キリスト教や聖書について、出会った人や本などについて書いています。



王冠1よく読まれた記事王冠1


2016年2月更新

http://ameblo.jp/pastorswife/entry-12124156478.html

  • 26 Jun
    • 安倍晋三首相が病気で精密検査の結果、肺がんステージ4、余命3か月と告知されたという記事

          土曜日に以下の内容の記事を見つけ、びっくりしました。   真偽はまだわかっていませんが、「マスコミに出ない政治経済の裏話」というブログで、確かに大手ニュースでは報道されていません。   元毎日新聞社の記者、現在評論家という板垣英憲(いたがきえいけん)氏のブログ記事です。   追記; 「デマ評論家」という人もあり、私には真偽は分かりませんし、はっきりとした事実とは今のところ言えない情報のようです。ですが、首相の健康状態については、以前から良くないことは伝えられており、今後も覚えておきたいと思っています。   *記事最下部にも追記あり。     安倍晋三首相は、慶応大病院で精密検査、「肺ガンの末期(ステージ4)、リンパ節、脳幹に転移、余命3か月」と告知される     ちょうど小林麻央さんの事を思いめぐらしていた時だったので、真偽は不明としても、人の命を支配し、歴史を支配しておられる神様を覚えました。     為政者たちのために祈れ   聖書には「王とすべての高い地位にある人たちのために」祈るように勧められています。   クリスチャンの中にも、いろんな考えの方がいらっしゃり、時々「打倒、安倍!」というような勢いで話している方もいらっしゃるのですが、まず、私たち夫婦で話していることは「首相を呼び捨てにはしない。」ということです。   「安倍さん」「安倍首相」と呼びます。   いくら何でも、ご本人を目の前に呼び捨てにはしないと思うんです。   たとえいろんな考え方が「自分とは違う」と感じることがあっても、「ご本人を目の前にして言えないことは言わない」ようにと心がけています。   国民が選挙で選んだ方ですし、神がそれを許されたからです。   日本は「王政」ではないので、国の「王様」はいませんが、「王」にあたる方と言えば天皇陛下と首相ではないかな、と思います。   私たちが天皇陛下と首相、またそのご家族のためにとりなし、祈ることが神の前によいことであり、喜ばれることです。   それは、「私たちが敬虔に、また、威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです。」とテモテへの手紙第一2章に書かれています。   祝福を祈れ   私たちは、立てられている人を呪うべきではなく、祝福を祈るべきだと教えられます。   ダビデがサウル王に命を狙われていた時でさえ、「神がお立てになった油注がれた王だから。」という理由で自ら手を下すことをしなかったように、敬意を払い、祝福を祈るべきだと思わされています。   神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられるのだから…。   祈りはクリスチャンでなくてもできる   神への祈りは、クリスチャンでなくてもできます。   神のことがよくわからない方であっても、神に向かって語りかけ、願ったり感謝したりするなら、それがそのまま「祈り」になります。   牧師である主人が初めてキリスト教で教えられている神に祈った時の祈りは、「神様。もしいらっしゃるなら自分にもわかるようにしてください。」というものでした。   同じように祈った人を他にも知っています。   半信半疑でもよいから、簡単な自分の言葉で、短くてもいいから、神に向かって祈ることは誰にでもできるのです。   祈りは大体、次のような感じの流れです。   ①呼びかけ…「神様」「天のお父様」など ↓ ②神様に聞いてもらいたいことの内容 ・感謝「~をありがとうございます」 ・願い「~してください」「~お願いします」 ・とりなし(とりなしの祈り)=他の人の代わりに祈ること。「○○さんをお守りください」「○○さんを祝福してください」 ・自分の心を注ぎだす祈り「○○が悲しかったです」「○○が嬉しかったです」など。 ↓ ③終わりに…「イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」 「イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン」 「イエス様のお名前を通してお祈りします。アーメン」」       祈りは神様とお話することです。   キリスト教での祈りは必ず「イエス様のお名前を通して」神に届けられるものです。   「アーメン」とは「今お祈りしたことは本当です。真実です。」という意味です。 クリスチャンであれば、為政者のためにとりなし、祝福を祈ることが可能ですし、クリスチャンではない方でも、自分の言葉でいつでも神に祈ることが可能なのです。   ぜひ心にあることを祈ってみて下さい。   そして安倍総理を覚えて、今週は特にお祈りさせていただきたいと思います。       新しい1週間も、神がこの国を憐れみ、守りと祝福をお与えになりますように…。     *追記2 ご紹介させていただいた記事は「デマ」の可能性が高いようです。「板垣英憲」さんのwikipediaページに今回の発言について掲載があったようです。   安倍総理末期癌説 •2017年6月21日、安倍総理が末期(ステージ4)の肺癌で余命3ヶ月であると断定し、麻生副総理が党内に悪口を吹聴していると述べた[5]。なお、板垣は6月17日に総理が病院で精密検査および告知を受けたと論じたが、当日の総理は移動時間の14分を除いて終日公邸と私邸で過ごしており、精密検査そのものを受けていない   私も記事については「これホント?」とびっくりしましたが、正しくない情報に混乱を覚えた方がいらっしゃいましたらお詫びいたします。       このブログを読んでくださり感謝いたします。今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村        

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  • 24 Jun
    • 「幸い薄く見ゆる日に」新聖歌330番

          小林麻央さんが34歳の若さで乳がんのため亡くなられました。   お子さんがまだ小さく、多くの同世代のお母さん方も関心を持ってブログを読み、応援していました。   多くの方に愛された方だったんだな、とニュースや特集の番組からお人柄を知ることができました。   ご家族の上に豊かな慰めがありますようにとお祈りいたします。   以前、市川海老蔵さんが子供の頃にミッションスクールで礼拝していたこと、聖書や讃美歌に触れていらしたことを記事にさせていただいたことがありました。   聖書のお話に「不覚にも泣いた」市川海老蔵さんのブログより     深い悲しみの中、人の言葉や慰めが何の力にもならないようなときにも、上よりの神様からの深い慰めがありますようにと願っています。   「幸い薄く見ゆる日に」   ロンドンデリーの有名な曲の讃美歌があります。   この曲は、私たちの教会では葬儀の時によく歌われています。   慰めに満ちた曲と歌詞です。     「幸い薄く見ゆる日に」歌詞(新聖歌330番) 1・幸い薄く見ゆる日に 孤独に悩む時に わが恵みなれに足れりと 静かな声を聞きぬ さればわれわが目を上げて 十字架のイエスを仰がん 主よなが愛を思えば われに乏しきことなしと   2・愛する者を失いて 望みの消ゆる時に われ汝を一人にせじと 優しき声を聞きぬ さればわれ笑みをたたえて 友なるイエスに応えん 主よなが愛に生くれば われに乏しきことなしと           このブログを読んでくださり感謝いたします。今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村        

