$映★画太郎の MOVIE CRADLE


降旗康男監督、高倉健主演の『あなたへ』。

出演はほかに田中裕子佐藤浩市長塚京三大滝秀治原田美枝子ビートたけし草なぎ剛余貴美子綾瀬はるか根岸季衣浅野忠信岡村隆史などそうそうたる顔ぶれ。

ほんとにチョイ役でしかない人もいるけど、でもおそらくこの映画にかかわった俳優たちにとっては自分が「高倉健」といっしょに映っている、ということが大事件であり、誇りでもあるのだろう。

第36回モントリオール世界映画祭でエキュメニカル賞特別賞受賞。



富山の刑務所で嘱託の指導技官をしている倉島(高倉健)は、1年前にガンで亡くなった妻・洋子(田中裕子)の遺言で彼女の故郷・長崎の海に遺骨を散骨するために車で旅に出る。旅の途中で出会ったさまざまな人々との交流があり、たどりついた港町で倉島は亡き妻が残した絵葉書から彼女が夫に伝えたかったことを知るのだった。


ある年代の人たちにとっては、「ケンさん」といえば松平健でも渡辺謙でもなく高倉健である。

僕はリアルタイムで高倉健の仁侠映画を観ていないし、80年代以降物心がついてから映画を意識的に観はじめるようになっても彼の出演した映画をまともに観たことはほとんどなかった(『南極物語』は親に連れられて観に行った)。

『駅 STATION』『夜叉』など、特に80年代に撮られた降旗監督と組んだ作品のタイトルはなんとなく知ってはいたけれど。

健さんがマイケル・ダグラスとともにヤクザと戦うリドリー・スコットの『ブラック・レイン』は好きな映画ですが。

健さんが中日ドラゴンズの監督に扮したフレッド・スケピシ監督、トム・セレック主演の『ミスター・ベースボール』(当時エキストラを募集していた)も、TV放映かなにかでチラッと観たきり。

僕が自分で映画館に高倉健の主演映画を観に行ったのは1999年の『鉄道員(ぽっぽや)』が最初で、今回はそれ以来(その後撮られた『ホタル』も『単騎、千里を走る。』も未見)。

すこし前に「撮影中」という情報がTVで伝えられていて、興味はそそられたものの、なんとなく地味そうな映画だなー、と思っていた。

まぁ、地味な映画なんですが。

今回、一足先に観たという母が「安心して観ていられる映画だった。なかなかよかった」といっていました。

たしかに世のなかには安心して観てられない映画もいっぱいあるからねぇ。

「あの監督さんは有名な人なの?」と監督にも興味を示していた。

有名かどうかはわからないけど、ヴェテランですわな。『鉄道員(ぽっぽや)』の監督さんだよ。

じっさい、最近観た映画のなかでは、すべてにおいて安定感のある作品でした。

安定感がある、というのは、全体的に落ち着いた雰囲気、というのもあるし、物語自体が変に劇的な奇をてらったものではなくて地に足が着いているということ。

現実にありえないような展開はないし、それでいてほんのすこし映画的な起伏もあって。

登場人物たちはけっして大仰に泣いたりわめいたりせず、キャメラは寄りすぎず動きすぎず、音楽もとてもひかえめでありながらつねに映画に寄り添い、役者の芝居の邪魔をしない。

その塩梅がじつにいい。

それって「地味で退屈」ってことじゃないの?って思われるかもしれないけど、でもそうじゃないんだなぁ。

地味で退屈な映画はこれまでにいっぱい観てきたから、それらとの違いはハッキリわかった。

地味だけど退屈ではない。

ひさしぶりに邦画でちゃんとした俳優の“芝居”を観た気がしました。

ただ“芝居”といっても、いま書いたようにいわゆる見るからに「熱演」というんではなくて、出演者の誰もが肩の力を抜いたように自然な演技でいながら見せるべきところはきっちり見せる。

