レコンキスタより 1/3

前回新聞の写真をアップしましたが、

読みやすいよう、文章にて掲載いたします。

是非皆様ご覧下さいませ。


レコンキスタ 第358号 平成21年3月1日付


第91回 一水会フォーラム 講演録

『最新 北東アジア情勢と我が国の決意』
青木理先生(ジャーナリスト・元共同通信記者) 1/3


あの 「9.17」 は何であったのか。
日朝交渉が完全に暗礁に乗り上げた今、
反北朝鮮ムードに盛り上がる当時を振り返ると本当にそう思ってしまう。
ムード全てにメディアも国民も政治家に誑かされ、
日本の品位も貶められた感もある。今回のフォーラムは
ソウル在住の経験を持つ青木理先生を招き、
理性ある日韓、日朝関係を構築する事はできないか、

探ってみる良い機会となった。(文責・編集部)


○小泉訪朝以降、メディアがおかしくなった


今日ここにお集まりの皆さんの中には、
朝鮮半島問題について僕よりも詳しい人がいらっしゃるかもしれませんし、
また僕とはずいぶんと立場を異にする方がいらっしゃるかもしれません。
そんな僕の話がどれだけ参考になるかは不安なのですが、

お付き合い願いたいと思います。


 僕は一介のフリーの物書きでしかありません。

以前は通信社の記者として韓国に五年ほど居りまして、
北朝鮮にも一時期数え切れないくらい入りました。

今日は課題多き朝鮮半島問題とその周辺情勢、
または日本との関わりについて、一介のジャーナリストとして、
私的な話も含めて話させて頂きたいと思います。


 僕は今はフリーでやっておりますが、三年前までは共同通信社に居り、
十五年間ほど社会部で記者をしておりました。
一九九五年(平成七年)頃には公安担当として警察庁記者クラブに居りました。
この時には「警察の犬」のような存在で(笑)、
公安の人たちと同じような目線で、鈴木さんや木村さんを取材していましたが、
その縁あってお付き合いをさせて頂きました。


 その事件記者がどうして朝鮮半島と関わるようになったのか。
九六年~九七年(平成八~九年)頃、僕は社命で韓国に留学に行きました。
当時は金大中さんが大統領選挙で当選した頃で、
その取材もしつつ、韓国語の勉強に励み、午後からは酒を飲んで、
韓国内をフラフラと放浪するという幸せな一年間を過ごしました。


 その後帰国した後に、『日本の公安警察』 (講談社現代新書)という

本を書きました。これは公安に尻尾を振っているのが嫌になったという

事情もありますが(笑)、そのせいか、何か社会部に居づらくなり、

国際ニュースを扱う外信部に異動し、〇二年春~〇六年春

(平成十四~十八年)まで特派員としてソウルに暮らしました。


 僕がソウルに派遣された〇二年という年は、
十二月の大統領選挙で人権派弁護士と言われた
盧武鉉さんがハンナラ党の李会昌 (イフェチャン) 候補に勝利し、
第十六代大統領に当選した年でもありました。
その後の盧武鉉さんの政権運営は迷走し、
僕自身も非常にがっかりした事がありましたが、当時、ネットパワーと言われた
若い人たちの情熱に支えられ当選した彼は輝かしく見えたものでした。


 そして、この年は日朝関係において前代未聞の激動の年でもありました。
日朝首脳会談で北朝鮮の金正日総書記が日本人拉致を認め、
拉致問題に対する認識が急激に高まります。

社会、メディアは拉致問題一色ムードに染まり、後でも話しますが、

これを足がかりにして、当時官房副長官だった安倍さんが
一挙に首相の座を射止める事にもなりました。


 僕は当時ソウルに居て、あの九月一七日のピョンヤンでの日朝首脳会談を
日本では見ていませんでした。 だから、どのような状況になっていたのか、
肌では感じ取れていなかった。


