大橋洋一『新文学入門』 | 文学どうでしょう

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新文学入門―T・イーグルトン『文学とは何か』を読む (岩波セミナーブックス)/大橋 洋一

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大橋洋一『新文学入門 T.イーグルトン『文学とは何か』を読む』(岩波書店)を読みました。

T.イーグルトン『文学とは何か』の訳者である大橋洋一による分かりやすい副読本のような感じですが、市民セミナーでの講義が元になっているので、内容的にも分かりやすいですし、丁寧な文体で読みやすいです。

実はこれはすごくよい本で、ある意味において本家の『文学とは何か』を越えている部分があります。つまり脱構築(ディコンストラクション)の説明や、メタファー、メトニミーの説明などが非常に分かりやすいんです。

図表や身近な例があげられているので、文学理論がぐっと身近になるというか、なるほどそうだったのかと思えます。『文学とは何か』を読まずにこの本だけを読んだらどうなのか、ぼくにはちょっと分かりませんが、『文学とは何か』を読んだら、こちらもぜひあわせて読むことをおすすめします。

もしかしたら難解だった部分がすっと理解できるかもしれません。

こちらもおっと思ったことについてだけ簡単に触れます。まずはロシア・フォルマリズムの異化について。

T.イーグルトンの「文学とは何か」という問いの答えとして、文学的な言語が使われているということがあります。

具体例としては実際に本を読んでもらいたいですが、漠然としたことでよければつまり、日常の生活で使われている言語と、文学で使われる言語は異なるということです。ある種の詩的な言語が使われることによって、異化効果が生まれ、その文章は単なる文章ではなく文学になるというわけです。

異化は文章だけでなく、もう少し広がった概念としても使われていて、シクロフスキーの論文ではトルストイのオペラに関する描写が引用されていたようですが、たとえばオペラをオペラとして描写するのではなく、全く知らないものとして描写するんですね。

なんか人が出てきて、急に歌い出した、などなど。そうした日常的なものではなく、非日常の新鮮なものとして描くことで、新しい感覚を呼び起こす手法です。デイヴィッド・ロッジは『小説の技巧』の中で、「知識」を「感触」に変えるのが異化効果であり、それはつまり独創性の同義語だというようなことを書いてました。

他には、受容理論について書かれたところが非常に面白いです。俳句が載っているところです。ここは面白いので、あえて触れません。知らずに読んだ方が楽しめると思いますので。

受容理論は読者のことを考えるわけですが、単なる読者ではなく、「想定された作者」「想定された読者」を読み取る構造が興味深いです。

さていよいよ脱構築(ディコンストラクション)について。

ポスト構造主義の概念で、かなり有名ですが、いまいちすっと理解できない感じなのが脱構築です。ここで書かれている例をそのまま引用しますね。

たとえばある大学の先生が、予備校教育の悪口をいって、「予備校では受験テクニックを優先して◯×式の発想しか教えないが、大学では◯×式の発想ではなく、複雑で柔軟な思考を重視するのだ」と語ったとします。(139ページ)


脱構築というのは、二項対立を崩すというものですが、二項対立とは、男/女、明/暗など、対照的な2つの概念のことです。この例の場合は、大学教育/予備校教育という二項対立になります。この2つの概念は平等として提示されるのではなく、ある種の上下関係を持っているという前提があります。

つまり大学教育の方が予備校教育より上にくるという構図です。予備校教育がなぜダメかというと、◯×式の発想をしているからですよね。

ところが、この大学の先生がまさに、大学教育は◯で、予備校教育は×という◯×式の発想をしているわけです。否定されたはずの◯×式の発想がこの発言の根底にあるわけで、上下関係は崩れ、二項対立も崩れます。そうして決定不可能なものだけが残る。これが脱構築です。

この例はすごく分かりやすくてよいです。他にも脱構築にまつわる色々なことも書かれていて、とても勉強になります。ちょっと類書にはない分かりやすさなのではないでしょうか。

脱構築に関してぼくが疑問に思っていたのは、それを行うことによって、なんの意味があるのか? というものでしたが、「ファルマコン」という概念である程度納得できました。その辺りはぼくもまだ消化しきってないので、興味のある方は本を読んでみてください。

精神分析批評についても、『文学とは何か』よりもずっと分かりやすいです。ポーの「盗まれた手紙」を下敷きにして、ラカンの「現実界」「想像界」「象徴界」について解説があったりします。

とまあそんな感じで、ぼくが触れたのはある一部分ですが、分かりやすく、例がたくさん引かれてあって、理解がしやすいです。『文学とは何か』の全体を扱っているわけではなく、興味のある部分に集中して噛み砕くように丁寧に解説しているのが、逆によかったように思います。

おすすめの一冊です。文学理論全体を扱っているわけではないので、文学理論ならこれ、というようにまとめられないのが残念ですが、難解と思っていた部分をすっと理解できるいい本です。興味を持った方はこちらもぜひぜひ。