☆毎日更新中
前回
は、
私の相方となる富士山レンジャーと初対面したものの、
文科系としてはパーフェクトともいえる男性だった
というところまでお話しました。
それでも、人は見かけによらないからと思い、
車の中でこっそり、その男性の応募書類をのぞき見します。
すると、
登山経験の欄には、
驚愕の文字が書かれていたのです。
小さい頃、遠足で磐梯山(ばんだいさん)に登りました。
・・・・・・・・・・・・・・。
「えー!????」
平静を装ってはいましたが、
心の中では悲鳴を上げていました。
「完全な初心者じゃないか!!!」
「なんでこの人が雇われたんだ???」
よくよく話を聞いてみると、なんと、
応募があったのはたった二人
だったそうです。
つまり、
合格率100%
だったのです。
私は、
厳正なる選考により合格したわけではなかった
のです(笑)
全く人のことは言えませんが、
この文科系男性が合格したのも、これで納得です。
本来、これだけ好条件の仕事だったら、
山好きな人を中心に応募が殺到していてもおかしくない
はずなのですが、
募集の仕方があまりにも小規模すぎた
ことが、人が集まらなかった原因だったようです。
ともかく、
これから3週間は、
文科系の彼と一緒に仕事をすることになったわけです。
車はそのまま、富士山五合目に向かいました。
途中、少し話を聞いたのですが、
文化系の彼・N君は、
地元山梨県の大学に通う2年生で、
当時大学4年生だった私の3つ年下。(私は一浪してますので)
理科サークルだか英語サークルだかに入っている、
とのことでした。(やはり文科系でした)
やがて、車は、
吉田口の富士山五合目(標高2300m)
に到着。
3週間分の荷物を抱え、
山梨県職員のGさんを先頭に、
六合目(標高2400m)に向かいます。
空身のGさんは容赦なくハイペースで登っていき、
約30キロのザックを背負っていた私は、
ついていくのがやっと。
なぜこんなに重くなったのかというと、
ノートパソコンとか意味不明なものが
入っていたからです。(一体何に使うつもりだったのでしょうか)
もう一人の富士山レンジャーN君にいたっては、
ボストンバックでした。
そして、
登山は小学生の遠足以来、という彼は、
かなり遅れ気味になってしまっていました。
そして、
約30分後。
六合目(標高2400m)安全指導センター
に着く頃には、
二人そろって汗だく。
さらにこの後、汗だくの私たちに、
非情の指令が。
前途多難な3週間が始まりました。
続きは明日 です。
※これは13年前の話であり、現在の安全指導センターや富士山レンジャーとは運営主体も業務も異なり、何の関係もありません。

人気ブログランキングへ