雪花山人『猿飛佐助』 | 文学どうでしょう

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猿飛佐助―立川文庫傑作選 (角川ソフィア文庫)/角川書店

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雪花山人『猿飛佐助 立川文庫傑作選』(角川ソフィア文庫)を読みました。

猿飛佐助はみなさんご存知ですよね。真田幸村に仕えた真田十勇士の一人で、甲賀忍術の達人。

同じく十勇士の一人で、伊賀忍術の達人である霧隠才蔵とともに、今なお抜群の知名度を誇るキャラクターだろうと思います。

ところが不思議なのは、真田幸村が登場する歴史小説は数多くあるにも関わらず、そこには猿飛佐助が登場してこないこと。

それが何故かと言うとですね、真田幸村は実在した人物ですが、猿飛佐助は物語の中で作られた、架空の人物だからです。

もしかしたらモデルになった人物はいるかも知れないんですが、ともかく真田十勇士の活躍自体が、フィクションの色彩が強いものなんですね。

なので、史実に出来るだけ忠実であろうとする歴史小説の場合は、真田十勇士の荒唐無稽とも言える活躍は、ほとんど描かれないわけです。

さて、そんな猿飛佐助や真田十勇士の活躍を作り出し、一躍有名にしたのが、今回紹介する立川文庫です。

立川文庫は、今では「たちかわぶんこ」と読まれるのが一般的ですが、本来は「たつかわぶんこ」が正しい読み方のようです。

元々は講談(物語を語る話芸)が人気を集めていたわけですが、それをそのまま速記したものが、徐々に出始めたんですね。

そんな流れもあり、明治44年(1911年)から、講談師の二代目玉田玉秀斎とその家族が、初めから講談風に筆記したものを作り始めたんです。

それが立川文庫です。立川文明堂から出たこの小さな本のシリーズが最も特徴的だったのは、読み終えた本に少しお金を足すと、新刊と取り換えられたということ。

面白いシステムですよね。そのシステムが受けたのと、荒唐無稽な内容の面白さから、お金のない丁稚(でっち。商人の家などで働く子供)にも愛読されて、たちまち大人気のシリーズになったそうです。

立川文庫に関しては、本書についている縄田一男の解説に詳しいので、興味のある方は、ぜひそちらをご参照ください。

立川文庫は一部の作品だけではありますが、色んな出版社から何度か復刊されています。一番新しいのが、今回紹介する角川ソフィア文庫で、新字新仮名に直されているので、読みやすいですよ。

とは言え、大正5年(1916年)の本なので、どんな雰囲気なのか、難しくないかどうかが気になるだろうと思うので、本文を少し紹介しましょう。

猿飛佐助とその仲間の三好清海入道が、旅の途中で山賊をこらしめる場面です。やや長いですが、ちょっと読んでみてください。

清「そうだそうだ、朝倉の残党とか吐かして、軍用金を集めたり味方を募ったり、我々に相談もせず、小癪な真似をする奴だ。(中略)天に代わって三好清海入道が成敗してくれる、覚悟しろ」と、大刀をスラリと引き抜いた。
山「エエイ、何を吐かす、余計な講釈は勝手に言えッ」と喚き叫んで突っ掛かった山上甚内の槍先を、サッと躱した清海入道、面倒なりと躍り込み、ヤッと叫んだ声諸共、真っ向から唐竹割りに斬り下げた。山上甚内二ツになって即死をする。この時猿飛佐助は、頭上に生い茂ったる大木の枝にヒラリ飛び上がり、程よいところに腰打ちかけ、
佐「イヨー、よく見える見える。清海入道確り頼むぞ、乃公はここで見物だ」
清「オオ大丈夫だ、こんな奴は片っ端から撫で斬りだ」と、多勢の中へ踊り込み、四角八面に薙ぎ立て斬り伏せ、無二無三に暴れ出す。(146~147ページ)


