第三十四どんとこい 「ダブル・ジョーカー」 | ナメル読書

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時にナメたり、時にナメなかったりする、勝手気ままな読書感想文。

「ダブル・ジョーカー」(柳広司、角川文庫)


こんにちは てらこやです


太平洋戦争前夜、各国列強が凌ぎを削る中、日本では極秘のスパイ機関が誕生していた。通称「D機関」。魔王、結城中佐によって設立されたD機関は、「死ぬな、殺すな、とらわれるな」を信条とし、特異な任務を遂行していく。


……というのが、柳広司「ジョーカー・ゲーム」シリーズの概略ですが、最近その第2弾「ダブル・ジョーカー」が文庫になったので早速読みました。


まあなんということでしょう。今回も大変カッコいいです。華美のない抑制の利いた文章で、必要なことが、必要な枚数で書かれています。各編緊張が途切れることなく持続し、ロジカルでかつ胸の熱くなる満足を得ることができます。余剰のない、統制されたプロットによる物語類の中では、希にみる完成度の高さでしょう。


このシリーズの特筆すべき点は、打率の高さです。「ジョーカー・ゲーム」、「ダブル・ジョーカー」とハズレの作品がありません。これはすごいことですよ。特に、第一作品集で注目を集めた後、同等のクオリティで第二作品集を書いたということは大変なことであると思います。


そのタイトルが示す通り、これら作品集の主人公たち=スパイたちは皆「ジョーカー」、常人離れした超人たちです。分析力、記憶力、推理力、柔軟な思考性、忍耐力などを備えているので、いかなる任務も完遂することが約束されています。


この設定は一見作品を生み出すのに有利に働くように思えます。しかしそれは逆でしょう。単発ならともかく、シリーズを続けていくにはむしろ足枷となっただろうと思います。なぜなら切り札が勝つのは当たり前だからです。勝負の見えているゲームを、それでも読ませるためには、勝利を勝利ならしめる過程を明証しなければなりません。


シリーズを通底しているのは論理であり、任務遂行のポイントを辿ることができます。しかしそれだけではやはり単調になってしまうので、「ダブル・ジョーカー」ではスタイルの拡張が行われます。


それはミステリ用語を援用すれば、「推理合戦」であり、「倒叙もの」であり、「探偵役と犯人役とのミスディレクション」であったりします。これら多様なスタイルによって、カードの位置をはぐらかし、どこで切り札を出すのか、読み手の予断を遮るのです。


もうひとつ、常勝の単調さから抜ける方法があります。それは、ジョーカーを負けさせることなのですが、これはこれでなかなか難しい。単なる負けでは、そもそもの設定を傷つけてしまうからです。D機関のスパイが偶然に負けたのならば、これまでの勝ちも単なる偶然とみなされてしまいかねません。少しでもこの疑いが掛かれば、作品世界が壊れてしまいます。


「ダブル・ジョーカー」最後の2作品を通じて(特別収録作品除く)、書き手はD機関の負けを書いています。その要因はつまるところふたつ、「運命論的な歴史の流れ」と「何者かであることの蘇り=とらわれ」です。


前者は読み手が、作品世界のさきの歴史を知っているからこそ、ジョーカーたるD機関すらこのポイントでは負けることを必然と感じます。


後者の要因は第一作品集の中(『XX』)でも予告されていました。その作品は、個人史を捨てることのできなかった男がD機関に入り損なうという話です。「ダブル・ジョーカー」所収の『ブラックバード』でも、主人公は生き別れの兄にとらわれることで、ミスを犯します。この作品世界において、ゲーム・プレイヤーに徹しきれない者は、負けることになっているのです。だから厳密に言えば、ジョーカーが負けるのではなく、ジョーカーではなかったことが露呈した時に負けるのです。


さて、このシリーズは今後どうなっていくのでしょうか。考えれば考えるほど困難であることがわかってきます。


すでに述べたように、D機関のスパイがアイデンティティにとらわれた瞬間、彼らは負けます。また、彼らがプレイヤーとして、没個性的に任務=ゲームに携わり続ける場合、未来を知っている私たちは各々の勝ちのさきにあるものを分かっています。いずれにせよ、敗北しかないのです。この悲劇の宿命を書くのも手ですが、いささか判官びいきな日本人の趣味嗜好に忠実すぎるようにも思えます。


鍵になるのはD機関を設立した結城中佐でしょう。結城はジョーカーたちの中にあってさらに特異な存在(ジョーカー)です。なぜなら、彼にだけは、なぜジョーカー・ゲームというゲームを始めたのかを問うことができるからです。その答えに、このシリーズの結末の秘密があるのかもしれません。


※単行本ではシリーズ第三弾「パラダイス・ロスト」が刊行されていますが、てらこやはまだ読んでいません。文庫本になってから読むか、もう読んでしまうか悩み中です。


※リンク:「ジョーカー・ゲーム」が文庫化された時にも、感想を書きました。

 → 「ジョーカー・ゲーム」の感想


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