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  • 23 Jun
    • 「愛されている」星野富弘

        長女の誕生日でした。       次女がコックさん&パティシエになり、張り切ってくれました。   私は二人の娘たちへ、小さなブーケを買ってきました。       中学生、高校生になると、それぞれ忙しく、家族でも思ったほどの会話ができなくなってきます。   大学生で家を出るとしたら、もうあと数年です。   この時を大切に過ごしていきたいなあ、と願っています。   「愛されている」星野富弘   クリスチャンの画家「星野富弘」さんの詩に曲をつけたものがあり、とても気に入ったので、「この曲を家族で賛美したい!」と思いました。   昨年の夏に、家族で賛美した時の動画です。       スマホ据え置きで撮影したので全員映っていませんし、CDの曲で楽譜がなく、「なんちゃって」な部分も多々ありますが・・・^^;   この曲が収録されている「星野富弘」さんの詩に曲をつけ、クリスチャンのアーティストが歌っているCDの紹介YouTubeはこちら。         「愛されている」とは、私自身、感じないで育ちました。   牧師の娘として育ちましたが、神様に愛されているとも、人に愛されているとも、ちっとも感じることができませんでした。   「私が愛されている?まさか・・・!」という感じで、そういうメッセージは受け止められなかったし、あまり聞いても来なかったように思うんです。   けれども24歳で初めて教会へ行った主人は、「わたし(神様)の目にはあなたは高価で尊い。」というメッセージを繰り返し教会でも家庭でも子供たちに伝えました。   「神の愛」「神に愛されている」ということを、私はすぐには理解することができませんでしたが、少しずつ理解し、感謝するようになってきたように思います。 親になって、自分の子供が「何かできるから」「優秀だから」ではなく、そうでなくても「自分の子供だから」かわいい、愛する、という感覚を味わいました。   「きっと神様も、こんな風に心を痛めたり喜んだりしながら私たちの事を見つめ、愛して下さっているんだな。」と思います。   「愛されている」ことを感じることができずにいる方が、一人でも多く神様の愛を知ることができますように…。   私がどのような人間であっても、神様の愛は「どんな時でも」愛して下さり、決して見捨てない、そのような愛です。         このブログを読んでくださり感謝いたします。今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村        

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  • 21 Jun
    • 生きてきたように人は死を迎える

        昨日、元創価学会の会員だったおばあちゃんを訪ねようと思っていたところへ、一本の電話が入りました。   教会が初めてらしい、60代の方からでした。   「洗礼を受けるのに、いくらかかりますか?」 「洗礼を受けるにはどうしたらよいですか?」 「葬儀はしてもらえますか?」 「お墓はどうなりますか?」などなど、いろんな質問を受けました。   以前、「ベン・ハー」の映画を見て、それが心に残っているとのことでした。   「ベン・ハー」の映画は、私は見たような見ないような…。まったく内容の記憶がありません。   古い映画なので、子供の頃に見たか、興味がなかったのか・・・。   でも、キリスト教映画で「名作」と呼ばれるものや、有名な作品くらいは見ておきたいなあ、と思います。               牧師である夫がラジオ放送伝道「世の光」の委員として関わっているので、月曜日の支援会の時に「故・羽鳥明牧師」のフォトブック「人生のマジックワード」をいただいてきました。   CDとDVDつきで、懐かしい先生のお顔を思い出しながら、今は映像でも先生のお姿を見ることができます。   YouTubeでも先生のメッセージが見られ、便利な時代になりました。     衝撃を受けた   月曜日の支援会の時に流された羽鳥先生の映像の中で、先生が亡くなられる2週間前に突然、伝道メッセージを寝たままの状態で語り出したので、ご家族の方が撮影したという映像を見せていただきました。   鼻にチューブを挿しているようでしたが、言葉もはっきりしていて、ご自身の証とイエス・キリストの十字架について語っておられました。   96歳で亡くなられる2週間前に、原稿もなしにしばらくの間、説教をされたとは…!   「生きてきたように人は死を迎える」と聞きますが、本当にそのような生涯であったことを思わされました。   羽鳥先生の心と頭の中は、いつもイエス・キリストへの信仰と感謝、そのことを何とかして一人でも多くの人に伝えたいという思いであったのだなあ、と…。   先生は「本物のクリスチャン」であったんだなあ。   …私は、まだまだだなあ…^^;   映像に衝撃を受けながら、そんなことを考えました。   私が恐れていること   ビビりの私は、いくつか「ちょっぴり恐れていること」があるのですが…。   たとえば病気や手術や迫害など、今は漠然としたものですが、「自分に耐えられるかな?」とたまに考えることがあります。 入院は出産のときと、子供の付添いしか経験がないので…。   「ちょっぴり恐れていること」の中で、「歳を取って痴呆になったり、病気になって意識がなくなった時など、無意識の状態で自分は何を語るんだろう?」というものがあります。   高齢者の施設や精神病院などを訪問すると、それぞれ色んな言葉を発しています。   不平や不満、愚痴、意味のない言葉、悪口や汚い言葉も聞かれます。   大人は決して言わないような言葉も、当人が痴呆症だったり無意識だったりすると、頭や心に残っている言葉が出てくるようです。   それって怖いことだなあ、と…。自分でコントロールできないので、怖いですよね^^;   間違っても個人名出して悪口言ったり(!)、罵声や汚い言葉を連発…ということにならないようにと願います。   でもそれは、日々の私の頭の中と心の中が「何でいっぱいになっているか?」ということなんだろうな、と思うんです。   頭の中と心の中は人からは見えないけれど、隠し通せずに出てきてしまう事がある、というのは覚えておきたいものです。   最後まで伝道のための証と説教を語られた羽鳥先生の最期のお姿から多くを教えられ、模範を示していただいた気持ちです。 「人は生きてきたように死を迎える」 「生きざまがそのまま死にざま」と言われますが、最期くらいは「飛ぶ鳥、跡を濁さず」でいきたいですね。   ・・・   自分の最期を迎える時はどんなだろう・・・?   老人ホームや病院などで何やら大声で騒いでいる姿をたまにイメージすることがあり、そんな時は「ちびまる子ちゃん」のように、顔に縦線が4本入ります。   ・・・ちーん・・・。   画像出典;NAVERまとめ   そうならないために、いつも良いもので、良い言葉で頭と心をいっぱいにしておきたいものですね。       このブログを読んでくださり感謝いたします。今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村        