どうでしょうか。速記のスタイルが元になっていますので、会話文の前には、その台詞を言う人物名の頭文字がつきます。

講談のように書く、つまり、「語る」ということを意識した文体ですから、独特の言い回しはあるにせよ、今読んでもそれほど難しくはないですよね。

むしろ地の文(会話文以外)も非常にリズミカルで、独特の味があって面白いです。

200篇ほどある立川文庫の中でも一二を争う人気作が、今回紹介する『猿飛佐助』。物語の前半は、忍術の修業をした猿飛佐助が真田幸村に仕えるようになるまでの話です。

そして、物語の後半は、旅に出た猿飛佐助と三好清海入道が、様々な豪傑達と戦いながら、霧隠才蔵など、残りの十勇士を仲間にしていく話になっています。

史実の豪傑と猿飛佐助らが技を競うわくわくがあったり、強敵を倒し、仲間を増やしていくという、『水滸伝』に近い、豪快なテイストの物語。

作品のあらすじ


信州鳥居峠のふもとに、鷲塚佐太夫という郷士(武士でありながら、農業をして暮らしている者)が住んでいました。

主君を失ってからというもの、二君に仕える気にはどうしてもなれなかった佐太夫は、そのまま畑を買って、郷士になったのです。

佐太夫には小夜という娘と、佐助という息子がいました。佐助は鳥居峠の山に入り、猿たちと遊んで育ちます。

その生まれつきの力の強さと、体の身軽さに目をつけた一人の老人がいました。

佐助が一人で剣術の修業をしている所にやって来て、その高い志を聞くと、「豪いッ、少年ながら天晴なる精神。ヨシ、其方の熱心なる志に愛で、これから乃公が教えてやる」(13ページ)とその老人は言ってくれたのです。

この老人の修業がちょっと変わっています。昼の激しい修業でもうくたくたですから、夜になってぐっすり眠っていると、腰を蹴って起こされる佐助。

老「コリャ白痴者奴ッ。乃公が来たことも知らず、腰を蹴られて驚く奴があるか。若し敵であったなら、貴様の命はもうなくなっているのだぞ、馬鹿者奴ッ、どうも生命を粗末にする奴だ」(16ページ)


いついかなる時も辺りに気を配り、暗闇で見えないものを見、音を聞き分けなければならないのです。

そうして3年ほど修業を重ねる内に、佐助の腕前はぐんぐん上達していきました。この時、佐助15歳。

その謎の老人は、戸沢白雲斎という忍術の達人であったことがついに明かされます。佐助は白雲斎から、いつの間にか忍術を習っていたのです。

基本を修めた佐助は、最早「水遁、木遁、金遁、土遁、火遁、その他あらゆる術を行うことが出来る」(20ページ)ようになっていました。すべてを教えた白雲斎は、雲に乗ってどこへともなく去って行きます。

ある時真田家の嫡男で、16歳の与三郎幸村が、いつものように、望月六郎、穴山岩千代、海野六郎、三好青海入道、三好伊三入道、筧十造という、お気に入りの6人を連れて山にいのしし狩りにやって来ました。

まず狙われたのは、佐助の友達の猿でした。頭に来た佐助は、友達を助けるため、真田の六勇士を相手に暴れ回ります。

六勇士をものともしないその力が認められて、幸村から「どうじゃ佐助、予が家来となる気はないか」(30ページ)と声をかけてもらえました。

こうして佐助は幸村の仕えることとなり、「汝は今より鷲塚の姓を改め、猿の如く飛び廻るに妙を得ているに依り、猿飛佐助幸吉と名乗るべし」(34ページ)と新しい名をもらいます。

急に現れて、幸村に可愛がられるようになった佐助のことが、どうしても気にくわないのが、六勇士です。

ちょっとこらしめてやろうと、佐助に様々な手段で挑むのですが、佐助は忍術の達人ですから、そううまく事は運びません。その辺りのドタバタは、本編で楽しんでいただくことにしましょう。

