【153】ふたつの恋模様 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


( こんなことしていられない! ・・・ 戻ろう! )


もう一度、自分に気合を入れて立ち上がろうとして・・・

階段を下りてくる靴音が聞こえた。


カラオケボックスには、私たちの他にもお客さんがいるから、

職場の人とは限らないけれど、私は音をたてないように、

人が去るまで、その場にじーっとしていた。


トイレから出てきて、階段を上がるのと入れ替えで、

また人が下りてきた。


タイミングが上手く合わない・・・。


それに、いい加減、足が疲れてくる。

立ち上がって、壁に凭れた。

薄汚れた天井を見上げて、溜息をつく。



靴音が、トイレから出てきた。


・・・ ―――― と、思ったら



「なんだ! こんなところにいたのか」


ヒョッコリと顔を出したのは、井沢さん・・・

ではなくて、佐藤さんだった。



「どした? 具合、悪いのか?」


少し、心配そうな顔をしてくれる。

まさか元気だとも言えず、頷いてしまった。



「うん。 ちょっとだけ・・・。

 でも、そろそろ戻ろうと思ってたところだから」

「そうか? あんまり無理すんなよ」

「うん。 大丈夫だから」

「お前、長い事帰ってこないから、まっちゃんとか気にしてたぞ」

「え・・・! 黙って出ちゃったから・・・。 ゴメンね、佐藤さん」

「いやいや。 無事なら、それでヨシ」


誰にでも、フレンドリーな佐藤さん。

心配顔から一転、いつもの意地悪な佐藤さんに戻って、

髪をグシャグシャにされる。


ブツブツと言いながら、髪を手櫛で直す私を笑いながら、

「ほら、戻るぞ」 と、階段に促した。



あちこちの個室から、歌声が漏れてくる。

さっきまで自分がいた場所の、雰囲気を思い出した。


佐藤さんに続いて、階段を上っていく。

彼のお陰で、自然に戻れそう。


( 良かった、本当に助かった・・・ )



「椎名ちゃん、見つけたぞー」


佐藤さんが、前に向かってそんなことを言い出した。



「コイツ、ずーっと便所に籠ってやんの」

「ヘンなこと言わないでよっ!」


冗談交じりに言う佐藤さんに、後ろからツッコミを入れる。

個室の前に、まっちゃんがいるのかと思って、

ヒョッコリと顔を覗かせたら ―――・・・


井沢さんが、廊下に立っていた。



「いっちゃんもな、すっげー探してたぞ。 お前のこと」

「・・・ そんな事、あるはずないでしょっ!」


言い忘れていたとばかりに、ニヤニヤと笑っている。

背中に軽く、パンチをお見舞い。

いつものノリで、佐藤さんにお返しをした。



・・・――― と、



バターン!!


「佐藤さんっ!! 何処に行ってたのー!?」


個室の扉が、勢いよく開いて、由真ちゃんが出てきた。

佐藤さんの腕に、飛びついてくる。


酔っているようで、いつもに増して積極的な由真ちゃん・・・。



「あっ! 椎名ちゃん、やーっと帰ってきた~

 ほらほらー! 佐藤さん、早く早く~」


私に目を向けたと思ったら、もう佐藤さんに戻っていて、

そのまま彼を引っ張って、中に戻っていく。


その二人と入れ替わるように、今度は、石田さんが出てきた。

階段を下りて行ったから、トイレだろうと思う。



そして、扉が閉まると、また少し静かな廊下に戻る。


個室の扉は、真ん中が縦長のガラスになっていて、

部屋の中が見える。



「なんか・・・ 今日の由真ちゃん、スゴイね」


井沢さんも、由真ちゃんが佐藤さんを・・・と気付いているから、

そんなことを呟いた。


扉の向かいには、若い人たちが集まった席。

佐藤さんと、由真ちゃんが楽しそうにしてる姿が見える。



( ああ、そっか。佐藤さんが見えたから、飛び出したのか )


扉のガラスを見て、佐藤さんの帰りを、じっと待っていたのかな・・・

想像してみると、可愛らしい感じがする。




「・・・――― か?」


井沢さんが、何かを言った。

でも、個室から漏れ聞こえてくる、叫ぶ感じの歌声で、かき消される。



「えっ? なに・・・?」


全然聞こえなくて、彼に近づく。

・・・ が、

目を上げた井沢さんは、階段を上がってくる人に気付いて、

私の手を取った。




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