きのう、私の心の声をブログに書けたおかげで気持ちが楽になりました。
ありがとうございます。
私は幼少の頃に、父の入院6年間の年月を過ごした経験があります。
当時、いまのような基準看護なんて無く、医療行為以外は家族もしくは付き添いの人が世話をするのが普通でした。
小学校の授業が終わると、ほぼ毎日病院に通いました。
寝泊まりもしたし、父のオムツも交換したし、リハビリは毎日指1本を動かすところから始め、立たせるところまで。
母は右手、私は左手と…
父はどんな気持ちだったのでしょう。
身体中の関節を稼働させ、車椅子に乗せ院内を移動するのが日課で、お天気の良い日は、外に車椅子を押し、散歩も行きました。
病人がして欲しいと思う前に、どんどん母と私はいろんな事をルーチン化してお世話をしていました。
母は父の回復を信じていたのでしょうか。
寝たきりの父でしたが、どの関節も変形せず、きれいに動きました。身体中のどこにも床擦れもできず、医師や看護師さんに驚かれました。
ただ、これは、母は仕事をせず私も生活の全てをつきっきりで父の看病に使ったから出来たことなのです。
普通は有り得ません。
父は話せなかったので、希望に沿わない事もされるがままでしたが(^-^;
(いえ、目でうったえていました、いろいろ(^-^;)
なので、私の看病に対しての考えは、ひとより厳しいのかも知れません。
やって欲しいと言ってもらえるなんて、あの頃の私にしてみれば、すごい事なのです。
父が亡くなった時、悲しかったですが、やり切ったと思ったのも正直な気持ちです。
本当は、母が偉かったのです。
私は子供でしたから、窮屈でしたが、遊びに近いものもあったように思います。
きのうの王様…ブログでガス抜きさせていただけたので、また、ばぁーんといきますよ(笑)
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