【155】彼と親友の優しさ | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


個室に戻ると、真っ先に、まっちゃんが駆け寄ってきた。



「具合は平気なの!? ・・・ ほら、ココに座って!」


言うなり、席に連行される。

しかも、そこは若者が集まっているソファ。


ふと、佐藤さんと目が合ってしまった・・・



「いっちゃんは? 一緒だったんだろ?」


何も知らない彼は、私の隣に移動してくるなり聞いてくる。

佐藤さんの移動に合わせて、由真ちゃんが “もれなく” ついてきた。



「とぼけなくても、いいって。

 コソコソする必要、ないんじゃねーの?」


言い逃げするように、私の反論を待たずに再び腰を上げる。

選曲予約をしていたようで、マイクを受け取っていた。



今度は、佐藤さんが座っていた位置に、まっちゃんがやって来る。

座席が目まぐるしく入れ替わって大変・・・ と思ったら、



「はい。 これでも飲んで。」


氷が浮いたグラスを差し出した。

わざわざ頼んでくれたらしい、ウーロン茶。


面倒見が良いというか、周りを良く見ている、

とてもしっかりした、優しい子。

そんな彼女に、私はいつも頼ってしまう。



「うん。 ありがとう!」

「・・・ で、井沢さんはどうしたの?」

「さあ・・・。 トイレじゃないのかな」


今、話すことじゃないし、濁してみたけれど・・・

「ふうん」 と言った彼女は、さっきの事だと前置きをして

こんな話をしてくれた。



「椎名ちゃんが出ていってからさ、井沢さんに聞かれたよ。

 “あいつ、何処に行ったか知らないか” って」


まっちゃんは、「ゴメン」というように手を合わせて見せて、



「それがさ、私、出て行ったの全然気付かなくて・・・。

 “遅い” って、井沢さんも出て行くから、何事かと思ったよ。

 ・・・でも、あの人に任せておけばいいや~ってね」


あとは、私がいない間に、こんなことがあった・・・など、

楽しく聞かせてくれる。


でも・・・

私は、井沢さんが気になって仕方がなかった。


( なんてこと、しちゃんたんだろう ―――・・ )


本当に気にしてくれていたのに、八つ当たりの揚句

突き放してしまうなんて。

同じことを繰り返していると、後悔ばかり・・・。



私が戻ってから、十分くらいが経っただろうか。



開いた扉に顔を上げると、井沢さんが戻ってきた。

彼の顔を見て、安心する私がいる。


もう、今はどうにもならない。

謝るにしても、二次会が終わってからか、

それとも、明日以降になるのか・・・。


ソファを見渡せば、黒田さんの近くが空いている。


ううん。

もう、ヤキモチは止めよう・・・

私が極力見なければ、意識的に気にしないようにさえすれば、

多分、全てが丸く収まる。


頭を冷やさないとダメ。

違う事を考えないと・・・。

それか、石田さんや城山さんがいる、向こうに席を移動して・・・



「・・・――― は?」


もうひとつのソファに目を移していたら、

まっちゃんが変な声を上げた。


反射的に顔を戻せば、彼女の前に、井沢さんが立っている。

彼を、意味が解らないという顔で見上げる、まっちゃん。


その向こう・・・ まっちゃんの隣に座っていた佐藤さんも、

驚いたように井沢さんを見上げている。


“どうしたの?” と聞く前に、

まっちゃんは、少しニヤけて立ち上がった。



「はいはい。 邪魔者は、どきますよ~」


私に軽く目配せをして、まっちゃんが黒田さんの隣に移動した。

そして、井沢さんは、まっちゃんが空けた場所・・・

私の隣にドッカリと座る。



「なんだ。 結構やるじゃん」

「・・・ うるせーよ」


佐藤さんの冷やかしをスルーした彼の様子は、

以前にも何度か見た、戸惑うような感じではなくて、

むしろ、怒っているような雰囲気にも見えた。




・・・――― それにしても、

さっきの状況から考えて、ものすごく気まずい。


私がそれまでに経験した中で、一番の気まずさ。


お酒が入っていなければ、

こんなことには、なっていないはず。


井沢さんが気にしていた、佐藤さんのことだって、

確かに馴れ馴れしいというか、気さくな人には違いないけど、

酷い事をするような人ではない。


そりゃあ・・・

大切な彼女がいる上で、由真ちゃんとはどういう関係なのかは

私には解らないけれど。



職場の同僚がいる中で、あんな態度を見せてしまったら、

井沢さんと私は “そういう関係” だと、みんなが思ってしまうはず。


“気まずさ” が先行する、私の気持ちを察してか、

彼は普通に声を掛けてきた。



「それ、お前の?」

「えっ? あ、うん。 そうだよ」

「ちょっと飲ませて。 喉乾いた」


彼が指していたのは、さっき受け取ったばかりの、ウーロン茶。

私は頷いて、テーブルに置いていたグラスを手に取った。

氷が溶けかけて、グラスに付いた水を、ハンカチで拭く。


彼にグラスを渡して、 「あれ?」 と思った。



「髪と上着、濡れてるよ? どうしたの?」


前髪に少しと、ジャケットに水を弾いた跡がある。

ゴクゴクと半分くらいを飲んで、テーブルに戻す。


井沢さんは、私の視線で理解したようで、濡れた前髪を直した。

ジャケットも、手で軽く水滴を払う。



「さっき、顔洗ってきたから」


“さっき” に、思わず反応してしまう。

後で蒸し返すよりも、今の方が流れとして良いはず。

謝ろうと顔を上げたら、騒がしい室内でも聞こえるように、

彼は少し身体を私に向けて ―――



「変なことを言ったり・・・ 悪かった。

 俺、どうかしてた・・・っていうか、マジで変だった」

「違うよ! 私だって ―――・・・」

「お前は、何も言わなくていいから。 俺にだけ、謝らせろ」


有無を言わせない表情を見せる。

その優しくも強い眼差に、私は素直に頷いた。

.
.

あの時、井沢さんが、まっちゃんに言った言葉。


「席、替わって」


それしか言わないから、最初は意味が解らなかったと、

後に彼女は笑って教えてくれた。



私の隣に座ってから、送別会がお開きになるまでの時間、

井沢さんは、ずっと席を動かなかった。


佐藤さんを含めた、数人からの軽い冷やかしにも、

数をこなして慣れたのか、華麗にスルーでやり過ごしている。



“ そんな事言うんなら、

 そこまで気にするなら、私の隣にいてよ! ”



私が言ったことを、真に受けて?


・・・ まさか、ね。




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