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  • 20 Jun
    • 故・羽鳥明牧師が教会へ行き始めたきっかけ

        今日は日本のラジオ伝道「世の光」の働きを覚え、支援する会が行われ、出席してきました。   私はピアノでの奏楽のご奉仕がありました。       新しい出会いもあり、おいしいお食事と共にいろいろな方との交流を楽しむことができました。   故・羽鳥明牧師が教会へ行き始めたきっかけ   スクリーンに映し出された羽鳥明先生(右)と舟喜先生   食事の時間にPBA(太平洋放送協会)「世の光」ラジオ放送で伝道の働きを続けてこられた「故・羽鳥明先生」の生涯をまとめた動画を見る時間がありました。   羽鳥明先生は1920年11月3日、群馬県の高崎市で生まれ、1936年、16歳の時に同級生に誘われて教会へ行くようになりました。   軍事教練で教官が「お前らの中にヤソ(耶蘇=クリスチャン)はおらんか。手をあげい!俺が叩き直してやる。」と脅しつけられたとき、同級生の舟喜順一牧師が手を挙げて「僕はクリスチャンです。イエス・キリストを救い主として信じています。」と名乗り出たのに驚き、舟喜先生のお誘いで前橋キリスト教会に通うようになったそうです。   ・・・ クリスチャンとしての信仰を持つということは、時に周りと逆行すること、他の人と違うことを告白したり行動したりする事を迫られることがあります。   不利な状況であることがわかっていても自らの信仰を告白した舟喜先生のお姿に驚き、感動して、羽鳥先生は後にイエス・キリストを受け入れる決心をしました。   それから実に80年、16歳から96歳まで放送伝道を中心に働き続けられた羽鳥先生の生涯について、改めてそのスピリットに感動を覚えました。   「私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。」 新改訳聖書 ローマ人への手紙1章16節   関連記事;羽鳥明牧師 96歳で召天           このブログを読んでくださり感謝いたします。今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村        

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  • 19 Jun
    • 父の日のプレゼント

      今日は父の日。   教会では「父の日」の担当者を決め、プレゼントを考えました。「母の日」の担当は、主人が中心になってカーネーションを用意しましたが。   今年は私が「父の日」担当の中心になって考える係になりました。   それで、教会の皆さんに協力してもらって作成したプレゼントがこちら。       教会員の手作りカードと手作りパウンドケーキ、それと金沢の金箔入りスティックコーヒーのセットです♪   おもてなしコーヒーブレイクセットが出来上がりました。   Nさんが作ったパウンドケーキはクッキング教室仕込みの絶品!   しかもNさんは、「ラッピングも手伝いますよ~。」と言ってくれたので、土曜日に一緒にラッピングしました。     一つお願いすると、「他にもしましょうか?」と言ってくれるNさんには、いつも教えられます。   旧約聖書でイサクのお嫁さんになった「リべカ」が、アブラハムのしもべに「水を飲ませて下さい。」と言われた時、「らくだにも水を汲んで差し上げましょう。」と、頼まれていないことも自ら進んでしたことを思い出しました。   Nさんのような人には本当に助けられるし、愛される人だなあと思います。   このような人が困っていたらみんな助けるだろうし、神様からも祝福される人だな、と思います。   ひとつ頼まれたら「他にもしましょうか?」と言える人・・・。私も見習いたいなあと思わされました。   義理の両親も、今日は私たちの教会へ出席してくれて、プレゼントを受け取ったと思います。   私の父には何もしていないので、今度、妹と訪問予定にしています。   新しい1週間も、お父さん方の上に恵と祝福がありますように…!               このブログを読んでくださり感謝いたします。今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村        

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  • 16 Jun
    • 「アメイジング・ジャーニー神の小屋より」沖縄試写会6月19日(月)20日(火)

        書きたいこといろいろありますが、最近、疲れやすいので病院へ行ったら貧血が進んでいるようでした。   それと、コレステロールの数値が異常に高いです。 今日はお薬を処方されました。改善されると良いですが…。   アメリカでベストセラーになったウイリアム・ポール・ヤングというクリスチャン作家が書いた小説で、『神の小屋』という小説が原作になっている映画試写会のご案内です。   9月が一般公開なので、試写会へ行ける方はラッキーです。   フィクションですが、信仰について、天国について考えさせられる内容だそうです。 6月19日(月)午後2:00~、午後7:00~ 那覇バプテスト教会 沖縄県中頭郡西原町字幸地1029番地の1. TEL098-944-5331   6月20日(火)午後2:00~、午後7:00~ 胡屋バプテスト教会 沖縄市胡屋6-2-2-1   試写会申し込み方法 ライフセンター沖縄書店へFax又はメールnaha@wlpm.or.jp で。FAX;098-860-3813   沖縄なので行けませんが、6月19日(月)は石川県でキリスト教ラジオ番組「世の光」支援の集いがあります。         このブログを読んでくださり感謝いたします。今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村        

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  • 15 Jun
    • 生きていても死んでいるような状態<共謀罪>

