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三上延『ビブリア古書堂の事件手帖~栞子さんと奇妙な客人たち~』(メディアワークス文庫)を読みました。
この本は一時期ものすごく売れていて、ぼくのよく行く本屋さんの売り上げ第1位をしばらく独占していました。
特集のところに、もうずらっと並べられていて、表紙もイラストで印象的ですし、なにより古い本にまつわる小説ということで、ずっと読みたいと思っていた本でした。
この小説はタイトルの通り、「ビブリア古書堂」という古本屋が舞台になった連作小説です。連作小説というのは、同じ登場人物、同じ設定の短編が集められた作品集のことです。
つまりゆるやかなストーリーの流れはあるけれど、各短編はそれぞれ独立しているという形式ですね。それぞれが古い本にまつわるミステリになっています。
読み終わっての率直な感想は、「なんでこれが大ヒットしたんだろう?」というものです。
別にそこに皮肉めいた意味あいを含ませたいわけではなくて、単純な疑問ですね。どこがそれほどうけたのか。
もちろん、清楚で美しい栞子さんのイラストが表紙になっているカバーがいい感じだとか、古書店が舞台という、本好きを惹きつける要素があったことなどがヒットの要因だろうと思います。
それは分かりますし、実際ぼくもその辺りに魅力を感じたんですが、単に売れるだけではなくて、大ヒットした理由はなんなのか。
『ビブリア古書堂の事件手帖』は、探偵役になる篠川栞子さんと助手役になる〈俺〉によって謎が解き明かされていくという仕組みです。
この篠川さんが「ビブリア古書堂」の店長さんで、〈俺〉は途中からそこのアルバイトになります。重要なのは、篠川さんが足の怪我で入院しているということです。基本的には篠川さんは病室から動かず、〈俺〉の話を聞くことによって推理します。
推理小説の形式で言うと、安楽椅子探偵というやつで、わりと最近のもので言うと、東川篤哉の『謎解きはディナーのあとで』と同じ形式です。
謎解きはディナーのあとで/東川 篤哉
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ちなみに『謎解きはディナーのあとで』は刑事であるお嬢様の話を聞いた執事が、慇懃無礼なセリフをお嬢様に投げかけながら、事件の真相を解き明かすという設定です。
『ビブリア古書堂の事件手帖』で扱われる事件なんですが、はっきり言うと、ミステリ的にはやや弱いです。それは謎が読めるとか以前の問題で、犯罪性がほとんどないんです。
最近ぼくはちびちびホームズを読んでるんですが、シャーロック・ホームズは依頼人が来ると、どんな仕事をしていてどんな相談で来たかを当てたりします。ワトソンと出会った時も自己紹介の前に医者だと当てました。
そこからようやく事件が動き出すわけですが、『ビブリア古書堂の事件手帖』のミステリの部分と言うのは、この依頼人が来た時のシャーロック・ホームズのやり取りにすごく近い部分があると思います。
つまり、事件の推理ではなく、洞察力の鋭さが光るという感じです。
思ったよりもミステリ的に弱いなあと思いながら読んでいて、途中で気がついたんですが、それがこの本の魅力であり、うけた理由の1つなんだろうと思うんですね。要するに殺人事件ではなく、日常にひそむ謎を扱っているのがいいんだと。
ミステリ=殺人事件となると、結構無理があるというか、殺人事件が起きなければならず、探偵がそこに現れねばならず、探偵どんだけ殺人事件に巻き込まれるんだ、みたいなことになりがちなんですが、こうした日常の謎が扱われていると、すごくリラックスして読めるんですね。
恨みつらみとか、激しい憎しみとか、難しいトリックとか、そういうのを抜きにして、ちょっとしたミステリが楽しめる。そういうのが魅力の小説だろうと思います。
『謎解きはディナーのあとで』もそうですが、キャラクターがはっきりしていて、読みやすく、謎が分かりやすいものが流行する傾向にあるのかもしれません。
そして、『ビブリア古書堂の事件手帖』が売れた最大の理由はそのキャラクター性にあると思います。篠川栞子さんは相当変わってるんです。
最初に登場するのはプロローグで、〈俺〉が高校生の時に見かけた時の話。ノースリーブの白いブラウス、紺のロングスカート姿で「すー、すすー、すー」(7ページ)とかすれた声を発しながら古本屋の開店準備をします。本人は口笛のつもりなんです。かわいらしいですよね。
この篠川栞子さんは本の話だとぺらぺら喋れますし、鋭い洞察力があるんですが、とても内気な人で、日常会話がもうしどろもどろなんです。そのギャップもいいんですよ。
