ちゃぬの裏韓国日記

カルト統一教会と世界支配層との関係をあばく
(統一教会=世界平和統一家庭連合)


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■天使長(男性信者)はメシア(文教祖)に妻(女性信者)を喜んで感謝して捧げなければいけない

現在の信者は勘違いしています。
昔、777双の祝福ぐらいまでは統一教会の教義は「イスカリオテのユダ(弟子)の恋人をイエス(メシア)に捧げろ」だったんですよ。
文教祖のみ言葉ではイエスが弟子に「自分の妻を私に差し出せ」と言ったというのです。そんなことは聖書には載っていません。
イエスは弟子の妻を寝取れなかったからイエスは十字架にかかってしまったと。
そして再臨主がイエスの「恨」を解放するために、イエスが出来なかったこと(弟子の妻を寝取ること)を再臨主(文教祖)がやらなければいけないという理屈を作ったのです。

(文教祖以外の天使長(男性信者)と性交しても原罪はぬぐわれない。なぜなら神の愛の種(精子)、神の生命の種(精子)、神の血統の種(精子)を持っているのは文教祖ただ一人だけだという教義であるため。文教祖以外の男性は悪魔の精子の所有者であるので、文教祖以外と性行為することは堕落である・・・と。)


これは文教祖が最初に執筆した「原理原本」にもその内容が載っています。
実は「原理講論」はこの教義を隠蔽するために新たに作られたものなのです。

『イエスは弟子のうち、愛する弟子たち中にイスカリオテのユダがいた。このユダを愛して天のみ旨を成すことを協助することができる一人の相対存在として立て、神の根本的み旨、根本的造成を目標として工作された。
 その時、イエスはユダを一人の対象者として、墮落の根本自体である一人のエバ格の存在を立てようと思われた。そうしてユダの婦人を一人のエバの存在として、み旨の本意を立てようとされた。その時、マグダラのマリアは、イエスの御心に絶対従順者であると同時にイスカリオテのユダの恋人格であった
 その時、イエスはユダの婦人をエバ格として、サタンがエバをアダムを置いて奪った形で、ユダの婦人を奪って、原理を満たしてみ旨を成すことを工作された。そうしてイスカリオテのユダにはマグダラのマリアを与えて代身にしようとされた。それでイエスは、これをエバ自体としてユダ婦人を選んで摂理を始めた。


예수는 弟子中 사랑하는 弟子들 中에 가롯 유다가 있었다. 이 유다를 사랑하여 하날뜻 成事를 協助할수 있는 한 相對存在로서 세워 하나님의 根本 뜻 根本的 造成을 目標하고 工作하시었다.
그때 예수는 유다를 한 對像者로 삼아 墮落根本自體인 한 해와格 存在를 取하여 세우고저 하심이었다. 그런고로 유다의 婦人을 한 해와의 存在로서 取하여서 뜻 本意를 세우게함이었다. 그 때 막달라 마리아는 예수의 뜻을 絶對 順從者인 同時에 가롯유다의 한 愛人格으로 있었다.
그래 예수는 유다 婦人을 해와格으로 사탄이 해와를 아듬두고 빼앗아 낸 모양으로 유다의 婦人을 빼앗아서 原理를 채워서 뜻 成事를 工作하시었다. 그리하여 가롯유다에게는 막달라 마리아를 주어 代身케 하고저 하심이었다. 그래 예수는 이 해와한 自體로서 유다 婦人을 擇하여서 攝理를 始作하였다.
(「原理原本」より)


これは弟子が文教祖に自分の恋人や妻を捧げろという教義です。
具体的にいうと弟子の妻を文教祖に捧げて復帰(性行為で原罪清算)してもらうということです。

原理原本の中で「サタンがエバを奪ったのと同じように、イエスもユダの恋人(妻)を奪ってみ旨を成そうとした」と書いてあるとおりです。
これはサタンとエバは淫行(不倫なる性行為)をして堕落したので、今度は逆の経路でメシアはサタンからエバを性行為によって神側に奪って(復帰)こなければならない、という内容なのです。

今は社会問題にされてしまうので、そんな教義は隠蔽され無かったことにされています。
777以上の幹部たちはしらばっくれていますが・・・。
777以上の人は、入信したときからこういう教義を聞いているはずなのです。
本当は元老幹部たちは全てを知っていながら隠蔽し嘘をついているのです。
(日本の教会幹部もしかり)

イスカリオテに恋人がいたことは36家庭の李ヨハネ先生の著書(信仰指導書)にも書いてあります。
これは反対派の捏造でも何でもありませんし、原理原本にも書いてある内容なのです。