          今日は一日「共謀罪」のニュースが次々と目に入ってきました。   以下はおもなニュースの表題です。   ・「教皇反対」数千人が訴え=国会前、「共謀罪」採決で ・<共謀罪>「物言わぬ国民作る法律」相次ぐ反対の声 ・テロ等準備罪 4野党、内閣不信任案を午後9時半ごろ提出へ   そして、今書いているこの時間の速報↓   ・共謀罪 法案 15日(木)朝にも成立へ   まもなく午後11時半から衆議院本会議が開かれ、野党4党が提出した内閣不信任決議案の審議に入る。決議案は日付をまたいだ15日午前2時頃に採決され否決される運び。 その後、再び参議院本会議が開かれて、組織犯罪処罰法改正案の採決に移る。法案は現状では15日午前5時前には可決・成立する見通し。 Yahooニュースより転載     私自身、しっかりと学ぶ間もなく、あっという間に「え?・・・もう?」という印象です。   「『共謀罪』法案に反対し、廃案を求めるキリスト者有志の声明」の全文と賛同署名は、こちらから署名できます。まだ受け付けているようです。   国内キリスト教各教団の声明などはこちら。     生きていても死んでいるような状態   共謀罪が可決されると、映画「沈黙」の中で踏み絵によってキリシタンをあぶりだした時代、また「小林多喜二」が小説を書いて治安維持法により捕まり、殺された時代と同じようなことになりかねません。   日本全体が、映画「沈黙」の中に出てきた「モキチ」や「イチゾー」らが住んでいた「トモギ村」のようになります。   すなわち、信仰を持っていてもそれを表明することができず、余計なことを一切言えなくなります。   互いに裏切られないか、密告されないかとびくびくしながら生活します。   その顔には、表情がありません。   食べて、寝て、働いて、心の中ではキリシタンとしての信仰を持っていて…。   でも、もはやそれは生きていても死んでいるような状態です。   ただ食べて、寝て、起きて、生きているだけなら、人間も動物となんら変わらなくなってしまう。   そんな状態でいくら世界の中で「長寿国」と言われたって、本当に幸せと言えるだろうか?   そんな状態でただ長く生きたって、うれしいだろうか? 信仰の自由があることは、今現在は当たり前のようでも、後になって、それが真に「私たちの命だった。」と気づくようになるでしょう。   …これからどういう方向へ進むのでしょうか。   迫害や逮捕や拷問が、この日本でまた繰り返されるのでしょうか…?   迫害や拷問は、確かに考えただけでも怖いし苦しい。   けれど、この日本で「生きていても死んでいるような状態」になって生きなければならないことは、もっと苦しいんじゃないだろうか…?   今はただただ神様の憐れみと守りと介入を祈ります。               このブログを読んでくださり感謝いたします。 今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村        

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  • 13 Jun
    • ペアレンツデーParents Day 両親へ感謝する日

        娘の学校で「ペアレンツデー(Parents Day)」の礼拝がありました。   「ペアレンツ」は「両親」と言う意味で、「両親へ感謝する日」の事です。   韓国では「父の日」「母の日」ではなく「ペアレンツデー」があるそうです。   確かに、母子家庭や父子家庭の子もいるので、「ペアレンツデー」だと良いのかな、と思います。   参観日だったり、時期も「6月」など決めずに10月頃の秋でも「ペアレンツデー」と決めて行事を行ったりするところもあるようです。 娘の学校では毎年、プレゼントを作成したり、手紙を書いたりしてくれます。   「ママ、大好き♪」と、いつまで言ってくれるのかな?・・・。   こうして子供からお手紙をもらうと、自分がいかに日頃、「大好きだよ。」と子どもに伝えられていないかを思わされます。   家族だと少し照れたり、「いつでも言える」と思ってしまいがちですが、家族に「大好きだよ。」と伝えられるのは「いつでも」「いつまでも」ではありません。   もっと日頃から感謝や「大好き」という気持ちを伝えるべきだな、と思わされました。   「わかっているだろう…。」と思ってしまいやすいので…。     母の日と父の日の起源は教会から   今度の日曜日は「父の日」ですね。今年は何しようか、まだ決まっていません(^_^.)   母の日も父の日も、教会から始まったそうですね。   関連記事;母の日の起源は教会から   日本で初めて「母の日」のきっかけとなったのは、森永製菓の初代社長がクリスチャンであり、アメリカで経験した「母の日」の大会を日本で開催したのが始まりだったそうです。           このブログを読んでくださり感謝いたします。 今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村        

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  • 12 Jun
    • ”分かち合う心”映画「杉原千畝」のワンシーンより~食べ物を差し出した子供~

        昨日の記事「分かち合う心」へのコメントやリブログをありがとうございます。   *リブログとは・・・アメーバブログの機能で、自分のブログ内で他の人の記事をシェアできる機能です。 リブログすると↓こんな風に表示されます。感想やご自身の事を書き添えてリブログして下さったクリスチャンの「てくてくさん」のリブログ記事です。       映画「杉原千畝」   2015年に見てきた映画「杉原千畝」の中で、とても印象的だったシーンがありました。   多くのユダヤ人の命を救った「杉原千畝」については過去に記事を書きました。 映画公開前に書いた記事; 唐沢寿明主演・映画「杉原千畝 スギハラチウネ」   映画公開後に書いた記事; 映画「杉原千畝」~旧約聖書に見るユダヤ人迫害の歴史~     食べ物を差し出した子供   杉原千畝の家の外には、ビザの発行を待つ多くのユダヤ人があふれかえっていました。   凍えそうな気温の中、多くの人が着の身着のまま逃げてきたので食べるものもなく、寒さと飢え、迫りくる「ユダヤ人虐殺」の命の危険にさらされていました。   映画の中で、千畝の5歳くらいの子供が、同じくらいのユダヤ人の兄妹がずっと塀の外でビザの発行を待っている姿を見て、自分のために用意されたデザートのケーキを自主的に届けに行くシーンがありました。   自分は暖かい部屋の中で食事をいただくことができ、食後には子どもが好きそうなデザートまで出てきた。   けれども、その子はデザートを見ても手を付けず、お皿を持って黙ってユダヤ人の子供たちへ届けに行くのです。   大人に言われたのでもなく、自分自身でトコトコと外へ出て行き、持っていくのです。   5歳くらいに見えたその男の子は、「このデザートは自分が食べるべきではない。あの自分と同じくらいの兄妹のところへ持っていくべきだ。」と思いついたのでしょう。   黙って渡されたケーキのお皿を、その兄妹はどんなに喜んだでしょう。   『あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』という聖書の言葉を思い出しまました。   そして、たくさん持っているときや平和な時代にはできても、自分のことも大変な時や危険な状況、時代になってまで、「こんなことが自分にできるだろうか?」と考えさせられました。           このブログを読んでくださり感謝いたします。 今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村        

