【書籍】 日本の浪人が見た1893年の朝鮮の風景~『朝鮮雑記』本間久介著、初の完訳[06/16]
http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1213710884/

韓半島(朝鮮半島)を舞台に清国と日本が衝突した日清戦争の機運が熟した1894年7月1日、日本では「朝鮮雑記」という本が出た。作者は如囚居士という筆名を使った本間久介(1869-1919)。天佑侠という右翼団体会員であると同時に、後にその機関紙、二六新報特派員を歴任した本間は1893年、初めて朝鮮を訪れた。

釜山に滞在してから京城(ソウル)に移り、南大門近隣の薬屋を拠点に薬売りを装いながら京畿道、黄海道と京畿道及び忠清道一帯を探った後、東京に帰ってその旅行記を1894年4月17日付けから6月16日付けまで二六新報に連載した。朝鮮雑記はまさにこの続物を154編に整理した単行本だった。

彼はどうしてこの時、朝鮮を訪れたのだろうか?1893年春の東学百姓軍一揆が決定的な契機になったと本間自ら言う。すなわち、朝鮮が知る必要性から朝鮮を訪れたというのだ。漢陽大韓国学研究所教授ながら韓国近代史専攻であるチェ・ヒェジュ博士は当時、朝鮮の事情と風俗全般を日本人の目で眺めたこの朝鮮雑記を通じて「1868年の明治維新以後、文明開化を成した文明国日本が他者の目で'未開化'の朝鮮を眺めると、'野蛮と文明'の交差点が読めるようになる」と言う。

それでは、そんな症状が朝鮮雑記では具体的にどのように表現されていようか?チェ博士は朝鮮雑記全編を通じて朝鮮と朝鮮人は「純粋、無事泰平であるとともに不潔、懶怠、腐敗」などの姿で登場すると言う。本間が「奇妙な風俗」と思ったことの一つが早婚。早ければ12~13歳にしかならない男の子が、20歳ほどの女性と結婚する事が朝鮮では決して変な事ではない、と「幼い男女が何をするのか?朝鮮の人口が毎年減少するわけは、ここにある」と言う分析を添えている。

また、銅貨である孔方銭の他に通貨がない朝鮮人たちに紙幤を見せたが、その効用性を全く理解できずに、どうのこうの評する姿を"まるで盲人が象を評することと似ている"と比喩している。本間は朝鮮のお風呂文化を伝えながら、朝鮮の不潔さを強調した。冬季に黄海道海州に行ってから一ヶ月間もお風呂に入れず、客舎の大家の案内で訪れた風呂場の風景を朝鮮雑記は地獄に比べた。風呂場と言う所で会った10人ほどになる朝鮮人を「みな肉がなくて、この世の人には見えない」と言う描写と共におもしろいことに、当時の朝鮮の風呂場が「屋上に火を起こして家の下へ熱を抜く」やり方だったと紹介した。

本間は日本がどうすれば朝鮮に対する清国の野心を挫いて優位にたてるか露骨に表現した。例えば、このためには何より朝鮮に日本人がたくさん進出しなければならない、と主張する。釜山には清国人より日本人が多いが、他の地域、例えば京城には日本人が法外に足りない、と指摘しながら「居留地人民の多寡は何よりその勢力の強弱に影響を及ぼす」と言い「もし一瞬にして風雲の変異こちら(京城)で起きれば、誰が漢江を挟み韓山を横に残してこの天が与えた形勝を占めるのか」と慷概した。

こんな政治色の濃い言葉の他にも朝鮮雑記はわずか1世紀前、朝鮮の風景をパノラマのように広げてる記述が多い。日傘の代わりに傘を差して意気揚々の朝鮮人が登場するうえ、冠も脱がずに争う場面、寺小屋で子供達が声を出しながら本を読む風景、塩を宝物のように思う人々、男色と娼妓に関する証言も見える。この朝鮮雑記がチェ博士によって韓国で初めて完訳された。

ソース:毎日経済(韓国語)[日本浪人が見た1893年朝鮮の風景]
http://news.mk.co.kr/newsRead.php?sc=30000023&cm=%EB%AC%B8%ED%99%94%C2%B7%EC%97%B0%EC%98%88%20%EC%A3%BC%EC%9A%94%EA%B8%B0%EC%82%AC&year=2008&no=380014&selFlag=&relatedcode=&wonNo=&sID=300