『こういう人は、イスカリオテのユダのような人です。ユダはイエス様に従っていたけれども、内的には何も知りませんでした。イエス様のみ言を慕うより自分の恋人のあとについてきた結果、そうなりました。イエス様に反対すれば婚約状態にあったその女性が自分を捨てるだろうと思い、イエス様を積極的に信じるその女性のあとについてきたのです。外的な思いだけで従ったため、内的に信仰による復活ができずイエス様を売りました。』
(「成約時代の牧会者」より 1977年5月23日の李ヨハネ先生の説教)

そして文教祖も1970年に「イスカリオテのユダが愛の問題(恋人を差し出さなかったこと)のゆえにイエスが十字架にかかった」と説教しています。

『イエス様は出家しましたね。それはなぜかといえば、この外で子供を求めようとしたのです。外でヨセフの代わりの人はだれか、考えたことがありますか。イスカリオテのユダは何のために先生を売ったのかといえば、愛のためです。・・・その女性は、イエス様に、天の愛によって引っ張られてくるのです。そういうような闘いが、摂理の背後で闘われてきました。結局、イエス様が失敗したのはだれのためかといえば、ヨセフのゆえであり、イスカリオテのユダのゆえでした。
何の話か、聞いて分かるだけではいけません。実行しなければなりません。そうすれば、皆さんが愛するその奥さんを神の方に捧げるその愛、神をもっと愛するように、奥さんを捧げ物として捧げるような心持ちを持たないと、天使長は復帰されないというのです。
ヨセフもマリヤとの愛の問題で、イスカリオテのユダも愛によって失敗しました。その弟子も分からなかったのです。あなたたちもまずもって、イスカリオテのユダ以上の心情を持った男にならなければなりません。自分の愛する女を盗まれても、(その男を)祝福してあげるような度量と寛容心を持たないというと、天国人となることができません。

(777双聖酒式後のみ言葉 1970年10月18日 水澤里中央修練院)

文教祖は「男性信者は天使長なので、喜んでメシア(文教祖)に妻や恋人を捧げて、メシアがたとえ自分の妻を盗んだとしても感謝して祝福できる男にならなければ天国人になれない」と言っています。

文教祖は777双の祝福の時に、自分の妻をメシア(文教祖)が寝取っても文句を言うな、感謝しろといっているのです。
当時は、そういう教義だったのですから当然です。(今は隠蔽されましたが)

その教義は、文教祖のその当時を知る弟子だった朴正華氏の「六マリアの悲劇」にも詳しく書かれています。

<草創期の教義>
・ヨセフがマリアをイエスに捧げる(失敗)
・ヨセフの代わりに立てたイスカリオテのユダがマグダラのマリアをイエスに捧げる(失敗)
 

『そして、イエスは三十年間ヨセフの家で大工の仕事をしながら育ち、三十歳になってイエスは救世主としての道を歩み始めた。イエスは十二弟子を選び、第二のアダムとして神様の創造理想を達成させるためには、まず第一に、自分の母親であるマリアとセックスをして、第一アダムが天使長ルーシェルに奪われたものを取り戻し、復帰摂理を達成していかなければならない。イエスの母親であるマリアは、こういう天の摂理がわかっていなくて、肉親の息子としてしか考えられず、イエスとセックスするチャンスをまったく与えなかった。
 こういうなかで、イエスが行った奇跡は、ガリラヤのカナ地方へ結婚の祝いの家に母のマリアと一緒に行き、水でブドウ酒を作ったことだ。その家の酒がなくなったので、母マリアは「どうすればいいか」とイエスに相談した。つまり、イエスが水でブドウ酒を作れることを知っていた母マリアは、イエスに頼んだのである。そのとき、イエスはマリアに、
「女よ、あなたは私とどういう関係があるのか」
と言った。イエスは、母マリアに自分とセックスをするという考えがまるでなく、よその家の宴会でブドウ酒を作ることだけを勧めたので、本当に許せないという思いで言ったのである。
 聖母マリアがイエスとセックスするということは、第一のアダムが天使長ルーシェルに奪われたエバを取り戻すという復帰の原理である。つまり、マリアが母子協助(母子間のセックス)をしなかったので、イエスが純血を受け継ぐことができなかったというわけだ。
 その後、イエスは、マグダラ・マリア姉妹を非常に愛し、彼女たちもイエスに従っていたので、マグダラ・マリアと結婚して、神様の創造理想を達成しようとした。ところが、マグダラ・マリアは、イエスの弟子であるイスカリオテのユダの恋人であり、いずれ結婚する仲だった。それなのに、先生であるイエスがマグダラ・マリアを愛してしまったので、ユダは嫉妬していた。そこでイエスは、マグダラ・マリアの妹であるマルタ・マリアとユダを結婚させて、自分はマグダラ・マリアと結婚しようとしたのである。
 ユダはイエスに反逆して、イエスをローマの兵隊に銀貨三十枚で密かに売り渡すことになったが、実はお金が欲しくて売ったのではなく、自分の恋人をイエスに取られたことに嫉妬して売ったのである。