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  • 11 Jun
    • 分かち合う心

        今日(土曜日)は午前中、中学校の授業参観などがあり、午後からは教会のお母さんと子どもの会「えんぜるくらぶ」がありました。   お昼頃、ものすごく雨が降ってきて、私たちにとっては迷惑に思うような雨でしたが、畑や農家の方々にとっては「恵みの雨なんだなあ。」と思いながら、土砂降りの中、娘と走りました^^;         畑の作物が少しずつ育ってきているようで、教会の裏の畑のおじさんが玉ねぎを持ってきてくれたり、教会関係の方々がわざわざ野菜を届けてくれたりしました。   今週はレジかご2つに一杯の古着を下さった方もいらっしゃり、私たち家族を覚えてくださる方がいらっしゃることを、神様に感謝しました。   預言者エリヤが荒野で神が遣わしてくださった「からす」に養われた旧約聖書の話を思い起こし、夫とも話しながら感謝しました。   「あるところにはある」、「ないところにはない」   世の中には一生の間に使いきれないほどのお金を持っている人がいると思えば、大半は税金など必要な支払いをするとほとんど手元に残らない、という世帯が多くなっているのだと思います。   昔、社会科で習ったことがあるのですが、農作物が豊作だと価格に影響が出てしまうために(安くなりすぎて農家の収益が減る)、作物を潰して捨てているとか・・・。   もちろん、いろいろな情報をもとに無駄にしないように家畜の飼料にしたり、ホームレス支援などに送っている農家の方もいらっしゃると思いますし、最近は「フードロス」(捨てられている食料)を減らす意識も高まってきています。   けれどもお金や食べ物だけでなく、いろんなものが「あるところにはある」、「ないところにはない」状況になっているんだなあ、と思うことがあります。   世界の飢餓   日本は「貧困家庭が増えている」といえども、世界的に見たらやはり先進国であり、「豊かな国」なんだろうなと思います。   一日に3食を基本として食べている国は、ほとんどないようですし、牧師の家庭である我が家でも「食べるものが何もない」ということはありません。   世界の飢餓の原因は「食料が足りない」ということではなく、「食料がうまく配分されていない」ことによるのだそうです。   世界には、十分に行き渡るだけの食料が本当は「ある」のだそうです。     世界がもし100人の村だったら 「世界がもし100人の村だったら」という本はとても考えさせられます。   以下は、「あるところにはある」「ないところにはない」現実と、日本が世界の中でいかに恵まれている状況にあるかを教えられる箇所の抜粋です。   6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍   50人は栄養失調で苦しみ 一人は瀕死の状態   一人は大学の教育を受け、 ひとりだけがコンピューターを所有している   もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上には屋根があり、寝る場所があるなら… あなたはこの世界の75%の人々より裕福で もし銀行にお金があり、お財布にもお金があり、家のどこかに小銭の入った入れ物があるなら… あなたはこの世界の中で最も裕福な上位8%のうちの一人です。   もしあなたの両親が健在で、そして二人がまだ一緒なら・・・ それはとても稀なこと         世界がもし100人の村だったら【電子書籍】[ 池田香代子 ] 価格:540円 (2017/6/11時点)    我が家では・・・     食事の時に一人一人の分をお皿に盛りつけず、大皿に出すことが多いです。   その方が楽、という理由もありますが、子供たちに「みんなの事を考える子になってほしい」という願いもあります。   この量を5人で食べるなら、一人どのくらい取ればいいのか?を考えてもらいます。   最初の頃は、気付いたら私の分がない!ということがたびたびありました^^;   「うずらの卵は一人2個まで!」など、けんかになりそうなものは先に宣言しておくこともありますが、何も言わないでおくと、「あーっ!お肉ばっかり取ってる~!!」「お皿に少し戻せー!」「ママの分を残すんだよ!」など、子供同士で言い合っています。   一つしかないものを他の人に差し出すというのは、なかなか大変だろうから、「2つ持っていたら1つは誰かのために」と考えられる子になったらいいなぁ、と思います。   そして、そういう姿勢は親の背中を見て育つのだと思い、何かを頂いたりしたときには「他の誰かのためにも・・・」と考え、分かち合う心を持って行動できるようになりたいな、と願っています。   自分と自分の家族の事だけでなく、他の人のことをも考えながら生活できますように…。   「分かち合う心」は、日々の積み重ねや意識を持つことによって身に着けなければ、勝手に身につくものではないような気がします。           このブログを読んでくださり感謝いたします。 今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村                

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  • 08 Jun
    • みくにのここちす YouTube動画 新聖歌268番 聖歌467番

        四国と関東甲信越で梅雨入りだそうですね。   「なんだか体調、気分共にすぐれない。」という方も多いのではないでしょうか?   お天気でも体調や気分に影響が出やすいですが、少しでも前向きなこころで過ごしていきたいですね。   最近は教会で「みくにのここちす」という聖歌を良く歌っているせいか、日常生活の中でもふっと心に浮かんでくることがあります。   心が沈みがちな時でも心が上向きになり、元気が出てくるような賛美です。   みくにのここちす YouTube動画 ↑横浜港南キリスト教会の動画は歌詞が出ているので、よくご紹介させていただいています。 「みくにのここちす」とは、「天国(にいるような)の気持ちがする」という意味で、地上においても、日々、神様と共に歩むことで心が「天国みたいだ!」と喜びを表している賛美です。   聖歌総合版だと480番みたいです。   昔は賛美歌か聖歌が教会では主流だったと思いますが、最近は聖歌が絶版になった後から、聖歌総合版→新聖歌、その他「教会福音讃美歌」など、教会によっていろいろな讃美歌集が使われるようになりました。   楽譜や歌詞がちょっとずつ違ったりして、奏楽者としてはちょっと戸惑います。   私たちの教会では新聖歌で、周りの教会ではどこも「新聖歌」を使っているところがなく、淋しい限りです(>_<)     「まるで天国みたいですね!」   先週の日曜日には、初めて私たちの教会にいらした方が一家族とお一人、そして先週に続いて来てくださった方もいらっしゃり、嬉しい日曜日でした。   以前、初めて教会に来られた方が「ここは、お祈りしたり賛美歌を歌ったり、まるで天国みたいですね!」と言われたことがありました。   いつも教会にいると、「へー、そんな風に思うんだ!」と新鮮な気持ちがしました。   教会は決して完全な人たちの集まりではありませんが、賛美歌を歌うとき、教会の方々と聖書を学んだり交流を持つ中で、「まるで天国みたいな」喜びや楽しみを感じることは確かにあります。   それは、世が与えるものとは違う喜びです。   またそれは「教会の中だけ」でなく、「御国の心地す」の歌詞にある通り、「いずくにありても」⇒「いずく」=「いずこ」の古形、つまり「何処(どこ)にあっても」まるで天国にいるかのような喜びや楽しみの心で過ごすことができる!と教えてくれる聖歌です。   悲しみや苦しみが日常になっている私たちですが、人間の本来の姿、本来の心は、神との正しい関係を持ち、心に平和があることで「天国みたいな喜びや楽しみ」のある心なのです。           このブログを読んでくださり感謝いたします。 今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村                