これは演者たちの力とともに、あきらかに監督の演出の腕のたしかさによるものだ。

出演者は健さんや大滝秀治のような年配の大ヴェテランや実力派の大人の役者たちが脇を固めているが、綾瀬はるかや三浦貴大三浦友和山口百恵の息子)など若手もいるし、そのアンサンブルがとても巧くいっている。

これはここ最近のほかの邦画とくらべても特筆すべき演出力ではないだろうか。

それはやるべきことをきっちりやっているから。

いまはそういう映画がなかなかないから、僕の母親もあえて「安心して観ていられた」といったのだろう。

では、どんなところがほかの映画と違ったのだろうか。

内容をつらつら思いだしながら感想を書いていこうと思います。

以下、『あなたへ』および『鉄道員(ぽっぽや)』のネタバレあり。



これは妻を病気で亡くした老夫が彼女のふるさとにむかうロードムーヴィーである。

高倉健が車を運転して旅する映画だとは思ってもいなかったんで、最初は戸惑いすら感じたのだった。

だって高倉健さん、御年81歳ですよ。クリント・イーストウッドよりもわずかに1歳若いだけ。

そりゃ手のシワなんかを見てるとそれなりにお年を召してらっしゃるのはうかがえるけど、孫みたいな年齢の草なぎ剛から「話を聞いてくれそうだと思った」と慕われるような、こんな80代ちょっといない。

それと、この映画の健さんはしゃべり方がぜんぜん老人っぽくなくて、まるで青年みたいなのだ。

田中裕子演じる妻の洋子に話しかけるときも「君~なの?」という口調だったり、「早く良くなってよぉ」と甘えるようにいったりして。

それがまたとても自然で。

高倉健という俳優さんについては「自分は不器用な男ですから…」みたいな(とんねるずのTV番組でやってるモノマネのような)いつまでも堅苦しい物言いの人っていうイメージを勝手に抱いてたんで、この映画のなかでたまにフッとみせる軽やかな演技にけっこう意表を突かれたのだった。

撮影所のたたき上げのヴェテラン監督の新作映画で新鮮な気持ちになることってあまりないから、なんだか嬉しくなってきた。

たとえば倉島と長塚京三演じる後輩・塚本とのやりとりや、独り身になった倉島を案ずる長塚京三・原田美枝子の夫婦とのビールの注ぎあい、佐藤浩市と草なぎ剛が演じる食品販売員たちとのふれあいなど、そのなんてことない芝居に流れる情感。リアリティ。

ああいう場面を観るたびに、やっぱり映画は「演出の力」なんだと痛感する。

食堂の娘を演じる綾瀬はるかの初々しさ。

僕は彼女の主演映画はここ最近観てないし観る予定もないけど(『アッコちゃん』のコスプレはイイな~と思いますが)、この映画の後半にちょっと出てくる綾瀬さんにはときめいてしまった。

こんな娘が働いてる食堂があったら毎日通っちゃうよラブラブ

何度もいうように、別に「熱演」じゃないんです。演技がものすごく巧い、というわけでもない。

でもみんなが誠実に演じているのが伝わってくる。

見た目の妖怪度がさらに増してる大滝秀治(失礼極まりないな)も、なんかもう死んだおじいちゃん思いだしたりなんかして、いるだけで泣けてくるし(※ご冥福をお祈りいたします。12.10.02)。

それと余貴美子が出てる映画には名作が多いんじゃないか、なんて。

なんかさっきからベタ褒め気味ですが、ヴェテラン監督の映画だからお世辞いってるんではなくて、ほんとにちょっとびっくりしたんですよね。

その手堅さに。

かつてこれも劇場で観たおなじ降旗監督、高倉健主演の『鉄道員(ぽっぽや)』は評判がよかったし坂本美雨が唄う主題歌は好きなんだけれど、僕にはいろいろと腑に落ちないところもあったし、なによりあのラストの唐突さにはガッカリもしたのだった。




