シド・バレット「テラピン」 | 牧歌組合~45歳からの海外ミュージシャン生活:世界ツアーに向けて~

シド・バレット「テラピン」


Syd Barrett
Madcap Laughs


Syd Barrett
Crazy Diamond


Syd Barrett
Opel


Syd Barrett
The Radio One Sessions

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 所謂”精神異常”をきたして一般社会から去っていく人がいる。ニーチェは「正気であることが現代における最大の戦いだ」と言ったと思うが(多分)、逆に考えれば、現代において正気な奴のほうが、実は「気狂い」なのかもしれない。


 ピンク・フロイド(Pink Floyd)に1967年までメンバーであり、初期リーダーでもあったシド・バレット(Syd Barrett)も、”精神異常”をきたして音楽界を去ったひとりだ。さて、今日は、ピンク・フロイドを脱退したあと、彼がリリースしたファースト・アルバム「気狂い帽子が笑っている(Madcap Laughs)」の一曲目、「テラピン(Terrapin)」。アコースティック・ギター一本で弾き語られる、ちょっと不気味なラヴ・ソングだ。コレを引き語ってみよう。キーはEメジャー。


【A-1】
本当に 好きなんだ  君の星座は クリスタルブルー
I really love you, and I mean you. The star above you, crystal blue.
|4/4 E |G |E |G-A|
君を想うと 鳥肌が立つ
Well, oh baby, my hair's on end about you
|D |E |A |C-G|

 1~4小節

 Ⅰ-♭Ⅲ-Ⅰ-♭Ⅲ-Ⅳ

で、Ⅰと♭Ⅲ間の短3度上昇進行がメインの動きとなっている。♭ⅢはⅥの代理(参照 )として考えれば楽理的整合性はあるのだが、このⅠ-♭Ⅲヴァンプがこの曲を奇妙な感じのものにしている。5~8小節は

 ♭Ⅶ-Ⅰ-Ⅳ-♭Ⅵ-♭Ⅲ

…。サブドミナントマイナー→トニック→サブドミナント→サブドミナントマイナー→トニックⅥ代理としてのフラットⅢ…。無理やり理論的に解釈することも可能だが、ハッキリ言っておかしなコード進行だ。ハッキリ奇妙だ。適当にギターのメジャーコードを組み合わせているだけ? しかもこの部分しかサビになりそうな箇所無いし。


【A-2】

愛してるから 会いたくない  君のところへ 飛んでくよ
I wouldn't see you, and I love to. I fly above you, yes I do.
|E |G |E |G-A|
君を想うと 鳥肌が立つ
Well, oh baby, my hair's on end about you.
|D |E |A |C-G-G#|


 【A】の繰り返し、8小節目G#を経過コードとして【B】へ向かう。


【B】

プカプカ フラフラ  翼はキラキラ
Floating, bumping, noses dodge a tooth The fins a luminous
|A |A |C-G |Bb-E|
牙だらけ 暗い道化師  大きな岩の下  太陽の光
Fangs all 'round the clown is dark  Below the boulders hiding All the sunlight's good for us
|A |A |C |G-E|


 歌詞の意味、全くわからないので大雑把に訳した。コード進行は

 Ⅳ-♭Ⅵ-♭Ⅲ-#Ⅳ-Ⅰ

 Ⅳ-♭Ⅵ-♭Ⅲ-Ⅰ

またメジャーばかりだし。


 ・基本はサブドミナント(Ⅳ)→トニック(Ⅰ)のヴァンプに過ぎない

 ・サブドミナントマイナー(♭Ⅵ)が挿入されている

 ・トニックⅣが♭Ⅲに代理されている

 ・#Ⅳ-Ⅰの減五度上昇進行を描いている


などなど説明可能だが、ハッキリ言って、おかしなコード進行。


 この後【A】を以下の歌詞で繰り返して終わり。


 Cause we're the fishes and all we do
 The move about is all we do
 Well, oh baby, my hair's on end about you

 僕たちはお魚、泳ぐことしかやることが無い。

 君を想うと鳥肌が立つよ。


 「鳥肌が立つ」部分は直訳すると、「君を想うと総毛立つよ」であり、なんでラヴ・ソングのサビでそんなこと言うねん? という、まあ、キモイラヴ・ソングである。破綻したようなコード進行に、キモイ歌詞。そしてアーティストは「気狂い」。


 だがしかし。これこそ僕は、ロックの醍醐味だと考える。滅茶苦茶なコード進行でも何とかなるのだ、ロックにおいては、その曲が、その人にしか歌えない曲だから。交換不可能な作品だから。ロックの本質的な”破壊性”、ひいては”反権力性”。それら一見非生産的に見えるものが、奇跡的な創造性を描く。本音を言えば、計算され尽くされた音楽って真のところ、スリルも何も無い。好きじゃない。


 ”狂った”一人の男のタワゴトが、奇跡的な創造性を持つ。コレがロックの魅力。


 「世界の事象のすべてがこのアルバムに詰め込まれている」と評されたこともある「気狂い帽子が笑っている」。あまりに過大評価するのもなんだけど、やっぱりシド・バレットはスゴイ。純粋に他では聴けない音楽が、このアルバムには詰め込まれている。当時、ソフト・マシーンのロバート・ワイアットがドラムで参加している。未聴のかたは是非。


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# 作品の原題を尊重し、一部差別的表現を、敢えて使用しています。何卒ご理解ください。