既にアップした、豊かさを受け取っていた事と私なりのお金との付き合い方 の続きです。
このお話をアップして、コメントを頂きましたし、個人的にメールを下さった方もおられました。
ありがとうございました。
前回、「こう書くと、きっとお金に苦労していないからだと思われるかもしれませんが、実は、お金持ちと貧乏の両方を体験しています。」と書いていました。
どういう事かというと、父は会社を複数経営していたのですが、ある日、全てツブしました。
私が赤ちゃんの頃の父の写真を見ると、全身華麗なるギャツビーのような服装で写っているものがあります。(顔はハンサムではないですが。)
また、幼稚園の頃、うちにしかないテレビを、近所の人達が大勢観に来ていたのを覚えています。(当時、テレビはまだまだ珍しかったのです。)
きっとリッチだったのだろうな、と思います。
さて、会社をツブした頃も幼稚園くらいだった私は、そんな事は全く知らされず、何だか父が毎日家にいていいな、と脳天気に思っていました。
きっと母は、色々とやりくりをしてくれていたのだと思いますが、子供には苦労を見せなかったのですね。
今思えば、お米が高いから粉を買ってお好み焼きを焼いたりと、家事を工夫してくれていたのではないかと思います。
お好み焼き、楽しく焼いて、全然オッケーでした。
昭和の時代ですね (=^・^=) 歳がバレます。
そして、成長して知ったのは、父は、実は、何かの研究をしたくて、自ら会社を閉じたのだという事。
他のものを手放してひとつの事にフォーカスする私の職人気質、研究者気質は、もしかしたら、父親譲りなのかもしれません。
それにしても、よくも母は、そんな大変な事をOKしたものだと思います。
運よく研究の成果を得ましたが、父は元々お金に無頓着で、以後も、困った人に貸したり、あげたり、火事になった工場に請求しなかったり、遺産相続を放棄したり、といった人でした。
母の話では、火事になった工場の本社は大企業で親会社が何とかしてくれたでしょうし、先祖の土地を切り刻みたくないと相談されて遺産放棄した土地は売られて、広大なゴルフ場になったそうです。
「もらえるものだったんだから、もらっとけばよかったのに。本当にお父さんはお人好しだから。」と、大人になった私に、母がこぼしていたのを覚えています。
でも、母が亡くなった後、書類を整理していたら、何枚もの振込用紙が見つかりました。
私があげていたおこづかいを、母は自分の為には使わず、母と私の名前で、複数の慈善団体等に寄付していたのです。
ちょっと個人レベルではあり得ない額で、母にそのような面があった事に驚きました。
阪神淡路大震災を経験したので、何かしら、芽生えたものもあったのかもしれません。
また、時々、浮世離れした事を言っていましたので、家系的な何かしらの在り方があったのかもしれません。
結果的に、使い道のなかった私のお金は、母を介して、何らかの役に立ったわけですね。
母は、父と同様、微細な世界を感じ取る人でしたが、普通の平凡な主婦で、特に立派な人間ではありません。
でも、「今の時代は、女だから結婚して子供を産まなければならないとか、どうこうという事はない。人にどう言われようと、自分の好きな事をして生きていきなさい。私が死んだ後も、絶対あんたを守るから。」「人の痛みが分かる、優しい子になりなさい。」そんな事を幼い時に言われた事を、今も覚えています。
独立性の強い変わった子供だったので、きっと子離れ(あきらめ(=^・^=) が早かったのでしょう。
ハートサポートシステムの3階踊り場の窓辺の小物
今、成長して、お金に対する向き合い方、豊かさに対する個としての態度や考え方には、親の影響が少なからずある事を感じます。
素晴らしいとは思いませんが、少なくとも、子供である私の眼を真正面から見れないような、この世界で言うズルい事はしなかった、そんな親でした。
そんな父母の影響か、お金に対する特別に良いイメージも悪いイメージも、良い問題も悪い問題も、ありません。
もっとたくさん、もっと大きく、といった思いもありません。
誰かのものというよりも、お金とは、空気のように動くもの、流れるもの、のような印象もあります。
誰かのお金をごまかして盗った人から、後悔と罪悪感の気持ちを打ち明けられた事を、大人になってから母から聞いた事があります。
その人は、不正な事をして手に入れたお金が、雨に濡れた道路に貼りついているのを拾い、1枚1枚ガラス窓に貼って乾かしたのだそうです。
その後、その人の子供が、こども銀行のお札をわざと濡らし、ガラス窓に貼る一人遊びを、その事を見てもいないのにしていた時、ゾッとしたというのですね。
二元性世界のカルマ、因果応報の何かが、働いたのでしょうかね。
その話を聞いた私も、ゾッとしたのを覚えています。
お金がたくさんあって、どうやって使っていいか分からない人がいます。
生まれながらにお金がありすぎて、何をしても人生に退屈している人もいます。
大きくなりすぎた会社を売って、自分探しの旅をしている人もいます。
一族の仕事をさせない為に、多額の仕送りをもらって海外生活をしている人がいます。
お金がない事で、悲しい結末をむかえる人もいます。
お金が全てではないけれど、お金がなかった事が悲しい結末の理由になった、そんな事も、この世の中には沢山あります。
今は我慢して一生懸命働いて、老後は田舎で自給自足、好きなモノ作りをしてゆっくり生きたいと言う、大会社の重役さん。
かと思うと、若い頃からずっと海外でボランティアをしていた、地位もお金もない人が年をとり、田舎で自給自足し、好きなモノ作りで稼いでと、昔も今も好きな事だけをしている友人達もいます。
好きな事をして生きる事を、大変だと思う人。
楽しい老後の為に、今我慢しようと思う人。
お金がある事で、苦しんでいる人。
お金がない事で、苦しんでいる人。
こちらは2階トイレに飾っている石や人形等
人生の形、豊かさやお金に対するイメージ、人それぞれです。
そこには、客観的な正しい答も、優劣も、良い悪いもありません。
ただ、そこに、当人の気持ちが入っていて、その背後にはその人なりの体験の歴史があって、時には家系の体験の歴史もあるのかもしれません。
そして、歴史とは、過去の事。
時間軸にそって進む二元性世界では、変化する可能性は、いつだってあるのです。
本気の決意と同時に。
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