All Bill Holman Program
今年の4月から3ヶ月に1回のスパンでTokyo TUCでやっている日曜昼間のビッグバンドライブ、昨日3回目が終わりました。今回のお題目はBill Holman。この人、押しも押されぬ大物アレンジャーで、アメリカ版のジャズ人間国宝みたいな賞(NEA Jazz Masters)も貰ってる人なのに。86歳になる今も健在なのに、日本ではホントに知られてないんです。もう呆れるくらい。多分彼名義のアルバムって50年代に3枚出たあとは80年代にならないと出なくて、80~90年代のアルバムは日本制作盤なのに全然認知されなくて、21世紀になって作ったアルバムは日本でディストリビュートされてないんだもんなぁ。仕方ないか。本来ならばネスティコと同等かそれ以上に評価/認知されてないといけない人なんですよ。ブルックマイヤーもサドもこの人がなければあり得ない、と極論したいくらいアレンジャーとしてのビルの存在は大きいんです。バディ.リッチやベイシーや色々な所にアレンジ書いてるけど、人に頼まれて書いたヤツより自分のバンドに書いたヤツにゴキゲンに面白いのが多いんです。しかしまぁ日本では見事にスルーされてますね。私のビッグバンドのこのシリーズライブ、1回目のSchneider/Brookmeyerの回に較べたら今回は客足が渋かったです。このライブシリーズは、日本のビッグバンド愛好家(特に演奏する人)に知られていない面白い譜面をどんどん見せるってのがコンセプトの一つにあるんだけど、なかなかこっちの意図が通じない感じ。この隔靴掻痒感はいかんともしがたい。もちろん自分という音楽家の実績、知名度、実力なんて問題もあるんだろうとは思うんだけど。
ハッキリ言おう。ベイシーやサドやミンツァーなんかの比較的みんなが知ってるカッコいい曲なんてものはもう消費され切ってて、今更自分のバンドで取り上げる意義なんかないと思ってます。好きな曲、知ってる曲だけでプログラム組むなんてミュージシャンとして怠慢だと思うんです。もしやるなら、ベイシーだったらヘフティとウィルキンスとクインシーしかやらない、とかコンセプトを明快にしないとやりたくないんです。大好きだからね、そういうのも。やるんなら徹底的にやりたいけど、今はその必然性を感じないんです。
日本人なのにアメリカンオリジナルアートフォームであるジャズという音楽をやる以上、ポピュラーなものばかりをやるのではなく、自分が良いと思った者をどんどん情報として下ろす作業はして当たり前。だから知名度が低かろうが自分の基準でどんどんやることにしています。だからCarl Saundersも日本に情報ほとんどないけど3年前に自前で呼んだんだしね。
日本人のジャズに対する感覚ってのは屈折してるように思うんです。例えばビッグバンドの譜面の大半は書いた人一代限り、な感じに扱われるのに、スモールコンボの世界では手垢のつきまくったスタンダードをちょいとヘッドアレンジやリハモしてやるのは結構当たり前。『枯葉』とかいうタイトルついてるアルバム、何枚ある?アホみたいでしょう?