 その後、十月にフジテレビと朝日新聞が訪朝し、横田めぐみさんの娘さん、
ヘギョンちゃんにインタビューをします。 十一月には週刊金曜日が訪朝、
当時北朝鮮に居たジェンキンスさんにインタビューをしています。
これはご記憶の方も多いかと思われますが、インタビューをした三者には
「北朝鮮のプロパガンダに利用されるのか」、
「拉致被害者の家族の気持ちも考えろ」
というバッシングが浴びせられました。


○反北朝鮮バッシングにおびえる日本メディア


 僕はこれをソウルで見ており、異様な感じを覚えました。
メディアの人間が、焦点の人物に接触し、インタビューするのは
当たり前の行為だと僕は思っていました。

もちろん、それによって傷つく人間は出てくるかもしれませんが、
交通事故の報道にしても汚職事件の報道にしても、
およそ提灯記事か追従記事ではない限りは、

書く事で傷つく人間は必ず出てしまう訳です。
これはメディア、報道に携わる人間の宿命、業のようなものです。
それでも伝えなければならないと思ったら、伝えるべきです。
それが報道のあり方ですが、あの時、フジテレビ、朝日新聞、週刊金曜日に
浴びせられたバッシングは普通ではなかった。


 もちろん拉致被害者の方々の家族へのインタビューを許す事には、
北朝鮮の政治的な意図があっただろうという見方もありますが、
背後に政治的意図があろうがなかろうが、
あるいは例え相手が犯罪者であったとしても、焦点の人物に接触し、
話を聴き、それを広く伝えるというのは、メディアの極めて重要な役目です。
様々な立場の人のナマの声を伝え、それを読者、視聴者が受け止め、

判断を下すのです。


 もちろん、一方の言い分だけを垂れ流しにする事は問題であるし、
批判された三社の報道が本当に質の高い物であったかは議論がありますが、
インタビューをしたメディアが、まるで国賊か、もしくは国益を害した様に
バッシングに晒される事は、

ちょっと僕には信じがたい出来事だと思っていました。


 この直後、共同通信とTBSがピョンヤンに入りました、
目的は北朝鮮の高官から今後の日朝交渉について

考えを聞くというものでしたが、当時、ソウルにいた僕も

朝鮮語の通訳を兼ねて一緒にピョンヤンに入りました。
そして、僕は初めて、日本メディアがどういう状況にあるかを痛感し、

驚く事になります。


 当時、共同通信もTBSも

「バッシングを引き寄せるような記事は絶対に書いたらまずい」 と、
凄く怯えていました。この時、北朝鮮にはまだ、拉致被害者の息子さん、
娘さんが残っていました。北朝鮮側が彼らへのインタビューを許したら

どうするか。

「そんなインタビューを報道したら、

先にバッシングを受けたフジテレビや朝日新聞、
週刊金曜日の二の舞になる。断った方がいいじゃないか」

というようなことを、真剣に話し合うわけです。

結局、そんな話が出てきても断ろうと、そういうようなことを

東京の本社と連絡を取り合って相談していたのを覚えています。


 僕なんかは、向こうがインタビューをさせてやると言っている以上、
当然インタビューをするべきだと思っていました。
彼らが北朝鮮に居て自由に物事が話せないという状況を忖度した上で、
きちんと伝えるべき事は伝えるべきだと思っていましたが、
この時のメディアは皆怯えていました。また、共同通信もTBSも
お互い相手がどこまで踏み込むか牽制し合っており、
もし共同通信がインタビューを断っても、
TBSがインタビューをしてしまうと大恥をかいてしまう。
だから両者が談合のようなことまでした。僕も当事者だから同罪だし、
言い訳などできる立場でありませんが、
実に馬鹿馬鹿しい行為だと思っていました。


○理性がなくなった北朝鮮報道


 一方で当時、北がらみの報道は何でもOKであり、
裏など取る必要はないという風潮もありました。
ソウルに居て痛感したのは、例えば韓国にたくさんいる脱北者の情報です。
これは脱北者の立場によって持っている情報も違って来ます。
元高官なら中枢に近い情報を、一般の人なら生活中心の話を持っている。


