「あのはなのそばに

   いってはいけない。
   さわったらそのどくでしんでしまう」

 

おかあさんはそういいました。

 

 


そのはなはとてもきれいでした。

 

ちかくにいってよくみたい

さわりたい

においをかぎたい

おへやにかざりたい

 

そうおもいました。

 

だけど、しぬのはこわいので

わたしはそのはなのそばに

いきませんでした。

 

それでも

とてもきれいなそのはなのことを

わすれられませんでした。

 

 

 

 

あるひ、ちょうちょが

そのはなにとまって

みつをすっているのをみました。

 

おかあさんにききました。

 

「ちょうちょが

   あのはなのみつをすっているよ。

   ちょうちょはしなないの?

   ほんとうはちかくにいっても

   へいきなの?」

 

おかあさんが

こわいかおでいいました。

 

「ちょうちょはいいんだよ。

   おまえはだめ。

   ちかよったらしぬの。

   おかあさんだってちかよらないんだ。

   あれはもうどくのはななんだよ」

 

よくわからないけれど

とってもかなしくなりました。

 

それからわたしは

そのはなのことを

かんがえないようにしました。

 

 

 

月日が流れ

私は結婚し

一児の母になりました。

 

ある日

母が重体との連絡が

入りました。

 

急いで病院に駆けつけると

すっかりやせ細り

たくさんの管につながれた母が

ベッドに横たわっていました。

 

母は私の顔を見て言いました。

 

「私は本当は

   あの花が欲しかったんだよ」

 

「そうだね、とってもきれいだものね。

   だけど近寄ったら

   死んでしまうんだものね」

 

私がそう答えると

母の目に涙がみるみるうちに

溢れてきました。

 

「お母さんは

   あの花が欲しくて、欲しくて

   だけど絶対に欲しがってはいけないって

   思ってたんだよ」

 

「そうだね、猛毒の花だものね。

   私も子供の頃はとっても欲しかったよ」

 

「違う、違うんだよ。

   本当は猛毒なんかじゃないんだよ」

 

母は泣きじゃくりながら

言いました。

 

「ごめんね。

   あの花に近寄ったら死ぬなんて

   嘘をついてすまなかった。

 

   お母さんね

   あの花が欲しくて

   摘んで帰ろうと思った時

   お母さんにね

   怒られたんだよ。

 

   そんなもの欲しがって生意気だって。

   お前はあの花を持つ価値なんて

   ないんだって。

 

   お母さん、悲しくてね。

   もう一生あの花のそばに

   行っちゃいけないんだと

   思ったんだよ。

 

   だからお前にも

   あの花に近づくなって言ったんだ。

 

   本当にごめんよ。

 

   お母さんが死んだら

   お前はあの花のそばに行って

   摘んで帰っておいで。

   何もこわいことは起こらないよ」

 

そう言って

大きくひとつ息をすると

母はこの世を去ったのです。

 

私は呆然としていました。

 

母が亡くなったことと

母が言い残したことで

何もかもがよくわからなくなり

頭が真っ白になりました。

 

 

 

母の四十九日が過ぎ

私は幼い頃に

考えるのをやめた

あの花のことを考えていました。

 

考えるのをやめたけれど

本当は心の奥に

ずっとあったのです。

 

いつもいつでも

あの花が欲しいと思っていました。

 

私の娘にも

あの花を摘んで見せてやりたいと。

 

 

 

私は

記憶から消し去った

けれど本当はいつでも心にあった

あの花のそばに行きました。

 

花は昔と変わらず

とてもきれいに咲いていました。

 

顔を近づけると芳しい香り。

 

しばらくその花を眺めた後

そっと手を伸ばして摘みました。

 

 

 

私は生きていました。

 

花のそばにいっても

花に触れても

私は生きていました。

 

 

 

花を摘むと

たった一輪だけ

咲いていたはずのその花が

周りにも咲き始めました。

 

私は夢中で花を

次々と摘みました。

 

摘めば摘むほどに

花が辺り一面に

どんどん増えていきます。

 

私は摘んだ花を抱えて走りました。

母のお墓に。

 

そして

猛毒の花の花束を

母の墓前にそなえました。

 

「お母さんが欲しかったのはこれだね。

   もうお母さんのものだよ。

   私もこれを手に入れたよ。

   お母さん、ありがとう」

 

母が死んで

初めて泣きました。

 

やさしい風が吹き抜けました。

 

 

 

その花の名は

 

「幸せ」

 

といいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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