【160】逢瀬は、プラットホームで。 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


 「門の外で待ってる」


立ち上がった私に近寄り、普通に話すフリをして、

小声で伝えてきた井沢さん。


なんとなく、時間に急かされるように感じて、

私は “数秒たりとも無駄にしたくない” 思いで、更衣室へと急いだ。


待たせるよりも、待ってやる! くらいの気持ちだったけど、

門の外に出たら、既に井沢さんが立っていた。



そういえば・・・

こんなに人目につく、

しかも会社の正門で待っているなんて、初めてだよね?


終業から時間も経っていないし、社の人が次々に出てくる時間。

人波は、駅の方に向かって、左に流れるけれど、

彼は右側で待っていた。



「あっ! ごめんね、待たせちゃって・・・」

「もっと待たされると思ったら、意外に早かったな」


ほんの少し、

少しだけ、恋人のように見えるかな?


最後の今日くらい、

そう見えて欲しくて、彼に寄り添ってみる。



左に流れていく人波に乗り、二人並んで歩き出す。



一歩一歩進むごとに、二人は離れて行くこの距離を、

私は踏みしめるように歩いた。


彼と歩いた風景を、忘れたくない。

周りの景色ごと、彼の姿を、瞳で抱きしめる。



あの日、

駅までの短い距離で、何を話したのか・・・

完全に上の空だったから、記憶にない。


でも、悲しい顔を見せなかったのは確か。

井沢さんの優しい微笑みを、憶えているから・・・。



何処にも寄ることなく、二人はプラットホームに立っていた。

電車に乗ってしまえば、サヨナラまでのカウントダウンが始まる。


・・・ いや。

ここに立った時には、既に始まっていた。

だって、電車に乗ってしまえば、それで “終わり” だから。



あの時・・・

会社を辞めると、私に告げた時。

泣きじゃくる私に、

「ごめんな」

短く呟いた彼の言葉で、全てを諦める覚悟は出来ていたけれど、

すぐに電車に乗る心の準備と、踏み出す勇気が出ない。



二度と彼に会えなくなる・・・


数ヶ月前には、こんなこと考えられなかった。



別れは刻々と迫る。



話したいことは、山ほどあるのに、言葉が何も出てこない。


井沢さんも、言葉数が多い人ではなかったけど、

いつもよりもダンマリで・・・。


一本前の電車は、見送っていた。


私には、もう引き留めることが出来ない。

だから、彼のタイミングで・・・ 彼に続く気持ちだった。


彼が電車を見送ってくれたことで、約十分間の猶予が出来た。


それでも・・・

私には、彼を見つめることしかできない。

この頃の私は、強がりで泣き虫だったから、

少し突いただけでも、泣いてしまいそうで・・・。


次は必ず乗ると、雰囲気で解るのに、

私は、気の利いた言葉ひとつさえ、満足に伝えられない。



「・・・ 椎名ちゃん。 元気で、頑張れよ」


踏切の鳴る音が聞こえてきて、

井沢さんがようやく、たった一言だけ、口を開いた。



「うん。 井沢さんも、元気でね」


笑顔のまま、井沢さんは頷いた。

私の頭に手を置いて、優しく撫でてくれる。




彼に続いて電車に乗りこみ、扉が閉まると、

私の鼓動は一気に、うるさいほどに速く鳴りだす。



強い恐怖と、不安と、孤独感が襲ってくる ―――



溢れそうになる涙を、私は必死の思いで堪えた。

今にも泣きだしそうな顔をしていたと思う。



( やだ! ホントは、離れたくないよ ・・・! )


唇を噛んで、ただ我慢している私を、彼は目を逸らさずに見ていた。

その視線から逃れたくて、大切な僅かな時間に俯いてしまう。


帰宅ラッシュの時刻で、電車も混んでいた。

だから尚更、泣くわけにはいかない。



ターミナル駅に着く間際。

車内アナウンスが流れた時だった。


気のせいだと思わせるほどに、自然に・・・

ほんの一瞬だけ、

ふわりと軽く、優しく腕に包まれた。



電車が停まったと同時に身体が離れ、



「それじゃあ、また・・・」


彼の眼差しが揺れたように見えたのは、

きっと、私が泣いていたからだよね・・・?


「うん。 ・・・ またね」


短い言葉だけを交わし、井沢さんは降りる人波に呑まれた。



多くの人が降りてしまい、閑散とした車内。


気持ちよりも先に、足が動いていた。

彼を追うように、慌てて扉へと駆け寄る。

ホームのギリギリのところまで、身を乗り出して、辺りを見渡した。



( 井沢さんは・・・ ドコ ・・・? )


ホームに降りた人たちが、階段に向かって歩いていく。

少しずつ減っていき、その場で立ち止まる井沢さんを見つけた。



同時に、扉が閉まって ―――――・・・


彼は真っ直ぐに私を見て、手を上げる。

私は負けじと、笑顔を作り、泣き笑いの顔で手を振った。



井沢さんも、私も 「サヨナラ」 を言わなかった。



いつか、また何処かで会える?


彼とまた、人生が重なる時が来るの?



人前だとか、もう考えられなくて、

ハンカチで顔を覆ったまま、静かに泣いた。



ちょっとだけ、女の子な言葉だけど、

いつだったか、淳ちゃんと、こんな話をしたことを思い出した。



“ 運命なら、きっと・・・ またいつか、必ず巡り逢える。

 もう一度、どこかで出逢えたら、素敵だよね。 ”



自然な時の流れの中で、いつかまた出逢えるのだろうか。



若かった私は、恋に対して、すごく不器用で怖がりで・・・。


全てが手探りで、無我夢中で、

たくさんのことにぶつかりながら乗り越えてきた。



「またね」

その言葉と、

“運命の悪戯” という、僅かな希望を胸にして

私は、ひとつの恋に 別れを告げた。




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