、当月末までに東京都から大井市場構想に関する統一見解を求められている業界団体のうち、荷受け五社で構成する「大井市場問題研究会」では大井全面移転の意見に傾く。
しかし公式の意見として断定して東京都に提示することはしないという。その理由として判断材料が少な過ぎることを
挙げており、


①(移転の場合)市場用地面積はどのぐらいになるのか
②道路事情
③野鳥保護との整合性
④築地で対応できていない量販店対策はどう拡大するのか
⑤設計上は立体化か平面構造か


などといった問題点を指摘している。東京都の具体的な整備計画も出ていない点も指摘された。


2月
築地青果部、
「よしんば水産物部が全面移転を決意しようとも、青果部はあくまでも築地に残留する」


2月7日
築地市場の労働組合で組織する築地市場労組・従組連絡協議会=市労連(川南和弘議長・十二単組加盟)は日本科学者会議食料生産委員の津島達樹氏を講師に招き大井市場問題について講演を行った。


3月
第22回東京都卸売市場審議会答申「第3次卸売市場整備基本方針」(昭和56年3月)を受けて「第3次東京都卸売市場整備計画」策定(昭和56から65年度)


青果市場:
・大田区および品川区を中心とする地元消費の機能と築地・神田市場の過密解消を図るため、大井市場(仮称)を建設する。新市場の建設に伴って神田市場を廃止する。


水産市場:

・大田区および品川区を中心とする地元消費の機能と築地市場の過密解消を図るため、大井市場(仮称)を建設し、築地市場および足立市場と合わせて計3市場を配置する。


3月17日
都議会衛生労働委員会において、勝見市場長が大井市場建設にともなう神田・築地市場移転について、
「行政主導型のとりまとめはしない」と発言。ただし、神田市場に関しては、


①1平方㍍当たりの取扱量が他市場の三倍 ②国鉄から借用している敷地8,000平方㍍のうち半分の4,000平方㍍が返還を求められているなど、同市場の過密ぶりを指摘して都市場審最終答申通り全面移転の姿勢を貫く。築地市場の取扱いについては、①大井市場用地の不足 ②七、八百店に及ぶ築地場外市場業者への影響 ③中央区の過疎化対策に打撃を与える ④野鳥自然保護団体問題 ⑤受け入れの大田区の要望といった問題を挙げ、「築地の全面移転には困難な問題はあるので業界の意見を十分聞いた上で判断したい」とした。


4月12日
東京都は大井市場建設問題にともない、移転対象となっている大森市場の大森市場協会(長谷川俊一会長)と話し合いを行った。東京都は大井市場の建設に関して、「着工については青果先行か、
青果・水産同時着工かの問題がある。その際、①青果と大森をいっしょにやるか ②築地、大森をセットにするか ③大森が先に入場するか、といったことが予想されるが、この点はまだ詰めていない」などと発言。また大森市場の関係者からは、大井市場水産物仲卸業者の構成問題で、「築地からの支店形式で進出する“ヒモ付き”では大森の業者は不利になる」という指摘があり、神野光治・大井市場建設推進担当主幹は「築地市場の水産仲卸業者が支店形式で出ることは考えられない‥‥」と答える。


4月26日
築地場外業者が大井移転反対総決起集会。築地市場周辺の商店経営者が組織する「築地地域環境整備促進会」(金子為雄会長)が築地本願寺講堂において業者や主婦三百人を集め築地市場の大井移転反対総決起集会を開いた。
中央区区長や代議士なども参加。


5月
東京都、大井市場への築地市場水産部移転問題で、
築地の水産部業界の統一見解がまとまることは無理と判断。主要な理由は、移転問題の決め手とされる東京魚市場卸協同組合(=東卸、朝生東太郎理事長)が①全面移転 ②築地全面残留に意思統一される情勢にないとの見通しによる。この問題についての今後の対応を見直すこととなった。


