金庸『倚天屠龍記』 | 文学どうでしょう

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倚天屠龍記〈1〉呪われた宝刀 (徳間文庫)/徳間書店

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金庸(林久之・阿部敦子訳)『倚天屠龍記』(全5巻、徳間文庫)を読みました。Amazonのリンクは1巻だけ貼っておきます。

芥川龍之介の『地獄変・偸盗』の記事で、カンフー映画をいくつか紹介しました。

その中で、ぼくが武侠映画のベスト1としてあげている『カンフー・カルト・マスター』の原作が、今回紹介する『倚天屠龍記』です。

金庸の代表作は、『射雕英雄伝』『神雕剣侠』『倚天屠龍記』の3作からなる「射雕三部作」で、今回紹介する『倚天屠龍記』は三部作の完結編にあたります。

射雕英雄伝』と『神雕剣侠』は物語として直結しているので、続けて読むことをおすすめしますが、今回紹介する『倚天屠龍記』は独立した話なので、ここから読み始めても大丈夫です。

何と言っても、物語が本格的に動き出すのは、前作から百年ほども離れていますので。ただ、前2作の設定が重要なものとして出て来ることは出て来ます。

『倚天屠龍記』の時代背景を少し説明しておくと、中国が元だった頃の話です。歴史の教科書で習ったと思いますけれど、チンギス・ハーンやその子孫によって、宋が滅ぼされて成立した王朝でしたよね。

現代の日本人からすると、単に王朝が変わったんだなぐらいの認識だと思いますが、これはその当時の中国の人々にとってはとんでもないことだったんです。

何故かと言うと、元は漢民族の王朝ではなく、モンゴルの王朝だからです。なので、漢民族が一致団結して、モンゴルを追い払おうとする動きが、『倚天屠龍記』の背景にはあります。

物語には全然関係ないので、その後の中国の歴史についても書いてしまうと、反乱を起こした朱元璋が洪武帝を名乗り、明を建国します。朱元璋など、史実の人々もちょっとだけこの物語に登場しますよ。

まあ、歴史小説ではないので、歴史についてはほとんど意識しないで大丈夫です。とにかく、革命を起こそうとしている人々の話だということだけ覚えておいてください。

その革命をしようとしている人々が、政治家ではなくて、武術の達人たちだということが、武侠小説の特徴的な所であり、面白い所です。

物語には、様々な派閥が登場します。みなさんご存知の少林寺や太極拳の武当派、そして邪教と呼ばれる明教(マニ教)の信徒たちなどなど。

これがみんな一致団結して王朝打倒に向かっていけばいいんですが、誤解や何者かの罠によって、派閥同士が憎しみあい、激しく戦い合っているんですね。

事の発端は、「武林の至尊にして、これを持って天下に号令すれば、従わざる者はない」(337ページ)と言われる伝説の屠龍刀が、ある武術の達人によって奪われてしまったこと。

屠龍刀を手に入れるために、様々な血なまぐさい戦いがくり広げられていきます。屠龍刀に隠された秘密とは、一体何なのか――。

物語の主人公は張無忌という少年です。やがては青年に成長していきますが、この張無忌はなんと、正派と呼ばれる武当派の弟子と、邪教と呼ばれる天鷹教(明教から独立した教団)の教祖の娘との間に生まれた子供だったんです。

敵対する派閥に所属し、本来は決して結ばれるはずのない2人が結ばれたんですね。しかし、それはやがて悲劇を生んで・・・。

正派と邪教との間で揺れる張無忌の葛藤、恋、そして類いまれなる武術を獲得していく姿を描いた物語です。

作品のあらすじ


1巻の100ページくらいまでは、物語のプロローグにあたります。ざっくり言うと、「九陽真経」という内功の奥義が断片的に少林寺、武当派、峨嵋派という3つの派閥に受け継がれたという話です。

内功というのは説明が難しいですが、体内で気を巡らす感じです。単にパンチをしただけではそれほど威力がなくても、内功がすぐれていれば、もの凄い威力になります。

技の切れ味や、物理的な力(外功)ももちろん重要ですが、内功が勝敗を左右すると言っても過言ではありません。技の修練とは違い、内功は一朝一夕では身につかないのが普通です。

さて、後に太極拳を編み出す張三豊には、「武当七侠」と呼ばれる7人の弟子がいました。中でも可愛がっているのが五番弟子の張翆山です。

この張翆山が、怪我をさせられた兄弟子に起こった事件の真相を追っていると、絶世の美女と出会います。腕は立つものの、暗器など卑怯な技を使い、殺人など悪どいことを平気で行う殷素素という悪女です。