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  • 07 Jun
    • 読む方へ神の恵みが伝わるようなブログを

          昨日はクリスチャン同士の結婚についてのミーティングに参加してきました。   信仰生活を送る上で、信仰について励まし合ったり祈りあったりできる「信仰の友」はとても重要で、無くてはならない存在です。   けれども、日本ではクリスチャン人口がとても少なく、クリスチャンの友達が少ないというのも信仰が弱ってしまう一因なんだろうな、と思います。   日本のクリスチャン人口は1%未満と言われていますが、6月4日(日)放送の「世界の果てまでイッテQ」珍獣ハンターイモトワールドツアーで紹介された「東ティモール」という国は、日本と真逆でクリスチャン人口が99%以上だと紹介されました。   クリスチャンといっても、どのような信仰なのかは不明で、東ティモールの怪しい魔術師も登場していましたが…^^;   「ガチスチャン」という言葉   昨日のミーティングの時に「ガチスチャン」という言葉が飛び出しました。   「ガチガチの」「ガチな」+「クリスチャン」という意味みたいで、「昔は私もまじめ過ぎた。」というような意味が含まれていたように感じました。   印象は人それぞれかと思いますが、わたしはこういう「ガチなクリスチャン」が減ってきているように感じています。   「ガチスチャンにはなるまい」と思いながら信仰生活を送っている人、信仰生活の中で受けた傷がそのまま癒されていない人がたくさんいらっしゃるようです。   また、信仰生活や教会についての不満や自分が受けた心の傷についてつづっているブログもたくさん増えてきました。   そんなにたくさんは読んでいませんが、たまに見つけて読むと、心が痛みます。   天国へ行くまでは、私たちの住むこの地上も、教会も、私たちも不完全なままです。   嫌なことや傷つくこと、苦痛や困難もあります。   けれど、どんな境遇に出会ったとしても、「恵みが上回る」という実感があることで感謝できるように練られていきます。   すぐには難しいこともありますが、信仰が成長していくということは「練られること」「練達」を通るのだということ。   それは「患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出す」(ローマ人への手紙5:4)と知るようになるためです。     「世にあっては患難あり」   口語訳聖書では「患難があります」と新改訳聖書で訳されている部分が「なやみ」と訳されています。   「あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」(口語訳聖書 ヨハネの福音書16:33)   「神の恵み」とは何でしょう?   難行苦行で自分の力によって得たものではなく、一方的にただで憐みによって受けたものです。   聖書で書かれている最も大きな「恵み」とは、、不敬虔な私たちがキリストを信じる信仰によって義とみなされ、神との平和を持つようになること。   地上での限られた歩みだけでなく永遠の命をいただいて、その時にはもはや不完全な者ではなく、栄光にあずかることができるという希望です。   ブログを書くとき、読む方へできる限り神の恵みが伝わりますようにと願って書きます。   また、神の恵みを証しし、読む方へ恵みを伝えるようなブログを応援します。   また、そのようなブログを好み、応援して下さっている方々を神が喜んでくださり、恵みを与えられますようにと願っています。               このブログを読んでくださり感謝いたします。 今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村        

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  • 06 Jun
    • アメイジングジャーニー神の小屋より6月13日(火)福岡試写会

        先日の「召天者記念礼拝」の時に映画「アメイジングジャーニー神の小屋より」の原作となった本の紹介がされました。   聖書のみことばに基づく理解の中で夫が読んだ小説で、「天にいる家族がどのように過ごしているのか?」フィクションの小説ですが、そのことをよくイメージさせてくれる小説ということで紹介されました。 ウイリアム・ポール・ヤングというクリスチャン作家が書いた小説で、『神の小屋』という小説が原作になっています。   映画の日本名は「アメイジングジャーニー神の小屋より」となっています。     6月13日(火)は福岡で試写会があるそうです。   会場:西南学院大学コミュニティーセンター (福岡市早良区西新6-2-92) 開場:13:30 開映:14:00 開場:17:50 開映:18:20   試写会へ行かれた方は「感動した。」と感想を伝えてくださいました。   私が行けそうな試写会の会場はなかったのですが、一般公開は9月ですのでチャンスのある方はぜひ!           このブログを読んでくださり感謝いたします。 今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村      

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  • 05 Jun
    • 映画「アメイジング・ジャーニー」神の小屋より 中野チャペル試写会と予告動画 

        日本では2017年9月9日(土)公開予定の映画「アメイジング・ジャーニー」神の小屋よりの試写会が東京で今日から行われます。     神の小屋 予告動画       中野チャペル試写会   場所:いのちのことば社 中野本部ビル2階 ワードチャペル 中野区中野2-1-5 TEL;03-5341-6911   日本語字幕版 上映時間132分     2017年中野試写会スケジュール 6月5日(月)14:00~、18:30~ 6月6日(火)14:00~、18:30~ 6月8日(木)14:00~、18:30~ 6月9日(金)14:00~、18:30~ 6月10日(土)14:00~   ニューヨーク・タイムズベストセラー・リスト70週連続1位。  空前のヒットを記録した“人生を変える”世界的ベストセラーついに映画化!!    神はなぜ「不幸」を見すごすのか。  赦しと愛と天国への希望の物語。   出演:サム・ワーシントン、オクタヴィア・スペンサー、アヴラハム・アヴィヴ・アラッシュ、すみれ 原題:The Shack           このブログを読んでくださり感謝いたします。 今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村      

