【60】由里ちゃんの決意 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


社内で一番仲が良い、何でも話せる友達は、
相変わらず由里ちゃんだけ。

由里ちゃんは、彼女と別れられない萩野さんと、
まだ交際を続けている。


その話を聞いたのは、由里ちゃんからではなく、
例によって、何処からともなく流れてきたのを、耳にしただけ。

それは、いつもの “噂話” ではなく、
萩野さんが公にした “事実” のようだ。


萩野さんが、結婚する。

それは、由里ちゃんとではなく、本命の彼女と。

彼女のお腹には、 “二度目の生命” が宿ったらしい。

結局、萩野さんは彼女とは “別れられない” のではなく、
“別れなかった” だけなのだ。

一度堕胎させたのに、再び妊娠って・・・?
今度こそ、責任を取って結婚をするの?


これは・・・
今度ばかりは、由里ちゃんも目が覚めただろう。


「由里ちゃん」


他に掛ける言葉もなく、名前を呼んだだけ。

だが、職場では、萩野さんの結婚の話題で持ちきりだから、
私が何を言いたいのかを察したようだ。


「聞いた・・・よね? あの話」

「・・・うん」


どんな慰めの言葉を掛けたら良いのだろう。

何を言っても、安っぽくなってしまいそうで、
話に触れるのも躊躇われた。

社内では、萩野さんに彼女がいながら、
由里ちゃんとも二股交際をしているという事が
知れ渡っていたから、同情というよりも、
好奇の目で見られているのが判る。

萩野さんの話題に触れながら、視線は由里ちゃんに来ていたり、
哀れむような嫌な笑みを浮かべてヒソヒソと話したり・・・。

何も言わない由里ちゃんの瞳には、涙が浮かんでいる。


折よく、そろそろお昼の時間。
私は、由里ちゃんを会議室に引っ張った。


「噂なんてすぐに消えるから、堂々としていて大丈夫だよ。
 ツラかったら、いつでも話を聞くし、近くにいるからさ」


それくらいしか言えないが、例えば・・・
自分の好きな人に恋人がいて、彼女に子供が出来て、
今度こそ諦めなければならないとなったら、
どれだけ苦しくて、ツライだろう。

想像だけでも胸が苦しくなるのに、現実に起きたら、
私ならば狂ってしまうかもしれない。

苦しい想いを話しただけでは、
胸の痛みを瞬時に取り去ることは出来ない。

しかし、幾らかの救いにはなるはずだ。

少しでも想いを共有できたら、楽になるのではないか。
それが、友達に出来ることだから、私は懸命に訴えかけた。

由里ちゃんは頷いて、頬を伝う涙を拭う。


「ありがとう、椎名。・・・私は、大丈夫。
 強くならないといけないのに、気が緩んだみたい」

「萩野さんとは、きちんと話をしたの?」

「・・・うん。彼女の妊娠が判ってから、割と早くに」

「そっか・・・」


思ったよりも、由里ちゃんはしっかりしているようだ。

しかし・・・ 私の安堵も、束の間。


彼女の口から出た言葉は、意外なものだった。


「萩野さんとは、別れないから」


聞き間違いかと思った。

呆然と、由里ちゃんを見つめる。


「萩野さんがね、私とは別れたくない・・・って言うの。
 結婚してからも、このままでいたいって」

「・・―――― は ??」

「私も、萩野さんが好き。離れたくないの。
 だから、彼が結婚しても付き合おうって・・・」

「由里ちゃん!どうして、そんな事が出来るの!?
 そんな無責任な事を言うなんて、萩野さんもオカシイよ!?
 しっかりしてよ、由里ちゃん!!」


つい、声が大きくなってしまった。
こんな話、他の人に聞かれてはマズイのに・・・。

由里ちゃんも、私の反応は判っていたはず。

それでも、耳を貸さずに、自分の思いを貫こうとするのは、
それだけ萩野さんを愛してしまったということなのか。


「イケナイ事だって、判ってるよ。
 でも、それ以上に彼が好きなの。離れたくないの・・・」

「離れたくないって・・・ 彼には、もう子供がいるんだよ?
 妻子がある人になるんだよ?
 そしたら、由里ちゃんはタダの不倫相手で、遊ばれているだけじゃん。
 そんなの良くない。幸せになれないよ!!」

「でも彼は、愛してるのは私だけだって言ってくれた。
 信じたいの・・・。彼といると、とても幸せなんだよ・・・」


彼女の気持ちは固い。
私には、もう、言うべき言葉が見つからなかった。

こんな状況でも、幸せ? 由里ちゃんの、強がり??


それに・・・
幸せの尺度は、人によって違うんだ。

由里ちゃんの人生は、由里ちゃんの物で、私の物ではない。
頑なな彼女の心は、きっと動かない。

反対されればされただけ、萩野さんへと走ってしまうだろう。


( 私にも、そんな時があったっけ・・・ )


両親に大反対された、かつての淡い想いを思い出した。


「覚悟は出来てるの?何があっても、自分で背負っていける?
 これから萩野さんが作る家族を、
 由里ちゃんが壊すかもしれないんだよ?」


彼女からすれば、冷たい言葉だろう。

でも、由里ちゃんは私を真っ直ぐに見つめ、頷いた。
これから増すであろう、社内での好奇の眼差しや
陰口にも耐えてみせるという、強い決意を感じる。


「・・・それだけ決意が固いなら、私はもう何も言わない。
 これからも、応援はしない。
 でもやっぱり、由里ちゃんには幸せになって欲しい・・・」


つい・・・ 私まで、涙腺が弱くなった。

どうして、こんな事になるんだろう?

人を好きになっただけなのに、どうして――――・・


昼休み時間中、ふたりで泣き明かした。






・「この人誰?」と思ったら → 登場人物
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