武内課長は、少し声を落として、簡潔に言った。
「今夜、空いてる? 君に、相談があるんだ」
「・・・は?・・・」
「どうしても乗って欲しいんだよ」
「何の相談ですか?」
「それは、その時に話すよ」
弱々しい雰囲気を出す、武内課長。
この人は、まさか・・・
部下に、不倫の相談をするつもりなのか。
( 情けないなぁ・・・ )
深い溜息とともに、断りの言葉を伝えようとしたのだが、
急に気が変わった。
怖い物見たさとか、そういう物だったのかもしれない。
不倫当事者の話など、直接聞いたことが無かったし、
どうせ他人事なのだ。
中年男の、見苦しい言い訳を聞いてやろう。
「何かご馳走してくれるなら、いいですよ」
「そりゃあ、勿論。 それじゃあ ――――・・」
ホッとしたような武内課長は、待ち合わせ場所を指定してきた。
.
.
「・・・って、もっと他にあったと思うんだけどなぁ」
待ち合わせに指定された、シティホテルのロビー。
乗換駅に隣接されている、なかなか洗練されたホテルなのだが、
その存在は知っていても、入ったことは無かった。
ホテルのロビーで、会社の誰かに遭遇する可能性は低いけれど、
まぁ、目立たないことは間違いないか。
武内課長らしいというか、あまり違和感のない
場所指定のような気もする。
( 多部井さんとの待ち合わせも、こういう場所とか? )
――― 19時を少し回った頃、
「やあ、ごめん。待たせてしまって」
フロントから少し離れた、四角い柱に凭れていた私に、
武内課長が、横から声を掛けた。
何も考えず・・・ 外を行きかう人の流れを見ていた私は、
急に現実に引き戻される。
声の方に顔を上げて、ほんの少しだけドキリとした。
薄暗く、雰囲気のあるロビーだったせいか、
課長が持つ、ある種の空気なのか・・・
大人の男性の色気のような、不思議な何かを感じた。
「・・――― こっち」
言葉少なに、 “ついて来い” とばかりの仕草で歩き出す。
私が付いてくるのを確認しながら、適度な距離を保ちつつ、
私の前を歩いた。
この場合、並んで歩くのは良くない――― はず。
目的地まで言葉も交わさず、他人を装うようにして歩いた。
・「この人誰?」と思ったら → 登場人物
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