ジャズにも既に100年以上の歴史があり、時代によるスタイルの違いや、理論の発展による和声の高度化みたいな違いとかで音楽の振幅がものすごく大きいんです。だから、きちんとアレンジされた譜面であればクラシックであればバッハからブーレーズやケージやシュトックハウゼンやクセナキスが再生されるように、過去のアレンジもきちんと取り上げられるべきなんです。今のジャズの状況はクラシックでいうとバッハ、モーツァルト、ベートーベン、ブラームス、などの大御所有名どころしか取り上げない感じに見えるんです。まぁこの状況は例えば吹奏楽でも似たり寄ったりなんですけどね(笑)。日本には本当に沢山の社会人やアマチュアのビッグバンドがあるけど、レパートリーがどこも同じなんですよ。それはもちろんそのバンドに人気があったというのが1番大きいけど、あとは我々が面白いものを紹介してないという責任もあると思うんです。だから、自分のバンドでは知名度に関わらないでこれは面白いと言うものをどんどん取り上げるのです。そういえば生前のジャイアント馬場が『みんなが格闘技に走るので、私、プロレスを独占させて頂きます』って有名な発言をしたけど、気分はそれに似てるかな。みんなが知らないオイシい譜面をどんどんやってやろうと思っていますよ。自分にはビッグバンドをアレンジするスキルはないと思ってるし、よしんば自分がアレンジ書いたとして、他にウチにある巨匠の名品と並べたらどうなの?ってのもあるしね(笑)。
というわけで、昨日のホルマンのプログラム、実に充実して面白いものになりました。次回は更に日本のジャズメディアから無視されているStan Kentonをやります。一昨年生誕100年で出たドキュメンタリーDVD見るまで、この人のスケールが分からなかったことを凄く後悔してる。ベイシーやエリントンと同格。音楽教育などへの影響力も絶大なんです。なので、この人の面白い(エキセントリックなものも含めて)ところを色々出そうと思います。エリック宮城さんにも参加して貰おうとおもったんだけどスケジュールが合わず残念。これは来年の1/19にやるので、気が向いたら来て下さい。来年は年明けにケントンやって、あとはKenny WheelerとかLalo SchifirnとかフィンランドのUMOのファウンダーのEero Koivistoinenなんかと一緒にやるつもりです。Carl Saundersともまたやりたいけどあまりにも詰め込み過ぎになるので再来年にするかと思案しているところ。毎回全然違うプログラムやるからバンドのカラーがわかりにくいのも自分のビッグバンドの欠点なのかなぁ。
ともあれ、次回のケントンはWall Of Soundsと言われた彼のサウンドを再現してみたいと思います。昔のモノラル録音をそこいらの普通のスピーカーで聴くのと生で聴くのでは雲泥の違いが出るはずなんですよ。youtubeなんかで満足してるようでは音楽の本当の魅力なんて分かんないですよ。古いドイツの諺に『音楽は見るものなり』ってのがあるんだからね。
今回ちょっと愚痴っぽくなったなぁ(笑)。自分のやりたいことっていうか思いってのをもっと伝えるにはどうしたらいいのかな。twitterやFBだと独りよがりというか自己陶酔というか、そういう風に捉えられそうだしねぇ。
では末文に昨日の演目を上げます。アレンジされた年もざっくり載せます。たった2回のリハであそこまで作り上げてくれるメンバーの皆には本当に感謝しています。
Tetsuya Tatsumi Big Band plays musics of Bill Holman @Tokyo TUC
Oct.6, 2013
1st Set
Jazz Goes to Siwash(1956), I know why and so do you (1956)この2曲はオクテット。
After You've Gone(1958), Donna Lee (2004), Aura(1958)
2nd Set
A View from the Side(1987), Press One(2004), Ruby, My Dear(1995), Zamboni(2005), Just Friends(1984), Limehouse Blues(1962?)
辰巳哲也ビッグバンド
辰巳哲也、峰崎芳樹、羽毛田耕士、松木理三郎(tpts)
Fred Simmons, 川原聖仁、三塚知貴、堂本雅樹(tbns)
渡辺てつ、三浦裕美、大内満春、八巻綾一、宮木謙介(saxes)
駒村光(g), 宮嶋みぎわ(p), 芹澤薫樹(b), 諸藤一平(ds)
ハッキリ言おう。ベイシーやサドやミンツァーなんかの比較的みんなが知ってるカッコいい曲なんてものはもう消費され切ってて、今更自分のバンドで取り上げる意義なんかないと思ってます。好きな曲、知ってる曲だけでプログラム組むなんてミュージシャンとして怠慢だと思うんです。もしやるなら、ベイシーだったらヘフティとウィルキンスとクインシーしかやらない、とかコンセプトを明快にしないとやりたくないんです。大好きだからね、そういうのも。やるんなら徹底的にやりたいけど、今はその必然性を感じないんです。
日本人なのにアメリカンオリジナルアートフォームであるジャズという音楽をやる以上、ポピュラーなものばかりをやるのではなく、自分が良いと思った者をどんどん情報として下ろす作業はして当たり前。だから知名度が低かろうが自分の基準でどんどんやることにしています。だからCarl Saundersも日本に情報ほとんどないけど3年前に自前で呼んだんだしね。
日本人のジャズに対する感覚ってのは屈折してるように思うんです。例えばビッグバンドの譜面の大半は書いた人一代限り、な感じに扱われるのに、スモールコンボの世界では手垢のつきまくったスタンダードをちょいとヘッドアレンジやリハモしてやるのは結構当たり前。『枯葉』とかいうタイトルついてるアルバム、何枚ある?アホみたいでしょう?