5月26日
市労連は臨時大会を開催し、大井市場(仮称)建設にともなう築地市場の移転に反対する決議案を採択した。


6月
中央区議会が都知事・都議会へ「築地市場の大井移転反対の要請行動」を行い、決議書を渡す。


6月11日
東卸は、大井問題特別委員会(国東茂委員長)、施設改善対策特別委員会(南山金太郎委員長)の合同委員会を開いたが、大井市場建設にからむ築地市場の移転問題で意見をとりまとめるに至らなかった。


6月17日
東卸、理事会を召集し、「大井への非移転=築地再開発」という東卸としての最終判断を表明。
6月28日築地水産部業界としての意思統一を求めていた勝見雄二都中央卸売市場長と関係業界代表らが面談するも、水産部業界全体としての意思統一はできず、大井問題の結論は先送りとなる。


7月29日
勝見都中央卸売市場長、取扱規模「300㌧」発言。
勝見市場長は築地水産部の関係代表者を呼び、昭和60年着工をめざす大井市場建設計画に関する都の考え方を文書で示す。文書のなかで水産部の取扱量は「水産業界と調整のうえ決定する」としているが、口頭で300㌧規模にしたい意向を示した。また、「築地市場は当面、都における水産物の基幹市場として再開発する」との意向も示す。


8月25日
大井市場建設計画に関して、卸(荷受け会社)、仲卸折衝が行われるも、築地市場の再開発=大井への非移転を機関決定した仲卸と、築地市場の大井全面移転への含みを残した卸の代表の卸売業者協会の意見の違いは縮まらず、意見調整のみに終わる。


9月28日
都は築地市場再整備の調査のための与条件設定を決める。
①取扱量は日量2,500㌧とする ②鉄道線路は直線とし、約200㍍とする ③市場への搬出入経路は現行のほか築地川東支川などの埋立計画、道路計画を調査し、考慮する④水産仲卸店舗数は1677コマとするなどを決めた。


10月1日
大井市場建設について、市場関係者と、都の調整のために設置した協議会の枠組みのひとつとして、「大井市場検討委員会(勝見雄二都中央卸売市場長委員長)」が発足。示された都当局の叩き台の資料に、取扱量は青果物3000㌧、水産物300㌧、仲卸業者の数は、青果部は移転対象の神田277と、荏原30を合計した297、
水産部は日量300㌧との見合いのもとに190などと明記。


10月29日
都と東京都卸売業者(荷受け会社)協会(関本徳蔵会長)市場問題研究会(阪倉栄之助会長)との懇談会の席上、「(大井市場)検討委員会にメンバーとして加えられないか」との業者側の提案に対して、
都代表の勝見雄二都中央卸売市場長は、「現在進めている大井計画に築地市場が(計画として)乗っかる余地はない」と語り、大井市場と築地市場の移転問題は切り離して計画を進めていく都の方針を伝えた。この都の方針は、築地市場を計画に加えると、すでに委託ずみの環境影響評価調査(アセスメント)ができなくなり、神田市場や大森市場の移転などを含む大井の計画そのものが立ち往生してしまうため。


11月5日
大井市場についての協議会の内、大井市場検討委員会大森市場部会(長谷川俊一会長)は、大井市場の水産物取扱量は日量300㌧などを部会決定し、これにより、築地市場の移転問題は、この時点の大井計画路線からは外れることとなった。



1983年(昭和58年)


大井市場(仮称)基本設計着手


4月19日
都の大井市場建設計画と築地再開発プランについての説明会。勝見雄二都中央卸売市場長は、「これまで築地市場の大井への全面移転を考えてきたが、野鳥保護は今や国民的世論となっており、
(全面移転を)推進する情勢にない」と述べ、①大井市場の水産物卸(荷受け会社)を複数にする ②仲卸業者数を160にしたい ③水産物の取扱量を300㌧にし、大森市場でまかなえない分は 築地市場業者の協力を求めたいなどの点を明らかにした。また5月に発足する大井市場検討委員会分科会に築地業界の参加を求めたほか、300㌧問題に関しては都と業界による調整機関を設ける意向を示した。これに対して業界側は、「今日は都の考えを聞くだけにとどめたい」として自らの態度を保留した。


