【57】上司の涙 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


駅から少し離れた、オフィス街と商業施設が混在する場所。
ビルの脇から、地下におりる階段を下って行く。

ここまで来て、課長はようやく私に声を掛けてきた。


「ここだよ」


居酒屋・・・なのだが、私が普段、友達と入るような
騒々しい店ではなくて、適度な声の大きさとでも言うのか、
落ち着いた大人が集う風情の店だった。

ひとことでいえば、高そう。


「こんなところに、お店があったんですね」

「料理も美味いし、ゆっくり出来るからね。
 ・・・って、俺も、たまに来る程度だけど」


着物姿の店員に案内され、
半個室の、ゆったりとしたテーブル席に通された。

各テーブルとの距離があり、窮屈さがない。


「好きなの頼んでいいよ」

「はーい」


お父さんと言っては、若すぎる。

でも、気分的にはそんな感じで、気楽に構えてメニューを見るが、、


( 高っか・・・!! )


料理が美味しければ、友達とも来ようとは思っていたけれど・・・
どうにも、懐具合が無理かもしれない。

目を白黒させる私を、武内課長は笑っていた。

.
.

お酒も進み、ある程度の時間が経ち・・・
私本来の図太さとか、図々しさとか、馴れ馴れしさとか、
そんなものが顔を出した。

それと・・・ 少なからず、会社での影響もあるかもしれない。

職場を離れているし、酒の席では無礼講もアリだろう。
特に、異性同士の場合は。


「惜しいんだよな、椎名さんは」

「何ですか、惜しいって」

「脚の形は良いんだけどさ、もう少し細ければなー
 ・・・って、 前から思ってた」

「はあっ!?そんな失礼な事、よく平気で言えますね!!
 そりゃあ、私はデブですけど、
 課長の彼女が、細すぎるんじゃないですかっ!?」

「そんなに怒るなよ」


本当に、デリカシーのない男が多すぎる!
この会社は、一体どうなっているの!?

愛人と比べられ、見劣りしていると言われれば、腹も立つ。

不倫の情けない愚痴を聞きに、
わざわざ付き合ってやってるのに・・・!


「・・――― 大体、
 奥さんにバレて困るような事をする方が、馬鹿でしょ」

「そんな事言うなよぉ・・・」

「ウダウダ言ってさぁ、じゃあ何で不倫なんてしてるワケ?
 相手を本当に想っているなら、
 そんな軽はずみな事、出来ないと思うんだけどね」


話を戻して、酒の力を借り上司に説教である。

そもそも、武内課長が、私に慰めを求めるなど有り得なく・・・
こうした雑な発言が出来るのだ。


「・・・で?
 小笠原諸島に行ったとか、彼女は言ってたけど。
 何をしに行ったんだっけ?」

「彼女が見たいっていうから、鯨を見に行ったんだよ」

「よくもまー、何日も家を空けられたね。
 そりゃあ、浮気を疑わない方がオカシイでしょ」

「でもな、まさか職場に電話を掛けてくるなんて・・・」

「ンなこと、知らないよ。
 しかも、名前バレしてるとか洒落にならないし。
 多部井さんはどうすんの?
 課長、切ること出来るの? それとも、離婚すんの?」

「・・・彼女とは、別れたくないんだよ・・・」


課での飲み会でだが、課長が飲んでいる姿は何度か見ている。

いつもは適度に飲み、潰れることはない。
そんな姿を見たこともないだけに、今、目の前でテーブルに
突っ伏す武内課長は、結構なダメージを受けていると思われた。

だって、眼鏡を少し上げて、涙を拭ったから。


「だらしないなぁ。
 家庭も、好きな女も守れずに不倫とか、何やってんの?
 マジで最悪なんだけど。
 課長には悪いけどさ、私、そういうの大嫌いなんだよね」

「・・・解ってるよ。
 椎名さんは、岩田くんとは上手くいってるのか?」

「・・――― はっ!?」

「あまり、上手く行ってないんじゃないのか?」

「・・・・・・課長には、関係ないよ」


ぷい、と横を向いた。

もう、付き合っていることを誤魔化すとか、否定をするとか、
どうでも良かった。
バレているのなら、無理に隠すこともない。


「・・――― ちょ・・・っ!!」


課長の手が伸びてきた。

熱い手のひらが、私の腕を掴む。


顔を上げた、眼鏡の奥の眼差しが、何かを訴えている。


( ・・・なに?・・・ )


息を呑み、逸らせない視線を絡ませた。





・「この人誰?」と思ったら → 登場人物
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