▽原文
http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40010293&VOL_NUM=00000&KOMA=1&ITYPE=0

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>全編を通じて朝鮮と朝鮮人は「純粋、無事泰平であるとともに不潔、懶怠、腐敗」などの姿で登場する


明治開化期の日本と朝鮮(9)
(参照公文書は1部を除いてアジア歴史資料館から)

宮本小一外務大丞、朝鮮国京城に行く

風呂場と便所
中の各官庁には風呂というものが無かったが、ここ清水館では日本人のために風呂場が新たに作ってあった。 また、便所も数箇所仮設してあった。これも日本人のために作ったと言う。しかし粗末な藁葺きで不潔であった。 普通、朝鮮人民の家には便所がないとも言う。そのためか、いたる所で糞尿の臭気が甚だしく数万の蒼蝿が舞い、部屋にも満ちて煩わしく、耐えられない位である。雨が降る日だけ臭気が治まった。

護衛朝鮮兵の様子

清水館には、朝鮮兵が2、3百人ぐらいで護衛をしている。
事務官と兵士の上官、下士官には休息所が設けられているが、他の兵卒は別に屯所もなく、館の内外のいたる所に筵を敷いて座ったり、あるいは樹木の下に居たりして、それで苦にしてる感じではない。ほとんどまるで犬や羊の扱いである。しかし雨の日は甚だ困難であろう。また、糞尿をそこらあたりにするので、臭気不潔この上ない。
しばしば督促して掃除をさせた。

井戸、泉水について

人々は小井戸あるいは溜め水を用いるのみで、本年のように旱天の時にもなお手を拱いて、ただ渇水を憂えるだけで、自ら労力して水を得る方法をする者が無い。かえって日本人によって良井戸を設けられるのは憫笑するところである。
また、全体に井戸、泉水が乏しい。井戸の深さも3、4尺に過ぎず、汚濁不潔を嫌わない風俗であるから、枯れなければそれでこと足れりとするようだ。

糞と牛骨が散乱する王城市街

京城は大河の上流にあり、王城城壁は山の中腹に渡っているが、その地は狭隘であり、人家が密集している。およそ3万戸以上はあろう。市街の構造は甚だ雑であり、なおかつ路の両側に矮小の藁屋が列をなす。
ゆえに街路の幅を狭くし、またその不潔なこと名状し難い。

汚水が路の中央に溜まり、牛馬の糞がうずたかく積もり牛骨が散乱している。しかし誰も掃除する者がない。
夏であるから一層臭気を覚える。
その他の道は、4、5メートル余り。凸凹を修繕するということがない。道路端の溝梁はない。人家が道に出っ
張っているのと、引っ込んでいるのとが並んでいて、頗る不整である。

王宮は壮大である。しかし庭には青草が生い茂っている。かつて掃除をしたことがないようだ。

気候と風土病

帰国する頃には、京城に行った者は半数が病人である。重症の下痢の者が多い。中の一人(金子鉄蔵)が医官の治療の甲斐なく死亡した。赤痢の症状に似る。氷水の飲食が原因とも考えられる。
この病は一種の風土病でかつて台湾で流行したものと同じ種類であろう。また朝鮮は悪性の熱病も多いという。 浅間艦に居た者も下痢や脚気になった者が多い。今後、朝鮮国に人を派遣する場合は、予防法に注意すべきを要す。

http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/resi020.html


「反日韓国」に未来はない 呉 善花 219ページ

著者の幼いころの夢は「日本に行って、甘いミカンを食べ、温泉に入る…」ことだったという。
生まれ故郷の韓国・済州島で食べるミカンはとても酸っぱく、「母は日本のミカンはとても甘くておいしいといっていました」。「また、そのころの韓国には入浴の習慣がなかったので、母から、日本のお風呂や銭湯、温泉の話を聞いてとてもうらやましく思ったものです」。両親から「とても親切な」日本人のことを聞きながら育った著者は、やがて学校で「日本人は残虐で野蛮な民族である」と教えられるようになり、親たちの日本人像はだんだんと消えていく。


