なぜ「55試合連続フル出場」中で「2季連続リーグ最小失点」のGKを勝ったのに代えるのか?
△ 第1節 VSオリンピア 「1-1」 (アウェー)
● 第2節 VSモタグア 「0-1」 (アウェー)
○ 第3節 VSプラテンセ 「5-1」 【ホーム】
○ 第4節 VSデポルテス・サビオ 「2-0」 【ホーム】
○ 第5節 VSビダ 「2-0」 (アウェー)
○ 第6節 VSレアル・エスパーニャ 「3-2」 【ホーム】
○ 第7節 VSパリーヤス・オネ 「4-2」 (アウェー)
● 第8節 VSマラトン 「0-3」 【ホーム】
△ 第9節 VSヴィクトリア 「0-0」 (アウェー)
● 第10節 VSオリンピア 「0-1」 【ホーム】
○ 第11節 VSモタグア 「3-2」 【ホーム】
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今季のレアル・ソシエダは、良い意味でも悪い意味でも「記録尽くめ」。
第3節にクラブ史上初となる1部リーグ「5得点」を記録すると、そこからこれまたクラブ史上初の「5連勝」。第7節にはクラブ史上初、古巣パリーヤス・オネに1部リーグで勝利。
正に「記録的」な快進撃を続け、首位を独走。このまま一気に優勝まで突っ走れると思っていたのですが…。そうは簡単には物事は進みませんでした。
第8節。我々が圧倒的な強さを誇るホーム・トコア(2季連続でホームでは1敗しかしていない)に、当時、ダントツで「最下位」の「かつての強豪」マラトンを迎えます。マラトンはこの前の試合もホームで「0-4」と大敗を喫するなど、最悪なチーム状態。誰もがレアル・ソシエダの「6連勝」を信じて疑いませんでした。
ところが…。
何と、このマラトン戦に「0-3」で惨敗…。ホーム・トコアで「3点差」で敗れたのは、クラブ史上初…。試合内容も最悪で、サポーターの間では「八百長疑惑」の噂が立つほど…。辛うじて首位はキープしましたが、それまでの「5連勝」の勢いが吹き飛ぶほどの酷い敗北で、チームに暗雲が立ち込めます…。
翌、第9節は得意のヴィクトリアにアウェーで勝てず、第10節にはまたしてもホームで今度はオリンピアに「0-1」で敗れ、とうとう首位陥落…。さらに、クラブ史上初の「ホーム2連敗」、「3試合連続無得点」、「ホーム2試合連続無得点」という不名誉な記録を一気に3つも作ってしまいます。
こうして迎えた第11節のホーム・モタグア戦は、絶対に負けられない…何が何でも勝たなければならない、非常に重要な試合となりました。
結果は…。「3-2」で魂の逆転勝利!!相手に先制点を奪われるも、全員が最後まで決して諦めない強い気持ちで戦い抜き、貴重な勝ち点3を獲得しました!!
が…。僕の中に喜びはありませんでした。GKサンドロがこのモタグア戦で、致命的なミスを犯したのです。しかも、2回も。しかも、その2回ともが失点に繋がるという、あってはならないミス。確かにどんな世界的なGKでもミスは犯しますが、プロの世界で「1試合に2回」の失点直結のミスは許されません。勝ったとは言え、GKコーチである僕にとっては、正に「悪夢」のような試合となりました。
実はサンドロは今季ここまで、これ以外にも致命的なミスを何度か犯していました。チームが勝っていたので、それらのミスが目立つ事はありませんでしたが、僕は今季のサンドロの不安定なプレーには、納得いっていませんでした。
そして次節のアウェーでのプラテンセ戦を迎えるに辺り、もう1つ気になる事がありました。このプラテンセはサンドロの「古巣」なのですが、大半のシーズンをサブもしくは第3GKとして過ごしたサンドロ…何か古巣に対して嫌なイメージやトラウマがあるのか、いつもプラテンセとの試合では非常にナーバスになって、ミスを連発…。特に「アウェー」でのプラテンセ戦においては、サンドロが出場して未だに勝った事がない…どころか、勝ち点1すら獲得した事がありません(もちろん、それはサンドロだけの責任ではないが。ただ、プラテンセ戦ではいつもサンドロのプレーが良くないのは、紛れもない事実です)。
