エドガー・アラン・ポー『モルグ街の殺人・黄金虫』 | 文学どうでしょう

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モルグ街の殺人・黄金虫―ポー短編集〈2〉ミステリ編 (新潮文庫)/エドガー・アラン ポー

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エドガー・アラン・ポー(巽孝之訳)『モルグ街の殺人・黄金虫』(新潮文庫)を読みました。

新潮文庫のポーの短編集は2冊あって、「ゴシック編」の『黒猫・アッシャー家の崩壊』と「ミステリ編」『モルグ街の殺人・黄金虫』に分かれています。今日紹介するのはこの「ミステリ編」です。

「ゴシック編」はグロテスクというか、ショッキングな内容もあるものの、独特の雰囲気がいいんです。

部屋の内部の装飾など、ある種の突き抜けた美学の元に、細部まで精巧に作り込まれた短編が多く、非常に興味深いです。今読んでも新しく感じるところがあります。

一方、この「ミステリ編」は発想的に作り込まれたものが多いです。読んでいてすかっとするというか、ロジカルな面白さがあります。

オーギュスト・デュパンという名探偵が出てきますが、世界初の名探偵と言われていて、イメージとしては、シャーロック・ホームズに似ています。

それというのも、デュパンのキャラクターがホームズに影響を与えたらしいんですね。興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。

作品のあらすじ


『モルグ街の殺人・黄金虫』に収録されているのは、「モルグ街の殺人」「盗まれた手紙」「群衆の人」「おまえが犯人だ」「ホップフロッグ」「黄金虫」の6編です。

「モルグ街の殺人」

タイトルは有名だと思いますが、みなさんは読んだことがありますか? 実は犯人があれなんですけど、もうそれがあまりにも有名でして、分かっている人は今、「うんうん」と頷いてらっしゃると思いますけども、もし「えっ犯人誰なの? 全然知らないや」という人はラッキーです。

余計な情報を入れる前に読むとよいと思いますよ。せめてこの短編だけでも。犯人に言及されていることがとても多く、しかもさらっと書かれるので困りものです。

ちょっと脱線しますが、もう1つ余計な情報を知る前に読んだ方がよいのは、アガサ・クリスティーの『アクロイド殺し』です。『アクロイド殺し』と聞いて、なにも思い浮かばない人はラッキーですよ。急いで急いで!

いやまあ急がなくてもいいんですけど(笑)。エルキュール・ポアロも有名な名探偵なので、機会があれば、ぜひ読んでみてください。

「モルグ街の殺人」は、パリで暮らす〈わたし〉によって書かれた記録です。〈わたし〉はオーギュスト・デュパンという紳士と親交を深めています。

2人とも押し黙って歩いています。すると突然、デュパンはこんなことを言います。「あいつはほんとうにチビだからな、ヴァラエティーショーの演芸館が似合いじゃないか」(18ページ)思わずあいづちを打ってから、びっくりする〈わたし〉。

デュパンはどうやって〈わたし〉が頭の中で考えていたことが分かったのでしょうか? ホームズにも似たようなところがありますけども、すごい観察力と想像力があるんです。

デュパンは事細かになぜその考えに至ったかを説明してくれます。おお~となる一方、いじわるな読者はいやいやいやと鼻で笑うかもしれませんけど。

強引な推理ですが、ある種のロジカルさはあって、面白いです。

ある日、新聞にある殺人事件の記事が載ります。ある母娘が殺害されたんです。犯行時の叫び声や犯人の声を聞いた人はたくさんいるんですが、それぞれの証言はばらばら。

あれはフランス語だっという人がいたり、イタリア語だったという人がいたり。

犯人は一体誰なのか? デュパンの推理力が光る短編です。

「盗まれた手紙」

「盗まれた手紙」もデュパンものの一編です。心理学や文学理論の分析に使われることがよくあるらしく、以前紹介した『新文学入門』という本にもある程度詳しい分析がありました。興味のある方は読んでみてください。

警視総監がデュパンのところにやってきます。ある困った事件が起こっているというわけです。事件の詳細は秘められているんですが、宮殿の部屋からある重要な手紙が盗まれたらしいんですね。