観客には広末涼子演じる少女が主人公の亡き娘の成長した姿だということはわかっているのに、高倉健演じる駅長はそれになかなか気づかないという、作劇的に巧くいってないんじゃないかと思わせられる部分が気になって、しかも死んだ娘が主人公にとって都合のいいことばかりいってくれるんで、ようするにこれって「不器用な男」の独りよがりな映画だよな、と。

自分の意味のないこだわり(利用客がほとんどいないような田舎の小さな駅での勤務)のために家族を犠牲にして、最後は勝手にくたばる主人公。

あの映画には、これまでの邦画の悪いところがいくつもみられた。

なんというか、ものすごく時代錯誤的な映画を観た気がした。

ところが、ああいう「黙って背中で語る男の身勝手な美学」みたいなものが、今回の『あなたへ』にはなかったのだ。

またこの映画には、『鉄道員(ぽっぽや)』や、あるいは滝田洋二郎監督の『おくりびと』のように強制的に涙腺を決壊させるような耳に残る旋律はない。

印象に残るのは、田中裕子が唄う宮澤賢治の「星めぐりの歌」ぐらいだろうか。

でも僕は、だからこそたまらなくこの映画をいとおしく感じたのだった。

だって高鳴る感動的な音楽がなくても(じつはバックには林祐介によるシーンに見合った見事な音楽がちゃんと流れているのだが)、人々の日々の営みに心打たれるのだということを静かに教えてくれたから。

おなじ監督・主演の映画でもこんなに演出が違うんだなぁ、って。

この映画には、ここ20年以上にもわたって特にメジャー系の邦画に蔓延してきた、本篇の余韻をぶち壊すようなタイアップ曲もない。

カスみたいなタイアップ曲のせいで作品の質をいちじるしくおとしめられた映画がこれまでに何十本あったことか。

幸い、この『あなたへ』はそれをまぬがれていた。

劇中やエンドロールで使われる音楽へのこだわりだって、「演出」のひとつだ。

登場人物の演出に関していえば、佐藤浩市演じる南原の正体を倉島がいつ気づいたのかはハッキリとは描かれていない。

でも観客は南原が倉島に漁師を紹介した時点で彼があの港町となにかかかわりがある人物だということはわかるので、いわずもがなのことをわざわざ語る必要はない。

このあたりも『鉄道員(ぽっぽや)』とはずいぶん違っている。

それからこの『あなたへ』では、死んだ人が幽霊になって姿を見せたり主人公に話しかけたりはしない。

亡き妻の描写はすべて主人公の回想である。

死んだ人が生前なにを考えていたのか、本人が語っていないことはいまとなってはたとえ伴侶であってもわからない。

だからこそ、倉島は妻の真意を測りかねて旅をしながら考えつづけるのだ。

田中裕子のいい感じに年をとったその顔を見ていると、この一見地味な女性に惹かれた主人公の気持ちがよくわかる。

この女優さんが、昔はちょっとコケティッシュでエロティックな魅力を振りまいていた人だということを知ってると、なおさらグッとくるものがある。

この夫婦には子どもがいない。

子どもがいない夫婦は「父親」や「母親」という役割を経ていないので、年をとってもたがいにどこか若いままなところがある。

そんな感じがこの高倉健と田中裕子のふたりからよく伝わってくる。

グラン・トリノ』のイーストウッドの偏屈ジジィっぷりを思いおこすと、この映画の健さんの若々しさには驚嘆する。

自分の孫ほどの者たちにも丁寧に接して、人生の先輩ぶるところがない。

フランクなアメリカ人のイーストウッドとお堅い日本人の健さんじゃ、ふつう逆じゃないかと思うんだが(^▽^;)

さて、たしかに健さんのたたずまいはそれだけでジ~ンとくるんだけど、これは男が自分の哀愁に酔っている映画ではない。

主人公の倉島は自分の意志ではなく、亡き妻の願いをかなえるために旅に出る。

映画の大部分では彼は「聞き役」になって、旅の途上で出会った人々の人生の断片を観客とともにみつめる。

「旅をしているうちに、迷ってしまいました」といって浅野忠信演じる警察官に連行されていくビートたけしの姿に、ふいに目頭が熱くなったりもした。

この映画の武さんはめずらしくよくしゃべる。

最近はやたらと寡黙だったり、口を開けば「ぶち殺すぞこの野郎!!」って怒鳴ってるヤクザ役ばかり見ているので、このおしゃべりで腰の低い男(しかし最初から堅気には見えないのだが…)のキャラクターは新鮮だった。