張翆山は真面目で義に厚い好漢なので、「邪教の女に迷ってどうする」(1巻、308ページ)と、天鷹教に所属している殷素素に惑わされないようにと決意しますが、どうしても心惹かれていってしまう部分があります。

ある島で伝説の刀である屠龍刀のお披露目があるんですね。張翆山と殷素素もそこに参加していたんですが、そこに金毛獅王というあだ名を持つ謝遜という豪傑が乗り込んで来て、島にいる者を次から次へと殺戮していきます。

謝遜は家族を皆殺しにされた恨みを晴らすために、ある仇を追っているんですが、その仇の腕前がもの凄いので、屠龍刀を手に入れて仇を討とうというわけなんですね。

自分が屠龍刀を手に入れたと知られたくない謝遜は、島にいる者を皆殺しにしようと思っていたんですが、張翆山と殷素素を気に入って、命を助けるかわりに同行を命じて船に乗せます。

この船が難破してしまうんです。3人は北海の無人島で暮らすようになりました。初めは争って、殷素素の暗器が謝遜の目を潰したりもしたんですが、やがて愛し合う張翆山と殷素素が結婚し、赤ん坊が生まれると、3人は心から打ち解けます。

赤ん坊は謝無忌と名付けられ、謝遜が義理の父親となりました。武術も教えてくれます。謝無忌が少年になると、親たちは、一生ここで生活させるのは可愛そうだと思うようになるんですね。

そこで、無人島脱出にかかるんですが、謝遜は自ら進んで無人島に残ります。謝無忌は、義父の名字である謝から、実父の名字の張に変えて、張無忌と名乗るようになりました。

10年ほど経っている内に、武術の派閥同士の争いはますます盛んになっています。何しろ、屠龍刀は失われ、張翆山と殷素素はずっと行方不明だったわけですから。

屠龍刀の行方を追っている武術家たちは、張翆山と殷素素に謝遜の居場所を吐かせようとします。それはやがて悲劇的な結果を招き、張無忌は天涯孤独な身の上になってしまいました。

おまけに、張無忌は何者かに「玄冥神掌」という技を打たれてしまい、父親の師匠である張三豊や父親の兄弟弟子たちが熱心に治療にあたってくれたのですが、どうしても完全に治すことができません。

唯一治せる可能性のある、名医の胡青牛の所へ行くんですが、胡青牛は別名「見殺し医者」といって、明教以外の者は治さないと決めているんですね。

張無忌は張三豊から邪教に入ってはいけないと言われていますから、治してもらえないわけです。

しかし、なんだかんだとずっと一緒にいる内に、胡青牛と張無忌は師匠と弟子のような関係になり、張無忌は素晴らしい医術を身につけました。

胡青牛でも完全な治療が出来ず、張無忌は「玄冥神掌」のせいで余命わずかな身の上となります。おまけに、屠龍刀を狙う卑怯な人々によって、絶体絶命の境遇に陥ってしまったんですね。

ところが、思いがけない所で、張無忌は幻の奥義書「九陽真経」を手に入れます。そして、何年間も内功の修業を積んだ張無忌は、武芸の腕前こそないものの、他に類を見ない内力を手に入れることに成功し、「玄冥神掌」の傷も無事に治りました。

そのまま世捨て人として生きていこうと思った張無忌ですが、天鷹教が正派の連合によって壊滅させられそうになっている現場に遭遇してしまいます。

痛めつけられて絶体絶命の危機に陥っているのは、自分の母親の父親ですから、つまり祖父なんですね。そのまま見殺しにすれば、邪教は滅びます。

張無忌は思わず飛び出してしまい、正派の人々と拳を交えることとなってしまいました。邪教に組して正派を傷つけてもいけませんし、邪教を滅ぼさせるわけにもいかないという難しい立場です。

次から次へと正派の達人が、張無忌に挑みかかってきて・・・。

はたして、張無忌の運命はいかに? そして、屠龍刀を手に入れ、その謎を解くのは一体誰なのか!?

とまあそんなお話です。随分長いことあらすじの紹介をしたんですけど、何しろ全5巻あるので、ほとんど紹介してないも同じといっていいくらいです。

まずこの物語にはヒロインが4人くらいいまして、張無忌に心から尽くす人もいれば、純粋な張無忌を騙してばかりの悪女もいます。その内の誰を選ぶことになるのかというのも、この小説の読み所です。

「九陽真経」だけでなく、奥義書のようなものももっと出て来ますし、中国だけでなく、モンゴルやペルシャの武術家たちとも戦っていくこととなります。

5巻もあると随分長いようですが、誰が誰を殺したのかなど、ミステリとしての要素も強い小説なので、もう夢中になってぐいぐい読んでしまえるはずです。

興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。

明日は、吉本ばなな『キッチン』を紹介する予定です。