それを盗んだ人物は分かっていて、Dー大臣です。ところが、Dー大臣を尋問にかけたり、部屋を探しても手紙は見つからないわけです。

盗まれた手紙は一体どこにあるのか? デュパンの名推理が光ります。盲点という要素が面白いです。ホームズにも似たような話がありましたね。写真を探すやつです。

「群衆の人」

「群衆の人」は、不思議な短編です。なにが起こるわけでもない話なんですけど。〈わたし〉は群衆を観察しています。

そしてある老人に注目して、こっそりとあとをつけはじめます。老人のことを知ろうとして。そして・・・というお話。

これを読みながら、思い出したのはポール・オースターの『幽霊たち』という小説です。

幽霊たち (新潮文庫)/ポール・オースター

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ポール・オースターはミステリの形式を使いながら、ミステリではないものを書いていて、すごく面白いです。追跡している内に事態はどんどん曖昧になっていって・・・という話です。おすすめです。

「おまえが犯人だ」

「おまえが犯人だ」は、ちょっと強引というか、やり方がフェアじゃない気がしてぼくはあまり好きではありませんが、現在の推理小説のある形式の先駆けと言われていて、そういった意味での面白さはあります。

ラトルボロで起こった事件。シャトルワージー氏が行方不明になります。血だらけの馬が帰ってくる。友人のグッドフェロウ氏は熱心に捜索にあたります。

シャトルワージーの甥であるペニフェザー氏が容疑者として捕まります。事件は解決したように見え、ささやかなパーティーが開かれます。

そこで思いがけぬことが起こり、事件の真相が明らかになります。

「ホップフロッグ」

「ホップフロッグ」は滑稽で、しかも残酷な話です。ロジカルなすかっとさはあるんですが、なんとなくもやもやしたものが残ります。

ある国の話。国王はなにより冗談が好きで、当然周りの大臣なども道化じみた人々。そして面白いやつがもてはやされるわけで、小人のホップフロッグが国王のお気に入りなんです。

国王と7人の大臣たちは、パーティーでの仮装に悩んでいます。そこでホップフロッグがある提案をします。オランウータンの格好をしたらどうかと。

国王と7人の大臣は大喜びでオランウータンの扮装をします。パーティーに登場した8匹のオランウータン。悲鳴をあげる招待客たち。思わぬことが起こって・・・というお話です。

「黄金虫」

「黄金虫」は、暗号解読の小説として有名ですよね。短編としての面白さというか斬新さはさすがにもうないような気もします。

というのも、英語から翻訳されているからということもあるとは思うんですが、暗号が複雑すぎて、本当にそんな暗号を考えてあれしたのかなあ? という疑問が出てきてしまうんですね。いやぼくだけかも知れませんけど(笑)。

それより暗号解読の方法が、語学の勉強に似ているところがあって、興味深かったです。

つまり、アルファベットが記号に置き換わっているので、頻出の記号を頻出のアルファベットに置き換えるところから解読がスタートするんです。

つまり「e」からです。そして「the」という単語がないかどうか調べていくわけです。

そうして暗号解読していく過程が、単語を少しずつ覚えていくアプローチに似ていて、意味の分からない文が段々と意味のあるものになっていくという流れがなんだか面白かったです。個人的には。

物語は、〈わたし〉がルグランという友人との親交について回想するところから始まります。ルグランはサリバン島に住んでいて、ある時、新種らしい黄金虫を捕まえるんです。

それを別の人に預けてしまったので、どんな形をしていたか、手元にあった紙切れに描いて〈わたし〉に見せるんです。

〈わたし〉はそれを見て、なんだか髑髏みたいな模様だねという。ルグランはなんだか不満そうな顔をします。〈わたし〉は自分の住んでいる都市に戻ります。

しばらく経って、ルグランから手紙が来ます。そうしてまた〈わたし〉はルグランの元に行くんですが、召使の言うには、ルグランはどうも頭がおかしくなってしまったというんです。とりつかれたように何かに熱中していると。

ルグランが見つけたものとは一体なんだったのか? 

どの短編もミステリ的に面白くて、爽快感があります。ミステリの基礎というか、出発点でありながら、鮮やかさは今なお光っています。

興味のある方はぜひ読んでみてください。ポーは今なお斬新で、鮮烈で、面白いです。おすすめです。