【154】怖さの理由 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


井沢さんに手を引かれて、隠れた場所は、

トイレに続く階段とは反対側の、非常階段の近く。

二人で、壁に寄り掛かる。


手前の凸型をした壁が、丁度良い目隠しになった。



「大丈夫だったか?」


間髪を入れずに聞いてくる。

一体、何が・・・?

意味が解らず、少し首を傾げてしまう。



「なんのこと?」

「さっき・・・ 佐藤と、戻ってきただろ?」

「・・・? そうだけど・・・」

「出て行ったきり戻ってこないから、どうしたのかって・・・」

「ああ! そのこと? うん、もう大丈夫だよ」


私は、本当にゲンキンだ。

席を外したことに、彼が気付いてくれていただけで嬉しい。

まさか、気付いていたとは思わなかったから、余計にそう思うのかな。



「ちょっと・・・ 空気が籠っていたから、気分が悪くなったみたいで」


それは本当の事。

お酒もあまり飲まず、煙草も吸わない私だから、

居心地が良い空間とは、お世辞にも言えない。


でも、本当の理由は別にあったけど・・・ もう、いいや。



「だからね、トイレの近くで座ってたの。

 そしたら、佐藤さんに見つかっちゃった」


井沢さんは、それを黙って聞いて、頷いてくれたけど、

彼が聞きたかったのは、それだけではなかったみたいだった。



「あいつ、結構飲んでただろう?」

「・・・? そうだね。 顔なんて、真っ赤だったし・・・」


そう返したけれど、井沢さんだってかなりお酒くさいんだから、

同じだと思うんだけど・・・。


廊下の奥は照明が届かずに薄暗く、二人がいる場所も

少し離れた上にある 「非常口」 の緑色のライトがあるだけ。

井沢さんの顔色までは、判らない。



「井沢さんも、同じくらいじゃないの? お酒くさいよ?」

「・・・ だから、話を逸らすなって」


私を囲うようにして、彼が顔を近づけた。

陰になってしまって、井沢さんの表情が見えなくなる。



「お前に “悪さ” しなかったかを、聞きたいんだよ」

「悪さ・・・ って」


聞き返しながら、彼が何を聞き出そうとしているのが解った。


解ったけれど・・・

暗すぎて、彼の顔が見えない。


でも、

それがとても近い位置にあるのだけは、はっきりと判る。


彼のネクタイの先が、私に触れたから。


その瞬間、私は反射的に彼の胸を押し返していた。



「・・・ そんな事言うんなら、

 そこまで気にするなら、私の隣にいてよ・・・!」


押し返しながら、心半分の事を口にしていた。


本当は、そんなことが言いたいんじゃなかったのに。

こんなの、ただの八つ当たりだよ。



想像以上に、彼は私に迫っていた。

あともう少しで、彼の重さを感じる程の距離だった。


胸がドキドキするのと同時に、怖さで足が竦みそうになる。



「・・・ 先に戻ってるね」


私は、その場から逃げ出した。



井沢さんの退社が決まってから、

彼は急に、私との距離を詰めてきているように感じていた。

たまたま、だったのか・・・

私の思い過ごしだったのか・・・


“彼との距離” が恥ずかしかった事の他に、もうひとつの理由がある。


数ヶ月前の、飲み会の帰り道のこと。

酔った若い男性に、絡まれた。


その時とよく似た状況で、思い出して怖くなった・・・

なんて、言えるはずがなかった。



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