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    • 主の恵み~私の今までの歩みが主の恵み~

          日々、いろんなストレスがある中で、ストレスの解消法や癒しの時間は人それぞれだと思います。   私の場合、最近気づいたのですが、スーパーで買い物をしているときに「今日も家族に食べるものを買うことができた。神様は私たちに日ごとの糧を与えてくださるお方。」と感じながら歩くと感謝に思うことがあり、それがいやしの時間になっていることがあります。   もう一つは車の中で賛美のCDを聞きながら運転している時間です。   昨年、私たちの教会でのコンサートで歌ってくださった「ナムエン」さんの日本語版のCDをよく聞いています。   その中に「主の恵み」という曲があるのですが、よく聞きたくなる曲です。   動画は韓国語ですが、ナムエンさんの「主の恵み」という曲です。 나무엔(Namooen・ナムエン)検索でいろいろ出てきます。     「主の恵み」 私の今までの歩みが 主の恵み 主の恵み 今までの歩みが   私が私になったのも 主の恵み 主の恵み 私になったのも   私が神の子になったのも 主の恵み 主の恵み 神の子になったのも   「神の恵み」がなければ、私たちが何かをすることはできず、私たちができることというのは何一つありません。   「恵み」に私たちは慣れてしまい、特別に感謝することを忘れてしまいます。   「神の恵みは、いつもあるのだ。」ということを思い出させてくれる曲です。     関連記事;芸能界の闇とむなしさから神への賛美へ「ナムエン」 「雨を降り注ぎ」聖歌570番 ナムエン           このブログを読んでくださり感謝いたします。 今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村      

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  • 03 Jun
    • 「ガチなクリスチャン」略して「ガチクリ」

        寒暖の差があるせいか、今週は疲れを覚えやすい週でした。   コメントくださっている皆さんに感謝です。 返信はぼちぼちしていますので、よろしくお願いします<m(__)m>     昨日は甲状腺検査に病院へ行ってきました。   今まで3人のお医者さんに「甲状腺が大きいかも。一度、検査したほうが…。」と言われていたので。   採血しました。「血管が見えにくい。」と言って、看護師さんに嫌がられます。   40歳も過ぎると、いつどんな病気が出てもおかしくない年齢です。   今日のところは「異常なし」でホッとしました。 甲状腺の病気だと、義父とお揃いになります^^;   4月の記事;「義父の甲状腺手術」     「ガチクリスチャン」   クリスチャン同士の結婚についての働きをしている仲間が「ガチクリスチャン」という言葉を使っていて、なんとなく言いたいことの意味がわかる気がしました。   「ガチなクリスチャン」、略して「ガチクリ」です。     「ガチ」とは?   若い子が使うような言葉で、「ガチで」「ガチに」と言っているのを聞いたことがあると思います。   うちの娘たちも「ガチでやめて!」などとよく使っています。   「ガチンコ」の略で、「真剣勝負」を意味しますが、「マジで」「本気で」「まじめに」「真剣に」というような意味で使われるようになった俗語、話し言葉です。 「ガチクリスチャン」って、どうなんだろう?   何となく雰囲気でわかると思いますが、クリスチャンでもいろんなタイプの方がいらして、何でも真剣勝負の元プロテニスプレーヤー「松岡修造さん」みたいな(?)熱いタイプや、「信仰はほどほどに」というタイプ、冷静クールなタイプ、いろいろです。 私は「松岡修造さん」好きですが、「何事にもポジティブ。しかし暑苦しい。」という紹介文に笑ってしまいました^^; 「ガチ」であることは決して悪いことではないですし、私はどちらかといえば一生懸命な人に好感を持つタイプです。   でも「ガチクリスチャン」に対して良くないイメージを持っている方も少なくないように思います。   ひとつは、戦後に宣教師からの影響を受けて信仰を持った、現在「団塊の世代」前後の(この世代を仮にクリスチャン1世の世代とします)クリスチャンからの影響を受けた、クリスチャン2世の世代の「心の傷」があるかな、と思います。   典型的なのは、映画やテレビドラマにもなった「少年H」のお母さんでしょうか。   熱心なクリスチャンであった「お母さん」に良いイメージを持っていなかった「少年H」。   なぜなんでしょう?   関連記事;「少年H(妹尾河童)のお母さん」   あなたは ・「ガチなクリスチャンをどう思いますか?」 ・「ガチなクリスチャンになりたいですか?」 ・「それは、なぜですか?」   今後、そんなことを少し考えてみたいと思っています。           このブログを読んでくださり感謝いたします。 今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村      

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  • 01 Jun
    • クリスチャンが目指すべき葬儀の在り方

          クリスチャンの高齢の女性と話していて、「自分は死んだら何もわからないんだし、仏式でもいい。」というような考えを持っている方がいらっしゃいました。   三浦綾子さんは「わたしにはまだ死ぬという仕事がある」と語られましたが、「死ぬ」ということや葬儀もまた自分のためではなく、他の人のためであることを思わされます。   「葬儀」は亡くなった方「本人」というよりも、残された遺族や友人、知人のためにあるものだと考えています。   キリスト教専門葬儀社「ライフワークス社」のホームページに、「ライフワークス社が目指す葬儀」というのが書かれていて、それはそのまま「クリスチャンが目指すべき葬儀」ではないかと思い、ご紹介します。     ◆クリスチャンが目指すべき葬儀  (キリスト教専門葬儀社「ライフワークス社」HPより)   ■主なる神が中心となる葬儀   ■クリスチャンによるクリスチャンのための葬儀  ■残された遺族に対する慰めとなる葬儀  ■地上の生涯を終えた亡骸を神に感謝し、丁重に葬る葬儀  ■召された方の生涯から、キリストの証を立てる葬儀  ■一人でも多くの人へ、伝道となる葬儀     証や伝道を意識した葬儀だと、葬儀への備えも変わってきます。   日本人の約80%は仏式の葬儀なのだそうですが、仏教では葬儀の中心は「亡くなった人が神になる。仏になる。」という「人中心」であるのに対し、キリスト教式の葬儀は形式そのものが「礼拝」の形になっており、「神中心」である、という点が大きく違うということもセミナーで教えられました。   ライフワークス社の終活セミナー、6月は以下のスケジュールで行われます。   2017年6月3日(土)福岡 九州キリスト教会館 2017年6月17日(土) 京都 からしだね館 地下ホール   参加希望の方は、申し込みが必要です。 (牧師の妻ブログを見た、と書いて頂ければ主催者が分かりやすいと思います。)  ライフワークス社のエンディングノートを無料でもらえる方法と「終活全国ツアー2017」に関する記事はこちら。           このブログを読んでくださり感謝いたします。 今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村      

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  • 31 May
    • 国語の教科書「スイミー」の簡単なあらすじと教えられること

