◆ 金庸を日本の作家で言えば?
◆ 金庸の魅力(1)――外功、内功について
◆ 金庸の魅力(2)――大衆文学的展開、ミステリ要素
◆ どの作品から読んだらいいの?
金庸を日本の作家で言えば?
金庸は日本の作家で言えば誰だろうという時によく名前のあがってくるのが、吉川英治、山田風太郎、司馬遼太郎、隆慶一郎辺りです。
いずれも共通しているのが、「伝奇」的要素が強い作家であること。
「伝奇」というのは、歴史的事実に基づいているというよりは、自由な発想で作られた独自のキャラクターを動かし、忍術など、時に荒唐無稽な設定を盛り込むことです。
「司馬遼太郎は、正統派の歴史小説家じゃないの?」という方も多いだろうと思いますが、忍者が暗躍する物語で、直木賞を受賞した『梟の城』など、初期の作品は伝奇小説の色彩が強いです。
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金庸に一番近い作家を、日本の作家から選ぶとするなら、忍者が血みどろの戦いをくり広げる「忍法帖シリーズ」で有名な山田風太郎だろうとぼくは思いますが、やはり類似よりも相違が際立つというのが本当の所です。
ともかく、金庸は歴史を舞台にしていても、歴史上の人物をそのまま描くというよりは、魅力あふれるキャラクターを縦横無尽に活躍させる作風の持ち主だということは、分かってもらえたかと思います。
では、日本の作家にはない、武侠小説作家、金庸ならではの魅力を、ここから2点に絞って見ていきたいと思います。内功(ないこう)という概念があること、そしてストーリーが抜群に面白いことについて。
金庸の魅力(1)――外功、内功について
カンフーなど、武術の格闘をイメージした時に、みなさんが想像するのは、肉体の力と、技の巧みさだろうと思います。
肉体は鍛えていればいるほど強いですし、技は修練を積めば積むほど上達していくものです。
逆に言えば、物理的な肉体のパワーや、使える技の多さなどは、年月を重ねなければ身につかないものなわけです。ある日突然強くなるということはありえません。
金庸の小説の主人公はよく突然強くなるんですが、それは内功の奥義を身につけることによってなんですね。
先ほど書いた肉体の力を外功(がいこう)というのに対し、体内の気のめぐらせ方などの力を内功(ないこう)といいます。
鳥山明の『ドラゴンボール』における「気」と似ていますが少し違っていて、エネルギー弾として発せられることはありません。
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内力(ないりょく)として体の中にあって、相手を攻撃する時に掌から流し込んだり、毒や傷などを内力をめぐらして治癒させたりします。
外功だけではなく、この内功という概念があることによって、金庸の武侠小説の戦いというのは、より複雑さを増しているんです。
つまり、物理的な力や武芸の技では勝っていても、内功が弱いために負けてしまうことがあり、その逆に武術は未熟でも、内功が優れているために武術の達人に勝ってしまうことがありうるわけです。
これは他にはなかなかない、非常に面白い設定だろうと思います。単純な物理的パワーの多寡や、技の巧みさで勝敗が決するのではないんですね。
強いやつが強く、弱いやつが弱いという単純な戦いが描かれるわけではない所に、金庸の魅力があります。
金庸の魅力(2)――大衆文学的展開、ミステリ要素
マンガやドラマなど、エンタメに特化したジャンルでは、読者や観客をひきつけようとする手法が多く取られます。
分かりやすく言えば、意外な展開が待ち受けているということです。
主人公が絶体絶命の危機に陥ったり、或いは意外な人物が突然現れ、「以下次回! はたして運命はいかに!?」が何度も続くパターン。
それはある意味では物語の筋を、面白い方向に強引に動かしていることに他ならず、時にストーリーの破綻を呼び込んでしまうんですが、とにかく読者や観客は、瞬間瞬間で物語に引き込まれてしまうわけです。
新聞で連載されていたこともあり、金庸の小説というのは、まさにそうした息つく間もない怒涛の展開が続くのが特徴的です。