 その中に、何度も日本のメディアに登場した元工作員の男性がいました。
彼は拉致された日本人の情報をさかんに発信していましたが、
どこまで信用できる話か分からない。彼は既に本を出しておりまして、
その本に書いてある話ならば本を引用する形で

紹介すればいいと思っていましたが、その後のインタビューでは

本に書いていない事まで、実にさまざまなことを喋っている。
話がどんどんオーバーになっていくような感じだったので、
僕は信用できないと思っていましたが、

ある時、彼にインタビューをする機会があった。
電話してアポを取ってみると、まず彼が一言目に言ったのは、
「活字はいくら、映像はいくら」と、まず値を言ってくるんです。
唖然としましたが、ソウル在住の記者仲間に聞いてみると、
「昔は安かったけど、どんどん値上がりしている」と。


 情報の対価としてお金を払うという行為に、僕はすごい抵抗を感じます。
もちろん、学識者にコメントを頂いた場合にはコメント料をお支払いしますが、
新聞社ではせいぜい五千円から一万円程度です。
しかし彼らが提示したのはコメント料をはるかに超える金額でした。
僕もどうしようかと思いましたが、結局お金を払ってインタビューをしました。
その話を韓国斧記者や、情報機関関係者に言うと、苦笑いして
「最初の頃はともかく、あいつが最近言う事は信用できない」。
つまり日本のメディアが札ビラを切ってインタビューするものだから、
どんどん話が大げさになっていっている、
だから最近の彼の話はとても信用できない、ということでした。
この元工作員に限らず、同じような話をあちこちで聞きました。


 それだけならまだいいかもしれません。中には脱北者にお金を払って、
北朝鮮に再潜入させるようなテレビ局もありました。
もし捕まったら二度と帰って来れないかもしれない。そんな人たちを北に
送り込んで、何かあったら誰が責任を取るのかと思います。


 かつて、朝鮮総連や北朝鮮に関する報道は、
一種のタブーがあった時代がありました。
ところが日朝ピョンヤン会談以降は、そのタブーが完全に決壊しました。
タブーが破られた事自体を僕は歓迎しますが、

その途端に北朝鮮に関する報道、言論は何でもありの無法地帯の

ようにになってしまう。どんないい加減な情報でも垂れ流しになり、
その代わりに北朝鮮側に立つような報道はバッシングされてしまう。
また、今度は拉致被害者家族会、あるいは周辺にいる救う会の人たちが
タブー視されるような状態になってしまった。だからこそ、
前述の様にメディアは当然するべきインタビューにも萎縮してしまったり、
また北朝鮮がらみの話であれば札ビラを切って
何でも許してしまうような報道をしてしまう。


 こうした状況に僕も疑いを持って  『月刊現代』 (平成十五年十月号 )に、
問題提起として 「北朝鮮報道に理性を取り戻せ」 というレポートを書きました。
これは一部の朝鮮問題専門の記者や学者から

「よく書いた」 と評されましたが、その後、『現代コリア』という月刊誌に

「青木理こそ理性を取り戻せ」 という反論記事が載るとは、

名誉だと思っていましたが、
僕はそんな感性を持ってソウルから日本を眺めていました。
そんな状況下において宰相の座を射止めることになったのは、
前述した通り安倍さんでした。日朝首脳会談と拉致問題が起きなければ、
彼があれほど若くして首相になる事はなかったはずです。
しかし、安倍さんに代表される対北朝鮮強硬路線者が

政権の座に付いて以来、日朝交渉、拉致問題は一歩も前進していません。


 これについては様々な意見があるかと思われます。
もっと圧力が必要だと意見もあるかもしれません。
その一方で、圧力から対話に舵を切って、
交渉ルートを探るべきだという意見があります。
僕は後者の方ですが、いずれにしても安倍政権下で拉致問題を最大限に
“利用”して栄達した人物 ―安倍さんもそうですが― については、
ここできちんと問題提起しておく必要があると思います。
現在、麻生政権で事務担当の官房副長官に就いている漆間巌さんは、
その典型的な一人だと思います。

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