なぜか、
失った恋の喪失と焦燥の中にいます・・・
・・・という方が、多かった気がします。
もちろん、その背景や状況は、
それぞれに全然違うのですが。
ワタシは、基本的には、
そういう時は、
今後どうすれば・・みたいな事考えたり、
その痛みをなんとか無くそう・・とするより、
じっくりその痛みを受けとめて味わうこと
が、何より大切だと 思ってるので、
対処法を探ったり、解決しようとしないで、
なすがままに、放っておくのが一番だと、
思ってます。
だからブログにも、あまり失恋がテーマの記事は 少ないのであります。
余計なお世話になりますからな・・。
で、昨日
恋愛にはまったく関係のない記事なのですが、
大好きなボディーワーカーのひとり、
この人のこの記事に、深く感銘を受けまして。
高橋大輔という人~いかんともしがたいことを受け入れる事によって起こること。
和葉さんの記事には、いつも本当に本質的で、
ジャンルを超えて感じさせてくれるモノがありますが
今回も、しみました・・。
高橋大輔選手・・いい顔になったよなあ・・・
写真は和葉さんのブログよりお借りしました。「いかんともしがたいことを受け入れる」局面というのは、
トップアスリートだけではなく、
ワタシ達にも、日常的にあてはまる話で。
努力と根性と、精神力で、
成し遂げることができたという 成功体験がある人ほど、
逆に、
「それら」では、どうにもできない局面を
迎えた辛さというのは
それこそ、
いかんともしがたいものがあるはず。
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恋愛や結婚に関することの中にも時々訪れる、
「いかんともしがたいこと」。
もうそれを、受入れるしかなかった・・というような失恋とか、
どんなに思っても、叶わなかった恋・・とか。
その直後は、
「あとは流されてどうにでもなれ。どうせ私の望みは叶わない」
みたいな、諦めの気持ちにもなるかもしれない。
でも、そうやって絶望して、
「いかんともしがたいこと」を受入れた経験の先には、
必ず「希望」が、生まれるモノなのだ。
その「希望」は、とても優しくて、
今まで知らなかった、見た事もなかった風景・・のようなものだったりする。
そして、そういう経験をした人は、
和葉さんの記事から抜粋させて紹介させて頂くと、
前より自分の人生をずっと愛しているっていう
そんな温くつつむような空気を持っている、
・・・のだよね。
そういう魅力が身についちゃう。
だから、もし今、恋の喪失の中で、
諦めの境地・・?になってる人には、
和葉さんの記事の中の、この言葉を贈りたい。
あきらめるって、敗北ではない。
自分が立っている位置を静かに抱きしめるようなそんな、
痛みのあとの優しいプロセスがあるのだと思う。
和葉さんの言う「痛みのあとの優しいプロセス」は、
その局面をくぐり抜けたからこそ、見る事が出来る、
美しく優しい風景。
たとえ今は見えなくても、
「その景色を見に行こうじゃないの」・・と思う事が、
すでにもうひとつの希望だったりする。
と、ワタシは思っているのです。