ジャズにも既に100年以上の歴史があり、時代によるスタイルの違いや、理論の発展による和声の高度化みたいな違いとかで音楽の振幅がものすごく大きいんです。だから、きちんとアレンジされた譜面であればクラシックであればバッハからブーレーズやケージやシュトックハウゼンやクセナキスが再生されるように、過去のアレンジもきちんと取り上げられるべきなんです。今のジャズの状況はクラシックでいうとバッハ、モーツァルト、ベートーベン、ブラームス、などの大御所有名どころしか取り上げない感じに見えるんです。まぁこの状況は例えば吹奏楽でも似たり寄ったりなんですけどね(笑)。日本には本当に沢山の社会人やアマチュアのビッグバンドがあるけど、レパートリーがどこも同じなんですよ。それはもちろんそのバンドに人気があったというのが1番大きいけど、あとは我々が面白いものを紹介してないという責任もあると思うんです。だから、自分のバンドでは知名度に関わらないでこれは面白いと言うものをどんどん取り上げるのです。そういえば生前のジャイアント馬場が『みんなが格闘技に走るので、私、プロレスを独占させて頂きます』って有名な発言をしたけど、気分はそれに似てるかな。みんなが知らないオイシい譜面をどんどんやってやろうと思っていますよ。自分にはビッグバンドをアレンジするスキルはないと思ってるし、よしんば自分がアレンジ書いたとして、他にウチにある巨匠の名品と並べたらどうなの?ってのもあるしね(笑)。
というわけで、昨日のホルマンのプログラム、実に充実して面白いものになりました。次回は更に日本のジャズメディアから無視されているStan Kentonをやります。一昨年生誕100年で出たドキュメンタリーDVD見るまで、この人のスケールが分からなかったことを凄く後悔してる。ベイシーやエリントンと同格。音楽教育などへの影響力も絶大なんです。なので、この人の面白い(エキセントリックなものも含めて)ところを色々出そうと思います。エリック宮城さんにも参加して貰おうとおもったんだけどスケジュールが合わず残念。これは来年の1/19にやるので、気が向いたら来て下さい。来年は年明けにケントンやって、あとはKenny WheelerとかLalo SchifirnとかフィンランドのUMOのファウンダーのEero Koivistoinenなんかと一緒にやるつもりです。Carl Saundersともまたやりたいけどあまりにも詰め込み過ぎになるので再来年にするかと思案しているところ。毎回全然違うプログラムやるからバンドのカラーがわかりにくいのも自分のビッグバンドの欠点なのかなぁ。
ともあれ、次回のケントンはWall Of Soundsと言われた彼のサウンドを再現してみたいと思います。昔のモノラル録音をそこいらの普通のスピーカーで聴くのと生で聴くのでは雲泥の違いが出るはずなんですよ。youtubeなんかで満足してるようでは音楽の本当の魅力なんて分かんないですよ。古いドイツの諺に『音楽は見るものなり』ってのがあるんだからね。
今回ちょっと愚痴っぽくなったなぁ(笑)。自分のやりたいことっていうか思いってのをもっと伝えるにはどうしたらいいのかな。twitterやFBだと独りよがりというか自己陶酔というか、そういう風に捉えられそうだしねぇ。
では末文に昨日の演目を上げます。アレンジされた年もざっくり載せます。たった2回のリハであそこまで作り上げてくれるメンバーの皆には本当に感謝しています。
Tetsuya Tatsumi Big Band plays musics of Bill Holman @Tokyo TUC
Oct.6, 2013
1st Set
Jazz Goes to Siwash(1956), I know why and so do you (1956)この2曲はオクテット。
After You've Gone(1958), Donna Lee (2004), Aura(1958)
2nd Set
A View from the Side(1987), Press One(2004), Ruby, My Dear(1995), Zamboni(2005), Just Friends(1984), Limehouse Blues(1962?)
辰巳哲也ビッグバンド
辰巳哲也、峰崎芳樹、羽毛田耕士、松木理三郎(tpts)
Fred Simmons, 川原聖仁、三塚知貴、堂本雅樹(tbns)
渡辺てつ、三浦裕美、大内満春、八巻綾一、宮木謙介(saxes)
駒村光(g), 宮嶋みぎわ(p), 芹澤薫樹(b), 諸藤一平(ds)