韓国には入浴の習慣がなかったので、母から日本のお風呂や銭湯、温泉の話を聞いてとてもうらやましく思ったものです」

http://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E5%8F%8D%E6%97%A5%E9%9F%93%E5%9B%BD%E3%80%8D%E3%81%AB%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%84-%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E9%A4%A8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%91%89-%E5%96%84%E8%8A%B1/dp/409402476X


朝鮮事情 明治39年 荒川五郎 著作

・濁っている水だろうが、小便や糞が混ざっている水でも平気で飲む。とにかく不潔で、味噌と糞も朝鮮_人にとっては一緒だ。
・壁は馬糞を混ぜる。壁が固くなるそうだ。
・驚くべき事に小便で顔を洗う。肌のきめが細かくなるそうだ。
・肺結核や解熱として小便を飲む。
・いよいよ病気が酷くなると、大便を食べる。
・穴で暮らしているから夏は暑く、家の外で寝るが、顔の近くを大便や小便が流れているが、朝鮮_人にとっては臭くないらしく、平気で寝る。
・小便壷が家の中にあり、客がいても平気で小便をする。また、痰を吐くときは口の近くに壷を持ってくる。
・雨が降るとこれらの不潔物と雨水が一緒になりすねの上まで浸かり、家の中の物が水に浸るが、洗うという事はしないでそのまま使っている。
・婦人が洗濯をしているので見てみると小便水と見分けの付かない黒い水に洗濯物を揉んだり打ったりしている。

http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40010268&VOL_NUM=00000&KOMA=56&ITYPE=0

小便で顔を洗い、病気なると小便を飲み、病気が酷くなると大便を食べ、小便壷に痰を吐く。これが朝鮮の医学。

>「居留地人民の多寡は何よりその勢力の強弱に影響を及ぼす」

現代への警鐘。参政権を与えるなと言うことだね。


>銅貨である孔方銭の他に通貨がない朝鮮人たちに紙幤を見せたが、その効用性を全く理解できず


イザベラ・バード 93-94頁 南漢江(なむはんがん)旅行に際して


貨幣は数百枚単位


「通貨に関する問題は、当時朝鮮国内を旅行するものを例外なく悩ませ、旅程を大きく左右した。
日本の円や銭はソウルと条約港でしか通用しない。銀行や両替商は旅行先のどこにも一軒としてなく、しかも受け取って貰える貨幣は、当時公称3200枚で1ドルに相当する穴あき銭以外になかった。
この貨幣は数百枚単位で縄に通してあり、数えるのも運ぶのも厄介だったが、なければないで又それも厄介なのである。
100円分の穴あき銭を運ぶのに6人の男か、朝鮮馬1頭がいる。たった10ポンドなのにである。」
http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/korea-su/jkorea/nikkan/heigouji-chousen.html


李朝末期に外国人が入った頃には、既に国家財政破綻状態で、ハイパーインフレ進行中で、 貨銭も低質銭の乱発で信頼を失って、 物物交換経済へと退行中だった。
紙幣流通なんて無理。
そんな紙切れ、だれも信用しない。


朝鮮の貨幣
http://homepage3.nifty.com/~sirakawa/Coin/C025.htm


戦前の朝鮮
http://jp.youtube.com/watch?v=GHV5SY5GK6Y



日本浪人が見た1893年朝鮮の風景 2ページ


「(略)朝鮮の風習では好んでトウガラシを食べ、魚の味噌汁(?魚羹味噌汁)など調理する際に、トウガラシを加えないことはない。
幼児がショウガや大根などを噛みながら、舌鼓を打って喜ぶ様子は、まるで私たちの国の子どもが砂糖菓子を食べるような感じである。
生まれつきの好みのこととはいえ、大変奇妙だといわざるをえない。」

http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40010293&VOL_NUM=00000&KOMA=1&ITYPE=0

勉学に励む朝鮮の児童と教師の図
http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40010293&VOL_NUM=00000&KOMA=41&ITYPE=0


饗応
彼の国にて、賓客を饗応するには、我が国のごとく山海の珍味を陳列して、賓客を酔わしめ飽かしむる等のことなくたとえ貴賓を招待するにも、梨、干し柿、栗の類と、豚、羊、鶏、雉子、鴨等の鮮肉、もしくは煮たる肉と、魚類1,2品漬け物2,3品を一つの膳に載せたるを持ち来たるのみ、酒は我が国の小さき薬罐ようのものに盛りたるを捧ぐるのみなり。