そして〈俺〉は幼い頃にあったある事件で、まったく本の読めない体質になってしまったんです。
本がまったく読めない〈俺〉に本の話をしてくれる篠川栞子さん。アルバイトと店長。そんなある意味で凸凹コンビが、本にまつわるちょっとした謎を解決していく物語です。
作品のあらすじ
各短編を少しずつ紹介します。
「第一話 夏目漱石『漱石全集・新書版』(岩波書店)」
〈俺〉が幼い頃、祖母の部屋に入って本を読もうとしたんです。部屋に勝手に入ってはダメだし、もし入っても本棚の本には触ってはいけないと言われていたのに。漢字ばかりでタイトルが読めないんですが、1冊だけ読めるものがありました。夏目漱石の『それから』です。それを読もうとしたところを見つかり、思いっきり平手打ちされます。2発も。それ以来本が読めなくなってしまった〈俺〉。
〈俺〉は大学を卒業したばかり。内定先が急に倒産してしまい、ぷらぷらしています。〈俺〉は母親に用事を頼まれます。古本屋に本を見てもらってほしいと。
祖母が亡くなり、本を老人ホームに寄贈しようと思ったところ、『それから』の見返しに、「夏目漱石/田中嘉雄様へ」という夏目漱石のサインが見つかったんです。もしかしたらすごく価値があるかもしれないと。
値札が残っていて、どうやら元々「ビブリア古書堂」で売られていたものらしいので、〈俺〉は「ビブリア古書堂」に向かいます。本の査定は店長しかできなくて、店長は足の怪我で入院していると言われ、病室を訪れます。
おじさんの店長だと思っていたら、そこにいたのは、高校生の頃に見かけたことのある美しい女性でした。篠川栞子さんは『それから』の本を見て、本に隠された秘密を解き明かします。
「第二話 小山清『落穂拾ひ・聖アンデルセン』(新潮文庫)」
篠川栞子さんが入院しているので、〈俺〉はアルバイトとして店番をすることになります。常連客の志田と知り合いになります。志田はせどり屋と言って、価値があって安い本を手に入れて来て転売するという生業をしています。この志田がある頼みごとをします。盗まれた本を取り戻してほしいと。志田がある時、寺の便所を借りている時に、志田が止めていた自転車とぶつかった女の子がいたんです。そしてどうやらその女の子が、志田が自転車に置いていた本の中から小山清『落穂拾ひ・聖アンデルセン』だけを盗んでいったらしいんです。一体なぜなのか?
「第三話 ヴィノグラードフ・クジミン『論理学入門』(青木文庫)」
〈俺〉がいつものように「ビブリア古書堂」の店番をしていると、サングラスをかけた男が本を売りに来ます。店長に値段をつけてもらうためにいったん本を預かります。しばらくすると、その男の妻から電話がかかってきて、本を買わないでほしいと言うんです。〈俺〉が病室でそんなやり取りを篠川栞子さんに話していると、その妻がやって来ます。明るく元気でぺちゃくちゃ喋る女性。はたして男が売りに来た本に隠された秘密とは?
「第四話 太宰治『晩年』(砂子屋書房)」
篠川栞子さんの足の怪我の理由がようやく明かされます。この短編は、太宰治の『晩年』をめぐる話です。それはとても貴重な本なんですが、売り物ではないから売れないと言っているのに執拗にその本を欲しいと行ってくる男がいます。太宰治の小説の中のキャラクター、大庭葉蔵を名乗る不気味な男。大庭葉蔵を捕まえるために、篠川栞子さんと〈俺〉は罠を仕掛けます。はたして大庭葉蔵を捕まえることはできるのか? そして篠川栞子さんと〈俺〉の関係に変化はあるのか!?
とまあそんな4つの連作短編が収録された本です。作中で取り上げられている本は実在するらしいので、それを読んでみるのもまた楽しいかと思いますよ。
読みやすく、キャラクターに魅力のある小説です。ミステリ的にはやや弱いですが、本の好きな方や古本屋が舞台になっている小説が読みたい方におすすめです。
おすすめの関連作品
リンクですが、本を1冊。読みながらぼくが連想していたのは、北村薫の小説です。特に『空飛ぶ馬』から始まる〈円紫さんシリーズ〉あたり。
空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)/北村 薫
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こちらも日常の謎を扱っていますが、ミステリ的に秀逸なものが多いです。唸らされる感じです。主人公は日本文学を学ぶ学生で、探偵役になるのは落語家という組み合わせもユニーク。機会があればこちらもぜひぜひ。
明日は、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』を紹介します。