空中郵便は想像上の未来科学技術を記しただけ
伝説
『霊界物語』第15巻第21章では登場人物が50世紀の未来世界を訪ねているが、そこでは「空中郵便」という通信手段が行われている。それは紙を媒介することなく空中に書いた文字を送信するのだという。
「昔のやうに今日の時代は、毛筆や、鉛筆や、万年筆などの必要はありませぬ。ただ指先を以て空中に七十五声の文字を記せば、配達夫は直に配達してくれますよ。私が一つ手本を見せませう。この交通機関は廿一世紀の初期から開始されたのですよ」
1983年にはこの箇所がワープロやファックスの発明を予言したものだという解釈が発表されたことがある。メール送受信が日常生活にしっかり溶け込んだ現在ではこの解釈は80年代当時よりさらにリアルなものとして見える。
真相
『霊界物語』50章における50世紀の描写は現代(当時)社会への風刺に満ちている。たとえばその時代の人は身長が2尺(約60センチ)そこそこが普通で3尺(90センチ)もあれば大男だというのだが、それは交通機関の発達で体をあまり動かさなくともよくなったため、身長まで萎縮してしまったのだという。
空中郵便もその風刺譚に出てくるものである。登場人物の一人は空中郵便を見て、「随分世の中も開けました。二十世紀時代の人間は文明の極致に達したとか、神界の秘密を探つたとか、時代を征服したとか言うてゐた時代もありましたが、今日になつて見れば実に幼稚なものですな」と述べているので、20世紀当時の科学を万能と思い込んでいる人士を煙に巻くために想像上の未来科学技術を記したものとみなしてよいだろう。
これらを『霊界物語』の予言全体のほんの一部にすぎない、とみなす論法も無効である。なぜなら、敗戦の予言とされるものは王仁三郎自身が当たったと認めたものであり、関東大震災の予言とされるものについては王仁三郎自ら予言したと豪語したものだからである。それらが当てにならなかったとなれば他の予言とされるものも推して知るべきだろう。
ちなみに『霊界物語』以外で王仁三郎の予言が当たったとされる事例については拙著『トンデモ日本史の真相 人物伝承編』(文芸社文庫)ですでに検証したところである。」
「検証 予言はどこまで当たるのか」ASIOS・菊池聡・山津寿丸著より
感想
>『霊界物語』50章における50世紀の描写は現代(当時)社会への風刺に満ちている。
「伝説」の方で「『霊界物語』第15巻第21章では登場人物が50世紀の未来世界を訪ねている」となっているので調べてみた。
参考資料
・さらに王仁三郎は、はるか50世紀頃の人類の様子をも透視している。
「何、神界ばかりか、現実もこの通りですよ。一番図抜けて大男といわれるのが、3尺(90センチ)内外、1尺8寸(54センチ)あれば、一人前の人間だ・・・。
少しも手足を使わないものだから、身体はおいおい虚弱となってしまい、もはや50世紀の今日では、こんな弱々しい人間になってしまった・・・・。
それと反対に6尺(1.8メートル)以上の体を持ち、現幽神界において神の生宮として活動しているミロク人種もありますよ」 (『霊界物語』第3巻20章より)
引用元:http://ameblo.jp/yamadori0250/entry-11174119307.html
50章は20章の誤植か。ただし、第3巻を省略するのはおかしい。(第3巻が第15巻の誤植の可能性も0ではない。)
>20世紀当時の科学を万能と思い込んでいる人士を煙に巻くために想像上の未来科学技術を記したものとみなしてよいだろう。
この論理もおかしくない?出口王仁三郎が実際に見た可能性もあるだろう。ただし、個人的には私もそう思う。だからミロクの世を24世紀なんて自分の子や孫とは直接関係ない時代に設定したのだろう。ただし、シンクロニシティー(ミロクの世の出現)が起こる可能性は否定出来ない。
因みに、五島勉氏によるとダニエル書のダニエルは、
「もちろんぼくにも限りはあります。100万年も200万年も先のことは、おぼろげにしかわかりません。10万年先ならもう少しよく見えます。一万年か5000年先のことならば、もっとはっきり、そのころの人間が、動く像のようにぼくには見えます」(「ユダヤ深層予言」より)
だそうである。
>たとえばその時代の人は身長が2尺(約60センチ)そこそこが普通で3尺(90センチ)もあれば大男だというのだが、それは交通機関の発達で体をあまり動かさなくともよくなったため、身長まで萎縮してしまったのだという。
密かに、宇宙人と言われているグレイは着ぐるみのやらせか未来人ではないかと昔から思っている。
因みに、
「5000年先でも一万年先でもよい。そのころの人間はどんな姿になっておる?」
「はい、少なくとも、いまの王様のお姿のようではありません。そのころの人間も人間の形はしています。でも、なんと言うか・・・・中身が違います。肉や骨だけでできているのではないのです。そのころの人間は、金属や陶土を体にかくしています。ついには、体の三分の一ぐらいが、金属や陶土でできた人間も見えます」(「ユダヤ深層予言」より)
とあるが、現代の延長では人工臓器で若返りとかだが、それだけでは飽き足らない人間は強さを求めて人造人間化していくのかもしれない。(念のため、信じている訳ではない。)ダニエル書・正典の永遠の生命(不老不死)とは矛盾しないのかな。ただし、ヒトラー予言のように二極分化したりしたら片方がそうなるとかもあるし何とも言えないね。
>1983年にはこの箇所がワープロやファックスの発明を予言したものだという解釈が発表されたことがある。メール送受信が日常生活にしっかり溶け込んだ現在ではこの解釈は80年代当時よりさらにリアルなものとして見える。
http://ameblo.jp/hitorinomeaki/entry-11955462159.html#cbox
おまけ