          三浦綾子原作映画「小林多喜二の母の物語」を見た後で、小林多喜二の代表作「蟹工船」を読みました。 (前回の記事はこちら)   四方八方塞がれて、ものを言うことも行動を起こすことも出来なかった労働者たちの過酷な生活について大半を割いている作品ですが、「みんなで結束すれば、何かが可能かもしれない。」と気づき、行動を起こすも、一度目は失敗。   労働者のリーダーがいなくなってしまいます。   それでも残された労働者たちは、また同じようにして「もう一度、立ち上がる」ことを決意します。   読み終わった後で、小学生の2年生の教科書に出てきた「スイミー」というお話を思い出しました。 「スイミー」の簡単なあらすじ   泳ぐのが早かったスイミー。一匹だけ黒い色をした小さな魚。   海の中で仲間と暮らしていたが、ある日、仲間がみんな食べられてしまう。   残ったのはスイミーだけ。   ある日、スイミーは岩陰にたくさんの仲間たちを見つけた。   仲間たちは大きな魚が怖くて岩陰から出て自由に泳ぐことができない。   うんと考えて、スイミーは「みんなで一緒に泳ぎ、大きな魚のふりをして泳ぐ」ことを提案する。   そして真っ黒いスイミーは「ぼくが目になろう。」と。   やがて小さな魚たちは大きな魚のふりをして泳げるようになり、ついに大きな魚を追い出した。     絵本の読み聞かせ「スイミー」(全文、3分14秒の動画)   もとはアメリカの絵本作家レオ・レオニ作の絵本で、1963年に出版されたものです。   谷川俊太郎が訳した日本語版の正式な題名は『スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし』だそうで、正式名称は知りませんでした。   光村図書出版の2年生用国語の教科書には1977年から掲載されているそうで、多くの日本人にとって「懐かしい」感覚を持つお話ではないかと思います。     必要なのは「知恵」と「勇気」   八方ふさがりになると、「もうだめだ。」「この状況は変わらない。」と思ってしまいがちです。   「蟹工船」の労働者も、「スイミー」も、何とか現状を打破できる方法はないかと考えました。   そして、思いついたことを一人ではなく仲間と協力し、実行に移しました。   怖くて身動きが取れなかった仲間も、一人の知恵と勇気で「現状は変わることができる」ことを教えられます。   また、一人一人に役割があり、一人一人が大切で必要な存在だということも…。   勇気をもって行動する際に大切なことは… 「決して離れ離れにならないこと。」 「みんな持ち場を守ること。」   色んな事に適応できるお話なのだと感じましたが、私は教会にいるので、教会についても同じことが言えるのではないかなぁ、と 思いました。             このブログを読んでくださり感謝いたします。 今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村      

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  • 30 May
    • 小林多喜二の「蟹工船」ほか作品を読んでみました

      金沢市富樫バラ園。満開です♪   三浦綾子原作映画「母~小林多喜二の母の物語~」を見て、多喜二は29歳という若さで、なぜ死ななければならなかったのか、拷問死させられるほどの文章とは、どんなものだったのか読んでみようと思いました。   「一九二八年三月十五日」   1928年に起きた三・一五事件を題材に『戦旗』に発表された作品。   特別高等警察(特高警察)による拷問の描写が、特高警察の怒りを買うこととなり、後に多喜二が逮捕、拷問死させられる引き金となった作品です。   まず「一九二八年三月十五日」という作品について調べてみると、アマゾンKindle版(電子書籍)で無料で読めることがわかりました。   小林多喜二の主な作品はほとんど無料で読める分、かなりの部分が伏字になっています。   行ごと数行削除されている部分も・・・。   販売されている本には全文が掲載されています。       「蟹工船」   小林多喜二の「代表作」と呼ばれるもので、私は名前を知っている程度だったため、「読んでおいたほうが良いかな。」と思い、「小林多喜二全集」を図書館から借りてきました。   初出は「戦旗」[1929(昭和4)年]。蟹工船の内部で、過酷で劣悪な労働条件に苦しむ労働者達が、「一人の力は弱いけれども集団として力を併せれば立ち向かうことができるのではないか」と気づき、団結して闘争に立ち上がるまでを描いた作品。   プロレタリア文学の金字塔として、複数の言語に翻訳され世界で読まれるなど国際的な評価も高い作品です。   「人を殺す犬」   当時、拷問や暴力は日常的に行われており、言うことを聞かなかったり歯向かうような労働者などに対して「土佐犬」にかみつかせていた様子が描かれています。   見せしめのように行われることが多かったため、多くの人々はその情景を見て、言いたいことがあっても黙るよりほかありませんでした。   作家であった小林多喜二にとって、自分の考えが自由に言えないこと、自分の考えをそのまま文章に出来ないことは苦痛であり、「そうであってはならない。」と人一倍、強い思いがあったはずです。         小林多喜二についての本もいろいろ出ていて、その「時代へ挑戦した人」として紹介されたり取り上げられたりしているものも多数出ているようですが、確かに「時代」もあったと思うけれど、小林多喜二が描いたものはある特定の「時代」というより、強いものが弱いものを虐げる、強いものが弱いものから搾取するという、いつの時代にもある「システム」のようなものだったと感じました。   「奴隷制」などもそうですし、日本でも働いても多くは地主に納めなければならなかった「小作人」などがそうです。   「それは昔のこと」と思ってしまいがちですが、今の日本でも「貧困」や「格差社会」と言われるように、ここかしこにその「システム」が見られます。   三浦綾子原作映画「母~小林多喜二の母の物語~」には、母「セキ」が教会へ行き、信仰に慰めを得るようになったことが描かれていますが、映画を見た後で小林多喜二自身も教会へ行っていたという文章を見かけました。   どのくらいの信仰心があったかはわかりませんが、拷問にあったのは一度だけではなく、何度か同じような目に遭いながら小説を書き続けた「小林多喜二」。   実際に多喜二の作品を読んで、これは「死」を覚悟しなければ当時、書くことのできなかった作品だと感じました。   彼が死をもってしても伝えたかったことはいろいろあったと思います。   その後、三浦綾子さんが書いた小説「母」(小林多喜二の母の物語の原作となった本)も購入しました。   まだ読んでいませんが、ぜひ読んでみたい一冊です。             このブログを読んでくださり感謝いたします。 今日も恵みと祝福があなたの上に豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します! にほんブログ村      

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プロフィール

牧師の妻

性別:
女性
血液型:
O型
お住まいの地域:
石川県
自己紹介:
中学女子、小学男子、三児の母です。

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