【161】プラットホームに続く扉 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


大好きだった井沢さんが、会社を去って、約二ヶ月。


彼が座っていた 今は空の席にも、

彼の名札がない ホワイトボードにも、

彼の声が聞こえない

彼の姿が見れない会社にも、少しずつ慣れてきた。



彼がいなくなった、翌日からの私は、

失恋というよりも、 “大切な人を失くした” に近い感情で、

完全な “抜け殻” 。

笑顔さえも忘れた。



ある朝のこと。



「聞いて聞いて! いっちゃんがね、

 ウチのお母さんと、同じ会社に入ってきたんだって!!」


由真ちゃんが、元気に周囲に言って回っている。

丁度話をしていた石田さんと、向かいの席の城山さんが、

ほぼ同時に私を見た。



「そうなの?」


二人同時に聞いてくるから、なんだかおかしい。

私なら知っていると、確信している様子の二人。

私は頷いた。



「そうらしいですね。 井沢さんも、驚いてましたよ」

「そうか! 二人とも、上手くいってるんだね。 良かった」


・・・ そうだった。

“そういう意味で” 勘違いをさせたままだったことを、忘れていた。



「ううん。違うんですよ。 あ、照れてるとかじゃなくて・・・

 本当に何もないんです。 井沢さんとは、付き合ってませんよ」

「・・・ え!? まさか。 あれで付き合ってないって・・・」

「今更、隠したりしないですよ。 何も、なかったですから」

「・・・ そっか ・・・ でも、なあ?」


石田さんと城山さんが、何かを言いたそうな顔をしている。

そんな風に気にかけてくれて、少し嬉しかった。

だから、私は自分に言い聞かせるように、ハッキリと言った。



「きっと、友達だったんですよ。 それも、兄妹みたいな」


“私は彼が好きだった” と、

今になって同僚に宣言したようなものだね。


そう言い切ってから、

井沢さんに触れることを、聞かれなくなった。

気を遣わせてしまったのかもしれないけど、逆にありがたい・・・。



井沢さんと最後に会った日から、

ぽつぽつと電話のやり取りは続いていた。


だから、再就職先のことも聞いていたけど、

そういう意味では、世間は狭いよね。

変なところで、誰かと繋がっていたりするんだから。


きっと、彼のことだから・・・

新しい会社でも、モテるんだろうな。

考えてもどうにもならないけど、妬けちゃうよ。



彼が近くにいない世界に、慣れてきても、

寂しさだけは、日増しに増えていった。


新しい恋をすれば、とか・・・

もう、そういう次元ではなかった。



会社の帰り道も、また元のように、隣には淳ちゃんがいる。

私の気分を紛らわせようと、面白おかしく話してくれて、

本当に楽しくて嬉しくて、そして何よりも救われた。



井沢さんに恋をして、上手に言葉を交わせるようになる以前の、

友達で騒いでいた頃を、思い出すような毎日が続いた。

.
.
.

それから、一ヶ月・・・ 二ヶ月が過ぎた頃には、

どちらからともなく、連絡が途絶えた。



井沢さんには、新しい生活が始まっているし、

私が話すことは、彼にとっては過去の物で、

私は過去の人。


そう言われたわけでも、

素振りをされたわけでもないけど、

先の無い話を続けても、意味がないんじゃないかな・・・って、

私が勝手にそう思ってしまった。



井沢さんは、私とのことを、

先がないと考えていたはずなのに、

何故、携帯電話という連絡先を教えてくれたんだろう・・・。


誘った宗教からも、抜けてしまった私を、

嫌な言い方をすれば、 “利用価値の無くなった女” を、

何故繋ぎとめたんだろう・・・。



“ 会いたい ”


その一言さえ言えず、私の中には、

井沢さんへの想いだけが積もっていく。



もしも・・・

私から伸ばした手を、井沢さんが取ってくれて、

そして、強く握ってくれたのならば

多分・・・

ううん。

きっと、何処までもついて行った。


私が教団に戻ることはなくても、

彼の信仰心だけは否定したくなかったから、

無理をしてまで、止めて欲しいとは言わなかっただろうし・・・。


臆病な私だったけれど、全てを投げ出せるほどの

情熱を胸に秘めていたから、

彼からの言葉次第では、何処まででも突き進んでいたはず。


若さゆえの無鉄砲さとか、怖さとか・・・。

私の中にも、確かに存在していたから。


あの頃の想いが、 「恋」 だったのか。

それとも、 「愛」 だったのか。


井沢さんと、心が繋がっていたのならば、

迷わずに 「愛してた」 と言える。

それさえも解らないままなのだから、

これは、ありふれた 「恋」 だったのだろう。



彼の存在が、私の近くから消えても、

右手には、二十歳の誕生日にと、プレゼントしてくれた指輪が

まだ外せないまま残された。


この二年間は、夢ではないんだ・・・。


指輪の他にも残る、彼から渡された細かな物。

彼が身に着けていた腕時計、

返却しそびれた、写真付きの取引先の入構証、

そして、ふたつのガラス細工。



それらを処分できる日が、いつ訪れるのか・・・



時の流れに、全てを委ねるしかないのかもしれない。

いつかきっと、想い出に変わるから。



彼から感じた、友達とも呼べない優しさは、

気のせい、思い過ごし、自惚れ・・・ だったのかな。


私の想いは、ほんの少しも届かなかったのかな。



本当はね、一度だけでいいから、

「好きだよ」 って、言われたかった。



ずっと願い続けた、その想いさえも、

いつか・・・

全てが想い出に変わるんだよね?



本当に、神様が存在するのならば、

たったひとつだけ、願いを叶えてください。


井沢さんの心の片隅に、私の面影を残してほしい。

それが針の先ほどの、僅かな点でもいいから・・・。



いつか、

「そういえば、あんな子がいたな」

と、長い人生の中で思い出してくれたら、それでいい。



お願いだから、私を忘れないでいて・・・。



井沢さん。

私ね、本当に・・・

本当に、あなたが大好きだったよ。


.
.
.


私の胸の奥深くには、

固く閉じられた、想い出の扉がある。


扉の向こう側は、

夕暮れ時の、あの、プラットホーム。


今でも、一人の女の子が

プラットホームの隅の、屋根の支柱に凭れかかっている。


「もう、遅いなぁ・・・」


遠くに見える階段を見つめて、

大好きな彼が来るのを、胸を高鳴らせて待っている。


「椎名ちゃん!」


はにかんだ笑顔で、私に近づいてくる、

あの人を ―――――・・・




         ― Fin. ―


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