モタグア戦で2回も失点直結のミスを犯して精神的にやられ、さらに次節がサンドロの苦手とするプラテンセとのアウェー戦…。
「この試合にサンドロが出場しても、再びミスを犯して負ける可能性が高い。これはGKを代えるタイミングなのかもしれない」
…自然とそういう考えが頭に浮かびました。
「サンドロを代える」なんて、これまで全く考えもしなかった事です。これが初めてです。
とは言えこれは、決して簡単にできる「決断」ではありません…。
サンドロはここまで「55試合連続フル出場」中で、「2季連続リーグ最小失点」を成し遂げています。レアル・ソシエダの「絶対的な不動の守護神」であり、ホンジュラスリーグを代表するGK。しかも、この「55試合連続フル出場」という記録は、現在、リーグ戦に出場している全チームの全選手の中で連続フル出場の「最多記録」。実に「2季と3分の2」に渡って、全試合でゴールを守り続けてきました。ここでサンドロを代えれば、この記録は途絶える事となります。
上記の圧倒的な数字が示す通り、サンドロとサブGKの実力差は、天と地ほどの差と言っても過言ではないほど、あまりに大きいものがありました。正直、サブGKはサンドロにとって「ライバル」とは呼べない存在でした。今季、GKコーチとしてレアル・ソシエダに復帰してサブGKのオスカル・ギエンを初めて見た時も、「これはサンドロと比べて相当、実力が落ちるな。この差を埋めるのは、不可能かもしれない。サンドロに怪我や退場でもない限り、ギエンが出場するチャンスはないだろう」と思いました。それほど「差」は歴然としていました。
2ヶ月前までは…。
サブGKオスカル・ギエン、26歳。昨年、2部リーグの中堅クラブからレアル・ソシエダに移籍してきましたが、1部リーグでの出場歴は「0(ゼロ)」。技術、体力、精神力…全てにおいてとても1部リーグで戦えるレベルにはなく、僕がこれまで見てきた同世代のプロGKの中では間違いなく、「過去最悪」。それほど能力は低かった…。
そんなギエンが、この2ヶ月間で、信じられない成長を遂げました。
「とにかく1から基礎を徹底的に指導していくしかない」と、キャッチング、セービング、ステップ、ハイボール、ポジショニング、トラップ、パス、メンタル、指示の声…全てを事あるごとに細かく説明しながら、毎日毎日、みっちり練習していきました。
それに対してギエンは、謙虚に真面目に前向きに向上心溢れる素晴らしい姿勢で練習に臨んでくれました。
通常、「26歳のプロGK」ともなれば、基礎を1から指摘されるのは嫌なものです。ギエンは1部リーグでプレーした経験こそ全くないものの、2部リーグでは長年スタメンとしてプレーしており、プライドもあるはず…。パリーヤス・オネ時代のあのGKマリオでも、最初は基礎を指摘されるのを嫌がっていました。
しかしギエンは、僕の言う事をいつも「Si(はい)」と言って素直に聞き入れ、まるでスポンジが水を吸い込むかのごとく、練習でやる事をどんどん吸収していきました。
こうして信じられないスピードで日々成長を遂げていったギエンは、気が付けば「絶対的な不動の守護神」サンドロにも引けをとらない(どころか、ある部分によってはサンドロをむしろ上回る)実力を誇る、ハイレベルなGKに変貌を遂げていました。
「今のギエンの状態は、サンドロよりも上だ。プリメラ(1部リーグ)でも充分に活躍できる」
今季が始まって2ヶ月間で初めて、僕のギエンに対する「信頼」がサンドロに対するそれを超えました。
それでも…。まだ、サンドロに代えてギエンをプラテンセとのアウェー戦に起用する「決断」を下す事はできませんでした。
「プラテンセとの試合までの1週間、3回の紅白戦がある。そこでのプレーを見てから、どちらをスタメンで起用するか決断しよう」
…そう心に決めました。「55試合連続フル出場」という大記録を更新中で「2季連続リーグ最小失点」GKであるサンドロを代える「決断」は、簡単にはできませんでした。慎重に慎重を期する必要がありました。
