「パラダイス・ロスト」（柳広司、角川書店）
こんにちは てらこやです
正月は実家に帰り、近所の本屋に行くのが恒例です。年末はずっと「罪と罰」にかかずらいっきりだったので、何か読みやすい本はないかしら、ということで、とりみき「SF大将」（ハヤカワ文庫）と、柳広司「パラダイス・ロスト」（角川書店）を購入しました。
前者はＳＦのパロディ・マンガ作品集。以前にも読んだことがあったのですが、巨大なバカボンのパパの死骸が浜辺に流れ着くという、Ｊ・Ｇ・バラード「溺れた巨人」のパロディがスタイリッシュで特にお勧めです。
さて「パラダイス・ロスト」。２度目の世界大戦が忍び寄る1940年代初頭を舞台に、結城中佐をボスとするＤ機関及び異端のスパイたちの暗躍を描く「ジョーカー・ゲーム」シリーズも本作で３作目です。
前2作の感想を書いたときにも触れたのですが、このシリーズを続けていくことは思いの外難しいはずです。単行本帯で伊坂幸太郎がキャラクターに依存していないことを評価していますがその通りで、さらに言えばＤ機関のスパイたちは私的な感情にとらわれた時に敗北・退場する運命にありますから（「ジョーカーゲーム」 参照。本作で言えば「ケルベロスの暗号」がこれにあたります）、基本線として本シリーズはスタイルに特化するしかありません。つまり、ジョーカー（無敵）という他ないスパイたちを、フィクションの枠内で、いかにご都合主義だと読者を興ざめさせることなく、合理的過程を追ってゲームに勝利させるか（あるいは敗北させるか）が課題になるのです。
基本的な設定を示す第1集から、スタイルの拡張をねらった第2集を経て、本作では舞台の国際色がより鮮明になっています。ドイツ占領後のフランス（「誤算」）、英領シンガポールのラッフルズ・ホテル（「失楽園」）、太平洋航路上の豪華客船（「ケルベロスの暗号」）。これら舞台は作品に映画的な華やかさを与えると同時に、シリーズを通底していると思われる主題もまた先鋭化します。
その主題とは、超人であることの意味です。
ここで超人であるとは、常人離れした諸能力を有していることを意味すると同時に、人でありながら人を操作する、上位の立場にあることを意味しています。前者は手段であり、後者はそれを行使した後の現象といったところでしょうか。
スパイたちはその能力を行使して、しばしば人を操作します。暗示による心理操作、というモチーフは第三集のすべての作品に通じています。自分の意志とも呼べぬようなひらめき、おもいつきから生じた行動、誰の発意とも言えぬ集団的な行動の影に真の主体があるという発想は実にミステリー的であり、真犯「人」を前提としている点でヒューマニスティックです。
このヒューマニズムこそ困難を生じさせます。
ひとを操るスパイは、一方で操作される対象でもあります（例えば、一時的な記憶喪失に陥った「誤算」の島野などにそれが如実に現れています）。実行者の背後にはさらなる操り手＝結城中佐がいる、という構図によってヒューマニスティックな前提は担保されると同時に、真の主体者の動機もまた宙づりにされます。
結城中佐は行動原理こそ明確（「死ぬな 殺すな とらわれるな」）ですが、行動を律する目標となる理念は明確ではありません。理念はおそらく部下たちにも与えられてはおらず、スパイたちはその場その場のミッションをクリアすることに集中します。
この時、ヒューマニズムは分裂します。ひとつは個々のスパイが理念の空白を埋めてしまい、換言すれば「とらわれて」しまい、スパイ＝超人の座を下りてしまうこと（本集で言えば「ケルベロスの暗号」）であり、もうひとつは動機不在のままに超人の座にあり続けることです。物語がどちらに振れるにせよ、ひとがひとの目標をもち、行動を律するというヒューマニスティックな充足は得られません。
もちろんここで注意が必要なのは、その充足が得られないからダメだ、というわけではないということです。むしろヒューマニスティックな充足とやらに疑問符が付される状態こそ現代というものなのですから。むしろ課題はその処理にあります。大きな理念を失い私的な目標に内向していく、あるいは大きな理念などはじめから捨てて面前のゲームに没入する、というのはこのシリーズに代表的な態度であると同時に、現代において最も基本的な態度であると言えます。これら態度に依った処理をいつまで続けるのか、また理念を持ちうる結城中佐をいかに処理するのか、このシリーズの課題があります。
※リンク
「ジョーカー・ゲーム」
「ダブル・ジョーカー」
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