5月9日
東京都が「大井自然公園推進協議会」の白木幸子代表ら6人を招き、
大井市場建設計画にともなう市場用地と野鳥用地の区分(市場用地42.4㌶、野鳥用地20.3㌶)と、市場の施設配置図を示した。しかし都案では市場自身は実質15㌶しか野鳥に割いていないため協議会側は「(われわれにとって)意味のある数字とはいえない」「市場を中心とした案であり進歩がない」などと反発。双方でさらに協議を重ねることとなった。


5月12日
勝見雄二都中央卸売市場長と、神野光治主幹(大井市場建設推進担当)が卸(荷受け会社)、仲卸、小売、買参(売買参加者=場外業者)、買出人の各団体幹部と会い、大井計画を円滑に進めるため、同市場の水産取扱規模に関し、大森市場の現行取扱規模30㌧を除いた270㌧の分割の協力を要請した。


5月13日
都が築地市場の再整備基本構想をまとめる。そのなかで同構想の焦点とされる営業を続けながらの「ローリング工法」が具体的に示されていない点について、
「‥‥下旬にも築地市場の関係業界代表に直接説明したい」とした。この席では築地市場を再整備する場合の全判断材料が示されることになり、大井市場建設計画に絡んだ実質的な論議がはじまることになる。このような状況をふまえ関本徳蔵(荷受け会社業界代表)、増田誠次(仲卸代表)、田島新造(小売代表)の三者会談がもたれ、関係各団体代表四、五名による検討機関を新たに設けることで意見が一致。


5月30日
東京都水産物卸売業者(荷受け会社)協会の関本徳蔵会長と片桐栄七副会長が西村慶太郎・都中央卸売市場長を訪ね、『築地市場再開発並びに大井市場問題についての要望書』を提出。要望書は、「神田市場の移転を優先とする大井市場建設プランを推進し、さらにこれを強いて総合市場とするため、築地市場分割に等しい新水産市場を付属せしむるなど、こんにち卸売市場の過剰による市場間競争の激化と流通コストの引き下げを必要とされる時期において、あまりにも現実に反したプランと称さなければなりません」と、それまでの都の方針を厳しく批判。都が野鳥用地と市場用地の線引き案をまとめ、勝見市場長が「築地市場の全面移転はほぼ断念せざるを得ない状況」などと述べ、大井市場の水産物取扱量三百㌧が既成事実として認められてしまった印象が内外に強く与えられた状況において、「このままでは都のペースで計画が進んでしまう」と危機感を抱いた協会サイドが都の姿勢に歯止めをかけようとしたものと思われる。


5月31日
築地水産市場の将来をどう考えていくかを話し合う卸(荷受け会社)、仲卸、小売三団体代表による『市場問題調査会』が発足。前都中央卸売市場長で、環境整備協会の高杉国光会長が座長となり、卸五人、仲卸五人、小売四人で構成。


5月31日
第四回大井市場検討委員会。都当局が57年度予算三千八百万円をかけて三菱総合研究所に調査委託した『大井市場(仮称)基本計画案』を提示した。計画案はハード面を中心に百五ページにまとめられ、野鳥と、市場用地の区分図も明確にされている。また、同検討会のメンバーになっていなかった(前年10月29日に勝見雄二都中央卸売市場長に参加を打診してことわられた)築地市場水産業界団体がこの日はじめてオブザーバーとして出席。関本徳蔵・東京都水産物卸売業者(荷受け会社)協会長は感想を聞かれ、「もっと活発な論議があるかと思ったがそうでもないようだ。青果の仲卸が参加していないようだが問題は残らないのだろうか‥‥。水産部の三百㌧問題が(都がいっているように)八月ごろまでに決着がつくとは思われない」などと語った。


6月23日
「市場問題調査会」第二回会合。大井市場建設にともなう築地市場水産部の一部を大井に移す一部機能分散の考え方について反対という姿勢を示す。また都の方針について、「業界との十分な話し合いもなく行政主導型である」と批判を強めた。