ある人曰く、三港及び京城の領事館などにて、各国の使節を招待し宴会を開くときは、なるべく饗するに洋食を以てすと、これ韓人の食い意地強く、もし日本料理を供すれば、他の外国人が未だ一箸も下さざるに先ち、遠慮会釈もなく食い散らして、他客の迷惑となるが故なりという。

http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40010293&VOL_NUM=00000&KOMA=79&ITYPE=0

この時代から日本食が人気があったんだね。


ファビョーン!!
r⌒ヽ (⌒⌒) r⌒ヽ/,
、、;(⌒ヾ ((⌒⌒)) /⌒) ), ,
、 ヾ (⌒ヽ ド━ l|l l|l ━ン!⌒⌒);;)/. ,
、\(⌒ゝ;(⌒ヾ ∧_∧ ⌒)/)) .,/ ,,
((⌒-丶(;;;(⌒ゝ;;(⌒∩#`Д´>'') ,< これはチョッパリの妄想ニダ!!
(;;;;(⌒(⌒;;;(⌒ ヽ ノ / ))⌒));;;;)-⌒))
ゞ (⌒⌒=─ (,,フ㊙.ノ ─=⌒⌒)ノ;;ノ;;;::)
((⌒≡=─ 人从;;;; レ' ノ;;;从人─=≡⌒)丿;;丿ノ

> 早ければ12~13歳にしかならない男の子が、20歳ほどの女性と結婚する事が朝鮮では決して変なことではないなんだ、


イザベラ・バード 朝鮮紀行 152P

結婚は父親どうしで決め、それが当然のこととして了承される。
息子が二一歳になってもまだ独身でいれば、父親は怠慢だという評判がたつ。
一般に一七、八歳が男子の結婚年齢である。
女の子は両親が「良縁」をのがしてしまいそうだと考えた場合、まだほんの子供の年齢で結婚式を挙げることがあるものの、一六歳になるまでは妻としての務めを果たさなくてよい。
一方、両親がなにかの事情で早く息子に妻をめとらせて望ましい婚姻関係を得たいと考えた場合、一〇歳や一二歳の男の子が結婚することはざらにあり、黄色の帽子にピンクとブルーの上衣を着ておとなぶろうとしている男の子の姿が都会の光景のなかに見られる。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/korea-su/jkorea/nikkan/heigouji-chousen.html


イザベラ・バード 朝鮮紀行 111P


小集落はべつとして、漢江沿いの村々には学校がある。
ただし学校といっても私塾である。家々でお金を出しあって教師を雇っているが、生徒は文人階級の子弟にかぎられ、学習するのは漢文のみで、これはあらゆる朝鮮人の野心の的である官職への足がかりなのである。
諺文[ハングル]は軽蔑され、知識階級ではかきことばとして使用しない。
とはいえ、わたしの観察したところでは、漢江沿いに住む下層階級の男たちの大多数はこの国固有の文字が読める。

イザベラ・バード 朝鮮紀行 437P


女性はいないと考えるのが礼儀なのである。女性は教育を受けず、どの階級においてもきわめて下位に見なされている。
朝鮮人男性は女性とは当然男性より劣ったものだという、ある種二元的な哲学を持っている。
学校時代に『童蒙先習』、『十八史略』、『小学』でこういった見方を植えつけられ、おとなの男たちとつきあうようになると、それがますます強化されるわけである。

http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1213710884/



『 再編集 (捏造中) の図』
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三三)/)
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/ ../) こうだったハズニダ♪ / ../)
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三三)/ < `∀´> <`∀´ ;> 三三)/ かんしゃく起こるニダ!
∧_,,∧ と φ) (つ φ) ∧_,,∧ __
< #i!`Д>/⌒/⌒/ ̄/⌒/⌒/ ̄<田´#> / ../)
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三三)/) 三三)/) ⊂⌒< `∀´>
三三)/ 三三)/ `ヽ_っ⌒/⌒c