迎えた、「運命の1週間」。最初の紅白戦では、1本目にサンドロをこれまで通りスタメン組で起用しました。しかし結果は、不安定なプレーで2失点…。対するギエンはサブ組で出場した1本目、スタメン組で出場した2本目ともに安定したプレーで「無失点」に抑えました。
翌日、2回目の紅白戦。昨日の出来と結果を受け、この日は1本目からギエンをスタメン組で起用しました。結果は…この日もギエンは素晴らしいプレーで「無失点」に抑えました。
さらに翌日、3回目の紅白戦。この紅白戦の出来と結果で、今節のプラテンセ戦のスタメンが決まります。昨日も素晴らしい出来と結果を出したギエンを、この日もスタメン組で起用しました。結果は…またしてもギエンは完璧なプレーで「無失点」に抑えました。
1週間3回の紅白戦の中で、素晴らしいプレーで見事に結果を出したギエン。
今節の「スタメンGK」が、決まりました。
「プラテンセ戦でギエンをスタメン起用する」
監督とも完全に意見が一致し、「絶対的な不動の守護神」サンドロをスタメンから外して、ギエンを「1部リーグデビュー」させる「決断」を下しました。そして、この「決断」により、サンドロの「連続フル出場」記録は、「55試合」で途絶える事となりました。
前節にミスがあったとは言え「勝っている」サンドロをスタメン落ちさせ、これまでただの一度も1部リーグの試合に出場した事がない、全く実績のない26歳のGKギエンをスタメン起用する訳です。これでもし「結果」が出なければ…厳しい批判にさらされるのは必至です。
こうして、ついに迎えたアウェーのプラテンセ戦…。
「56試合目」にして、初のGK交代。チームにとっても非常に大きな意味をもつ重要な一戦…。
「26歳」にして初めて1部リーグの試合に出場するチャンスを掴んだ、遅咲きのGKオスカル・ギエンの「デビュー戦」…。
果たして、結果は…?
※赤がレアル・ソシエダです。
レアル・ソシエダ、プラテンセと「0-0」で引き分け!!
「アウェーのプラテンセ戦」で、「クラブ史上初」となる勝ち点獲得!!!!!
26歳、遅咲きのGKオスカル・ギエン、1部リーグ「デビュー戦」を見事に「無失点」で飾る!!!!!
そして、試合翌日のスポーツ紙ディエスにて、ギエンがこの試合の「MVP」に選出される(もちろん、ギエンにとって「初」)!!!!!
※スポーツ紙ディエスの記事。ギエン、何と「デビュー戦」で「MVP」!!
このギエンの「MVP」選出に、誰も異論を唱える者はいないでしょう。それくらい、この日のギエンの活躍は際立っていました。
全く実績のない無名の26歳のGKが、今までレアル・ソシエダがただの一度も引き分けた事すらないアウェーのプラテンセ戦で、好プレーを連発して「史上初の勝ち点」をもたらす…。2ヶ月前のギエンのレベル(酷かった)を知っているだけに、目の前で起こっている出来事が信じられなかったし、ギエンの1つ1つのプレーに感動して涙が出そうになりました。
今回、僕はこのギエンから、多くの事を学ばせてもらいました。
最低限の才能はもちろん必要ですが、どんなに能力が低い選手でも、謙虚に真面目に前向きに向上心をもってコーチの言う事をしっかり聞いて取り組む選手は、必ず伸びるという事。そして、そういう姿勢は時として想像を遥かに超える信じられない成長をもたらし、いつか花開く時がくるという事。そこに年齢は関係ない。能力が低かった26歳のギエンでも、短期間でここまで成長して結果を出す事ができたのですから。
逆に言うと、これまで母校の立正大学体育会サッカー部でGKコーチを始めてから5年半、いろんなチームでたくさんのGKたちを見てきましたが、どんなに才能があっても、上記した姿勢のない選手は全く伸びなかったし、試合では活躍できませんでした。
つまり、結局、全ては「自分次第」という事。「試合に出れないのはYojiに嫌われてるからだ」と文句を言ってくるGKも過去にいましたよ。彼に対して僕はこう言いました。「俺はお前も含めて全てのGKの事が好きだ。嫌いなGKなんか1人もいない。お前が試合に出れないのは、今のお前の状態が試合に出場しているGKよりも劣っているからだ。それ以外の理由はない」。