(朴正華著「六マリアの悲劇」p30-31)

上記は弟子の朴正華氏が暴露本で公表した統一教会草創期の教義で、下記は1970年の文教祖の説教です。比較してみてください。同じ内容だということがわかると思います。


<イスカリオテのユダの不信>
『こんな立場でヨセフとマリアは一緒に暮らしてもいいですか、暮してはいけないですか? ( 「暮してはいけないです」) このヨセフは何と同じかというと天使場と同じなのです。ですから、二人が一緒に暮すということはアダムとエバの堕落を受け継いで繰り返すことと同じなのです。
ここでマリアがイエスと一つになってイエスの相手を求めることにたいして、どんな犠牲を払ってでも使命を果たさなければならなかったのです。しかしその使命を果たすことができないことによって全部失ったというのです。ヨセフ家庭を中心したことを全部失った(失敗した)ので、イエス様は家を出て相手を求める事をしなければならなかったのです。
それでは、これを家を出てしなければならないのですが、ヨセフと同じ立場に誰を立てるのかということが問題であるのです。これがまさにイスカリオテのユダが適格者でした。
それではまた、マリアの立場に立てることができる人をどこで探さなければならないでしょうか? 家庭でマリアとヨセフが失敗したので、これをまた探さなければならないのです。これを復帰しなければイエスは使命を連結させることができないため、この事を(ヨセフ家庭の)外でするためにイエスは家を出たのです。そして、12弟子を探し立ててイスカリオテのユダを中心としてこの事をしようとしたのです。それにもかかわらず彼(イエス)の御心は成されませんでした。

それではその動機は何なのか? イスカリオテのユダがなぜイエス様を銀貨30枚をもらって売ったのかということです。イスカリオテのユダがイエスを売り飛ばしたのはお金のためですか? イスカリオテのユダは愛する妻を捧げてイエスを昼夜となく仕えて忠誠をつくすことができるように協助しなければならなかったのです。妻と別れる恨みがあったとしても、その妻を捧げてイエスの母親と同じ立場に立ってイエスに協助することができる基盤を準備しなければならなかったのです。それにもかかわらずその責任を果たすことができなかったのです。このような基盤が全て崩れたので、イエスは行く所がなくて仕方なく十字架に行ったのです。このようにイエス様は非運の歴史を担って死んだので、今日私たち統一教会ではこのような歴史を解怨しなければならないというのです。

(「文鮮明先生み言葉選集35巻」より 聖酒式と血統復帰 1970年10月19日 韓国・中央修練院)


上記のみ言葉どおり当時の男性信者は、イエスを裏切ったイスカリオテのユダにならないために、夜昼となくメシア(文教祖)に妻を捧げること、つまり妻がメシア(文教祖)の夜のお相手(性行為)が出来るように協力して恨むことなく感謝して忠誠心を持つことが信仰とされました。

『皆さんが愛するその奥さんを神の方に捧げるその愛、神をもっと愛するように、奥さんを捧げ物として捧げるような心持ちを持たないと、天使長は復帰されないというのです。・・・あなたたちもまずもって、イスカリオテのユダ以上の心情を持った男にならなければなりません。自分の愛する女を盗まれても、(その男=文教祖を)祝福してあげるような度量と寛容心を持たないというと、天国人となることができません。』
(777双聖酒式後のみ言葉 1970年10月18日 水澤里中央修練院)

もともと、こういう教義ですから、文教祖は何十人もの女性信者を妾として関係を持ち、隠し子までいるわけです。
その結果、文教祖は愛人と隠し子に訴訟を起こされる始末です。

純潔教義? これのどこが純潔なんでしょうか。
現役信者、反論求む。


(追記)
1970年代までは、堂々と「男性信者が文教祖に妻を捧げる」教義のみ言葉は語られていて、777まではそれを実践していたわけですから、当然、三男派(郭36家庭、神山43家庭)も知っていることなんですけどね。
文教祖が語っているんですから、三男派もこれを否定したらだめでしょ。
六マリアも七男は認めちゃってますし。

(追記2)
わかりにくいので記事タイトル変更しました。


次回は、どのようにして文教祖が信者の妻たちと関係を持ったのかを777双の古参信者が暴露した内容を公開。

※初回更新日 2015-02-03 12:07:38
※一部修正


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(萩原遼著「淫教のメシア文鮮明伝」晩聲社 1980年)



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※だまされるな! 統一教会=世界平和統一家庭連合です。
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