7月12日
「市場問題調査会」西村慶太郎都中央卸売市場長を通じて、鈴木都知事に要望書を提出。要望書は、「同じ都内に隣接して日量三百㌧もの水産物を取扱う市場を他に建設することは、築地市場の機能を分散させることになり、市場間競争を激化させ、価格の上昇をもたらし、都民の食生活に重大な影響を与えることが懸念される」とし、また①当初の市場用地が他の目的のために利用され、極めて縮小されることははなはだ遺憾②市場用地の確保が先決として先に都が発表した野鳥保護のための用地と市場の用地区分案について強く再考を求めている。


7月29日
西村慶太郎都中央卸売市場長定例記者会見。①大井市場建設計画の、大井市場の300㌧をめぐる業界折衝は八月初旬ごろからはじめる ②野鳥問題は東京都港湾局(土地の持ち主)とも詰めて早期に結論を出したい③築地市場の再整備はやりたい――などとした。


8月8日
大井市場(仮称)の「300㌧問題」について都と、築地市場業界代表との話し合いが開かれ、卸(荷受け会社)、仲卸代表は①築地の再整備はむずかしい ②野鳥のために市場用地がなくなることは本末転倒だ ③大井市場の300㌧問題は現実からかけ離れているなどとし、とくに300㌧計画は白紙に戻すよう要求した。


8月11日
大井市場(仮称)の、市場と野鳥との用地配分が都中央卸売市場当局と、大井自然公園推進協議会(白木幸子・代表)の折衝で大筋合意された。緑地帯の幅15㍍を5㍍に縮めて地形を増やし、市場用地内の野鳥用地に隣接する部分に新たに緑地帯を設けたことによる。


9月1日
第五回「市場問題調査会」会合。築地市場再整備計画の具体的な中身を示すよう都市場当局に要望書を提出することを決める。


9月2日
農水省の小野重和・食品流通局長が築地・神田両市場並びに昭和60年着工を目指す大井市場(仮称)予定地を視察。


10月4日
農水省が、日本チェーンストア協会会員のうち関東地方に店舗をもつ大手六社と、卸売市場からの水産物の仕入れの現状と問題および今後の方向について懇談した。チェーンストア側からは、今後の市場依存については全体的に縮小していくという意見がはっきり述べられた。卸売市場に依存できない理由として、①量販店は安定した価格、品質で商品を提供することが最も重要で、卸売市場は場外に比べると不安定で、代金サイトも短い②流通形態が縦割りであり、ニーズに合った商品の開発など横割機能が必要であるが、現在の市場にはこれがない③魚の仕入れは商品だけでなく情報も買っており、情報提供機能が必要であるが、現在の市場にはこれもない④仲卸の専門化が進むと量販店はその商品を流通の上流から購入するようになる⑤鮮度保持はコストとの兼合いから流通経路の見直しにより対応するのがベストであり、流通機構には問題がある⑥産地は積極的に日曜日など休日対応しているが、卸売市場では行われていない⑦サケ、マグロなどを大売り出しする場合、仲卸では調達できない⑧古い卸売市場には封建的な伝統が残っており、弊害となっている。またスーパーの流通の実態の理解に乏しい…


など。また、量販店からみた取引市場の選定理由は、


①店舗の営業開始に間に合うように加工配送する必要があり、このため先取りが可能で、かつ、配送上交通が至便であること②情報化社会に対応し、的確な情報提供サービス機能を備えるなどソフト面で優れていること③仲卸がニーズに合った商品開発(パッケージ加工など)および配送などの機能を備えている


――ことをあげている。


# この頃から、築地の現在にまで至る量販店側目線で見た場合の弊害が表面化して来ている。と同時に、築地が鉄道輸送時代に建てられた施設のため、大型トラックでの搬入・搬出のスペースが不足している構造であり、スムーズな車両動線の確保が困難であること、これに絡んで駐車・荷さばき・積み降ろしといった作業が非効率になり接触事故も起こりやすくなっていることは、数々の人たちに指摘されている事実である。


当然豊洲新市場は、これらの問題点を全て解消する事を念頭に置いている。




# 再度、後続記事へと続きます。



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