試合に出れない事を「嫌われてるから」など「第3者」の責任にして自分の能力不足を認めない選手と、試合に出れない事を「自分の能力が足りないから」と自覚して、練習で黙々と己の能力向上に努める選手(ギエンやパリーヤス・オネのマリオのような選手)。ここが、「分岐点」。元々の能力差はあまりなくても、試合に出れない事の「受け止め方の違い」と、「そこからの取り組み方の違い」で、その後の人生が大きく変わる。前述の僕に文句を言ってきたGKは、リーグ開始直後こそ正GKでしたが、その後にサブGKにスタメンの座を奪われ、シーズン終了後に解雇となりました。
ギエンの活躍はこの試合だけに留まりませんでした。そこから一気に「6試合連続スタメン出場」を果たすと、昨季王者レアル・エスパーニャとの一戦では、これまたクラブ史上初となる「アウェーのレアル・エスパーニャ戦で勝ち点獲得(引き分け)」に貢献。プラテンセ戦に続き、これまでサンドロでは成し遂げられなかった快挙を2つもやってのけたのです。さらに、「6試合中、半分の3試合で無失点」という脅威の無失点率を叩き出しました。ちなみに今季のサンドロは、12試合に出場して無失点は僅かに4試合。いかにギエンが出した結果が素晴らしいか、数字上からも伺い知る事ができます。
サンドロには「絶対的な不動の守護神」ゆえの油断が、明らかにありました。「どんな事があっても、スタメン落ちする事はない」と思っていたはずです。
しかし、ギエンがこうして試合に出場して活躍した今、サンドロの存在は全く絶対的なものではなくなりました。気分屋のサンドロはこれまで練習中に不平不満を言う事も多かったですが、ギエンにスタメンの座を奪われてからは、目の色を変えて、黙って、これまでの数倍、真面目に練習に取り組むようになりました。「ライバル」不在だったレアル・ソシエダのGK陣に、高いレベルで競い合う「真のライバル関係」が生まれ、お互いが切磋琢磨し、レベルを引き上げ合い、チームに大きな刺激を与える、理想的な状態になりました。…これこそ、僕が望んでいたもの。新たなGKを獲得せずに、既存のGKを底上げする事で問題解決し、理想的な状態にGK陣をもっていく事ができました。
これらの事が、5年半のGKコーチ経験と、今回のギエンから学んだ事であり、今、試合に出場できていない選手たちの何かしらの参考になれば幸いです。「可能性」は、みんなに平等にある。あとは「自分次第」なのです。
最後に…。改めて思ったのは、元から実力と実績がある選手を指導するのも良いですが、やはり実力と実績がない選手を指導して共に成長し、試合で活躍できるようになった姿を目の当たりにするのが、何よりも嬉しくて感動するし、僕にとってはコーチ業の「最大の醍醐味」ですね。とにかく、ギエンには感謝の気持ちで一杯です。僕も彼に、本当、成長させてもらいました。ありがとう、ギエン!!Muchas gracias Guillen!!
※プラテンセ戦の直後に、ギエンと。本当によくやってくれました!!ありがとう!!
※この日のプラテンセ戦のゴール前。正に、壊滅的なピッチ状態。ボールがイレギュラーしてGKにとっては極めて難しいピッチ状態なのですが、ギエンは見事に対応して結果を出してくれました。
※スタメン落ちして「55試合連続フル出場」の記録が途絶えたサンドロの事を報じる記事。試合後の新聞、TVなど複数のメディアの間で「怪我でもしたのか?」「いや、してないらしいぞ」「どういう事だ?」「55試合も連続フル出場しているのに、なぜ、突然…?」と大きな物議を醸しました。実は、試合キックオフ直前…審判がメンバー表を持って更衣室にやって来て、「サンドロの名前がスタメンにないが、記入ミスじゃないか?」と確認してきたほどです。それくらいサンドロのスタメン落ちは、チーム内外に衝撃を与えました。サンドロにとってはショックだった思いますが、今回のスタメン落ちは貴重な経験になったはず。今後のサンドロの奮起に期待です!!
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