織田信長が本能寺の変で明智光秀に討たれ、豊臣秀吉がその明智光秀を討ちました。

真田家は豊臣秀吉の客将という扱いを受けるようになっているのですが、この先、世の中の情勢がどう動いていくか分かりません。

そこで幸村は佐助に密命を与えます。

幸「ヤヨ佐助、その方ここ三ヶ年間西国地方を漫遊して、諸国大名の挙動を探り、また天下の勇士豪傑と交わりを結んで来るがよい。くれぐれも言っておくが、自分の術に慢心し、人を侮ってはならぬ、諸国大名の挙動は一々この幸村に通知をいたせ」(128ページ)


自分も行きたいと言い張った三好清海入道を連れて、佐助は旅に出ることになりました。ここから先は、オールスター夢の対決という感じの展開になっていきます。

大泥棒の石川五右衛門、塙団右衛門や花房助兵衛、後藤又兵衛など、名の知れた豪傑たちが登場し、佐助らと戦いをくり広げることとなるのです。

歴史ファンであればあるほど、思わずにやにやしてしまうような対決ばかり。後に仲間となり、真田十勇士に加わる人物も強敵として登場します。

数々の対決の中で、最も印象的なのは、佐助と石川五右衛門の忍術合戦。実は五右衛門は、伊賀の忍者、百地三太夫の弟子だったんです。

五右衛門がねずみに体を転じると、佐助は猫になって追いかけ、五右衛門が火遁の術を使うと、佐助は水遁の術でそれに応じます。火花散る忍術合戦の行方は――。

やがて、佐助に真田家の危機の報がもたらされて・・・。はたして、幸村とその勇士たちの運命の行方は!?

とまあそんなお話です。はっきり言って、作品に深さは何もないので、好き嫌いは分かれる作品だと思いますが、どこか馬鹿馬鹿しさのあふれるこのテイスト、ぼくは結構好きでしたねえ。

とにかく佐助がもう凄すぎて、なにせ忍術で姿を消したりも出来るので、やろうと思えば暗殺し放題ですし、多分本気になったら確実に天下を狙えるんですが、勿論しません。

相棒になる三好清海入道もまた、力はあれど、頭の回転はそれほどよくなく、酒を飲んで失敗するなど、『水滸伝』における黒旋風李逵のようなキャラクターで、どこか憎めない感じがいいです。

この作品でぼくが一番笑ったのは、猿飛佐助と霧隠才蔵の対決です。結構物語の後半で出て来て、どう考えても最大の山場であるはずですよね。

才蔵は伊賀の忍術の達人で、石川五右衛門の兄弟弟子です。五右衛門との戦い以上に、佐助は苦戦を強いられるかも知れません。ところが・・・。

佐「フム、偖てこそ汝は石川五右衛門と示し合わせ、天下を覘うとは猪口才なり。この猿飛の耳に入ったるからには、許しはおかん、覚悟に及べい」と、ここで両人は忍術比べに及ぶのだが、石川五右衛門と南禅寺の山門で術比べに及んだ時と、大同小異、別に大した違いはないから、重複に渉るを避けて、ここには省略くことにする。(212ページ)


えええ、まさかの!? ここでまさかの省略ですよ! いやあ笑いましたねえ。「そうだろうけども!」と思わず激しくつっこんでしまいました。

日本の大衆文学の原点とも言われる立川文庫。そしてその立川文庫の中でも人気を集めた『猿飛佐助』の紹介でした。

荒唐無稽の、一言で言えば楽しい作品であり、今読んでも十分に面白い作品だろうと思います。

むしろもうつっこみどころ満載の作品なので、「なんでそうなるの!」など、キャラクターや物語の展開にバシバシつっこみを入れつつ、笑いながら読むのが一番おすすめの楽しみ方です。

残念ながら、角川ソフィア文庫版も今は絶版のようなので、なかなか本が手に入りづらいかも知れませんが、興味のある方はぜひ読んでみてください。

明日は、H・Fセイント『透明人間の告白』を紹介する予定です。