教師をやってた、とかいってるからおもわず『バトル・ロワイアル』連想しちゃったけどにひひ

長台詞おぼえるの大変だったんじゃないかな。彼の場合はその演技を安心して見ていられないのだが(;^_^A

なんというか、演技が巧い、というんじゃなくて、ともかくけなげに一所懸命に演じてるのが伝わってきて微笑ましかったです。

この車上狙いの男が語った「放浪と旅の違いはなにか。旅には目的がある」という言葉。

彼は種田山頭火の句集を倉島に譲る。

「武つながり」でいうと、この映画の主人公の妻が病い(病気の種類は異なるが)、というところが北野武監督の『HANA-BI』を思わせなくもない。

しかし、ヴェネツィア国際映画祭では金獅子賞を受賞した『HANA-BI』については、心の病いのためか極端に無口な妻とやはり自分の気持ちをほとんど言葉に出さない夫の道行きにイマイチ僕はピンとこなくて、久石譲の音楽もやたらと鳴りまくるのがうるさく感じて「これはそんなたいした映画か?」という疑問がぬぐえなかった。

この『あなたへ』でも、たしかに夫の視点で描かれた在りし日の妻はこのうえなくはかなげなのだが、そこには無闇な感傷はなくて、ただ大切な存在であった連れ合いがいまはもういない、という事実だけがある。

そこに僕は作り手の大人の目線を感じたのだった。

これはほんとに大切な人を亡くしたことのある人が作った映画だ、と。

倉島の車に乗っていつのまにか彼に展示販売用のイカメシ作りの手伝いをさせてしまう草なぎ剛演じる田宮は、その調子のよさの裏に怖れや哀しみを抱えている。

夫を海で亡くした食堂のおかみさん(余貴美子)も、じつはどこかで夫は生きているのではないか、という想いを捨てきれずにいる。

なんでもないふつうの人々が、こうしてそれぞれの痛みを背負って生きている。


妻の「秋になっても出しっぱなしの風鈴は哀しい」という言葉が最後のシーンにも出てきて、あれはどういう意味だったのだろう、とニブい頭をひねって考えてみた。

これまでそれぞれの人生があって、晩婚だった夫。「私たち、いままで気を使って生きてきたんだな、って」といっていた妻。

そして、彼女が代理業者に局留めで郵送を委託した絵葉書に「さようなら」としか書かれていなかった遺言。

その絵葉書を読むために夫は職場をはなれてひとり旅に出た。

それは、風鈴をしまうときがきたのだ、ということを夫に告げていたのだろうか、と思い至った。

妻は10代の前半までいた港町を「故郷」だといっていた。

彼女には「かえる場所」があった。

かえる場所がない者がするのは「放浪」である。

「迷ってしまった」あの男と同様、倉島にはもはや帰る場所がない。

それは家にいる妻はもう自分を待ってはいないのではないか、と怖れているあの販売員の主任ともかさなりあう。

でも健さん演じる倉島は、絶望して妻を追ってみずから命を絶ったりはしない。

旅先で知り合い、自分に手を貸してくれた者に恩返しをして立ち去っていく。

刑務所では、ほかの誰かを使って外部に情報を流すことを「ハトを飛ばす」というらしい。

「自分はハトになりました」という倉島。


このみちや いくたりゆきし われはけふゆく  種田山頭火


これは号泣する映画ではない。

地味に、ジワジワくる映画でした。

なんだか無性に酒が呑みたくなってきたなぁ。


※高倉健さんのご冥福をお祈りいたします。 14.11.10

降旗康男監督のご冥福をお祈りいたします。 19.5.20



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