【52】夏の約束 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


人の数だけ、考え方がある。
誰一人として、同じ人間はいない。

生活環境や、それぞれの価値感でも違ってくるのだから、
彼だけを責めるのは可笑しなことだ。

解っている。

これまでの、小さな考え方のズレや、気持ちのすれ違いは、
どうにか気持ちの中で処理が出来た。

それが、今回ばかりは見過ごせない。

あの後も、一切触れることがなく・・・
「ふうん」 で済まされてしまった、父の “存在”。

亡き人に、存在も何も無いが・・・。
それでも、あんな風な態度って、あるのだろうか?

父を無視されたことが、いつまでも胸に引っ掛かる。

この事が引き金となり、
彼に対する気持ちを、改めて考えることになった。

.
.

あの約束は、思いのほか早く訪れた。
海とかプールとかに行こう、と言っていた事が、本当になるとは。

正直なところ、私は水着になるのが嫌いだ。

学校を卒業してから、水着など着たことがない。

スクール水着しか、着た経験が無い私には、
色やデザインが豊富で、その中から選ぶことなど
到底不可能だとさえ思える “水着売り場” に佇んでいた。


「あっ!これ可愛いな~」


沢田ちゃんが、楽しそうに水着を物色している。
デパートの特設コーナーで、私は諦めの溜息をついた。


彼に、「プールに行こう」と言われたのは、数日前。
岩田さんの友達を連れてくるから、
沢田ちゃんを連れて来いとの要望があった。

フリー同士だから、紹介をしても問題はないけれど・・・
岩田さんが連れてくる人も、日本人ではないわけで。

沢田ちゃんに説明をしたら、当初の私のように、
「そんなの全然関係ないよ」 という、答えが返ってきた。

本当に、良いのかな ―――・・

そんな迷いとともに、プールへ行く準備をしている。


「水着持ってるんでしょ?なら、買う必要なくない?
 そんなに安い物でもないのに・・・」

「えー。だって、デザインとか、流行があるじゃん。
 去年のなんて、着ていられないよ」

「そういうものなの!?・・・どれも同じように見えるけどなぁ」

「私より、椎名ちゃんは、どういうのが好みなの?」

「好みとか、別にないよ。
 ただ、あまり露出したくないから、ビキニは無理」


そう言った私の目には、
彼女が手にしていた、色鮮やかなビキニが飛び込んできた。


「いやいや!
 沢田ちゃんくらい細かったら、ビキニでも良いけどね・・・
 さすがに私じゃあ、勇気がないからさ」


沢田ちゃんは、スラリとした細身でスタイルが良い。
それに比べて、私は・・・。
水着で並んだ日には、完全に引き立て役になるであろう、
残念な感じの体型である。

あれこれと言いながら、広い売り場を見て回る。

もう、数が多すぎて、訳が解らなくなりそう。


「椎名ちゃんはさ、明るい色が似合うよね。
 赤とか、オレンジとか」


友達にそう言われ、自分に似合う色がある事を知った。

これまで、着る物は勿論、バッグや小物類までも、
好きな色の寒色系で揃えていたから、驚きも隠せず・・・


「赤ー!?そんな派手なの、嫌だよ~」

「ううん。似合うんだって。ほら、鏡の前で合わせてみなよ」


そう言って、沢田ちゃんは、手近にあった青色と赤色の
水着を手に取り、私を鏡の前に立たせる。

パッパッと、私の身体の前で合わせてみては、変えていく。


「・・―― ね?雰囲気違うでしょ」

「うん、ほんとだ。顔色とか、良く見えるね
 確かに、明るい色の方が合うのかも」

「そういうワケで、椎名ちゃんは暖色系で決まりね」


着る物の色ひとつで、気分も変わるものなのか。

新しい発見に、少しだけ心が躍った。





・「この人誰?」と思ったら → 登場人物
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