芸術性や、全体の構成の完成度には欠けますが、大衆文学的展開に魅力のある作家なんですね。
そして最も大きな特徴は、ミステリの要素が巧みに取り入れられていること。
J・K・ローリングの「ハリー・ポッター」シリーズは、大ベストセラーになりましたが、何故あそこまで読者の心をつかんだかと言うと、世界観の素晴らしさもありますが、ファンタジーとミステリの巧みな融合があったからではないでしょうか。
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謎の人物、過去に起こった出来事の謎など、物語の核に解き明かされない真相があるからこそ、読者はページをめくる手を止められなくなるわけですね。
金庸の武侠小説もまた、名探偵が犯人を捕まえるというような、探偵小説の枠組みでこそないものの、消えた奥義書の行方を探したり、過去の事件の驚くべき真相が明かされるなど、極めてミステリ要素の高い物語なのです。
思わず気になってしまう展開の連続、なかなか見えない出来事の真相。
金庸の武侠小説は荒くれ者がただ拳を交える物語なのではなく、ページをめくる手が止められなくなる様々な工夫がこらされています。だからこそ、とにかく面白いのです。
どの作品から読んだらいいの?
「それほど言うなら、ちょっと金庸読んでみようかなあ。でも一体どの作品から読んだらいいの?」という方のために。金庸入門には、何パターンかの道が考えられます。
まず王道かつベストだろうと思うのは、いきなり代表作の「射鵰三部作」(『射雕英雄伝』『神雕剣侠』『倚天屠龍記』)から入ってしまうというもの。
面白い作品から読むのが一番ハマりやすいわけですから、『射鵰英雄伝』から入るのは、かなりいいと思うんですね。
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郭靖と黄蓉という主人公カップルが魅力的ですし、主人公が修業して強くなっていくというベタな物語もかなり面白いです。
ただ、主人公が出て来るまでのプロローグが長いですし、5巻もあり、「射鵰三部作」を全部読むと15巻もあるわけですから、いかんせん入門には長すぎる感じはあります。
ベターなのは、デビュー作から順番に読んでいくという道です。つまり、『書剣恩仇録』から読み始めるというもの。
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全4巻とまあまあの長さですし、話もわりとよくまとまっていてよいと思います。ただ、何故ベターかというと、金庸の魅力であるハチャメチャなキャラクター性に欠ける部分があるからです。
個人ではなく、紅花会という集団の物語であること、歴史ミステリー的な要素があることなどに魅力のある作品ですが、武侠小説の持つ荒唐無稽さが際立つというよりは、非常に落ち着いた雰囲気の、歴史小説に近い感じがあります。
最後に個人的なおすすめですが、量的にそれほど多くなく、なおかつ金庸らしさがよく出ているものが入門には一番よいと思うので、ぼくは『碧血剣』が最適ではないかと思っています。
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全3巻なのでわりと読みやすいですし、歴史と武侠小説の要素が巧みに融合されている面白さがあります。何よりも、正とも邪ともつかない金蛇郎君というキャラクターをめぐるエピソードが印象的。
『碧血剣』を読めば、格闘場面の描かれ方、魅力的なキャラクター、ミステリ要素など、金庸のパターンがおおよそ把握出来ると思います。
ハマる人は気付いた時にはもうハマってしまって全作品読みたくなるはずなので、あとはもう気の向くままに手当たり次第でどうぞ。
金庸作品のレビュー
書剣恩仇録(全4巻)
碧血剣(全3巻)
侠客行(全3巻)
秘曲 笑傲江湖(全7巻)
雪山飛狐
射鵰英雄伝(全5巻)
連城訣(全2巻)
神雕剣侠(全5巻)
倚天屠龍記(全5巻)
越女剣(短編集)
飛狐外伝(全3巻)
天龍八部(全8巻)
鹿鼎記(全8巻)