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|| /_〆 _!_ 今でもそうだけど、朝鮮半島は寒いし、乾燥してて、不潔、これ豆知識ね!
|| ∠____ __>ミ
|| /ノ リノノ)))リ ☆ \ 〇__〇
|| ノイ( ゚ ヮ゚ノハ/ (^(・(ェ)・ ) 常識クマ♪
|| '(( /)i爪iつ ヽ ▽ しヽO
━━━とく/_|ノ_) ゞ━━━━━━━━し―-J━━━


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日帝が韓国から大便文化を奪ったことを心より謝罪します






嘗糞(しょうふん)とは、人間の糞を舐めて、
その味が苦ければその人物の体調は良くなっており、
甘ければ体調が悪化していると判断する、
古代中国や朝鮮半島の李氏朝鮮時代まで行われた民間療法。
儒教では孝行の一種とされている。



朝鮮では、6年以上父母の糞を嘗めつづけ看病し病気を治した
孝行息子の話などの記録があり、指を切って血を飲ませる
「指詰め供養」(断指)や内股の肉を切って捧げる
「割股供養」

などと共に、親に対する最高の孝行の一つとされた。

こうした風習は朝鮮時代まで続き、日韓併合後に禁止された。



世宗が編纂を命じた儒教的な教訓を纏めた書、『三綱行実図』には
孝行の一例として挙げられている。

『朝鮮医籍考』によると、後に娯楽化し、

人の糞を舐めてその味で誰の糞であるか当てる遊びが流行した。
また、朝鮮王の中宗は、解熱剤として人糞を水で溶いたものを
飲んでいたという(東亜日報 2005年8月22日)。
20世紀に入っても人間の大便を民間医術に使用する例があり、
『最近朝鮮事情』には重病人に大便を食わせる例が載せられている。
また『朝鮮風俗集』には人中黄(冬期に竹筒に人糞と甘草を

交ぜ地中に埋め、夏期に取り出し乾燥させて粉末にしたもの)

と言う民間薬が載っている。


備考資料:中宗(チュンジョン、1488~1544年)は解熱剤として「野人乾」の水を飲んだ。「野人乾」とは人糞 http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2005082232258





儒教に無知な日本人が、韓国人の大切な大便文化を破壊し

親子の絆を断ち切った事実を心苦しく感じています。



祖父等の世代に代わり心より謝罪しますm(_ _)m





enjoy korea
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&page=3&nid=98903

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朝鮮のトイレ文化


■日本
便所の設置が大いなるビジネスとなった江戸時代
http://www.sumainavi.net/column/col041214.html



●江戸幕府が奨励したトイレづくり
鎌倉時代より、肥料として注目されるようになった下肥(しもごえ)ですが、江戸時代に入ると、幕府レベルで“肥料確保のためのトイレ設置奨励”が行われたのです。慶安2年(1694年)に幕府が全国に発行した「慶安御触書(けいあんおふれがき)」にこんな文面があります。
「百姓は、肥、灰調べ置き候義、専一に候間、雪隠を広く作り、雨降り時分、水入らざるように仕るべし」
農家は下肥を無駄にしないために便所を母屋近くや家の隅々につくり、雨に濡れて薄まらないよう屋根などもつくれ、すなわち屋根付きトイレをつくれと幕府が指示しているのです。

●美しい街づくりに貢献した路傍便所の普及
一方、大都市では路傍便所(共同公衆便所)が登場し、これを設置した者が農家に売り、その代金を収入として得ることが出来ました。つまりトイレを作って往来を通る人のを集めればカネになるということです。京都のある人物などは、村の数カ所に公衆便所をつくりたいという「雪隠設置願い」を幕府に提出し、これによる収入で住まいの修繕費を賄たという記録もあります。
また、当時日本にやってきたある南蛮人の記録には、路傍の公衆便所に感嘆した、とあります。実はヨーロッパの都市では、江戸時代中期にあたる18世紀になっても、“おまる”にしたソレを、家の窓から裏通りに投げ捨てる人が多く、いつも異臭が漂っていたのです。これに対し公衆便所が発達し、リサイクルされる日本の都市は、世界的にも最も清潔な街だったのです。
こうして、公衆便所や長屋の共同便所、農家の外便所、武家屋敷や商家の便所というふうに、便所の設置は全国各地に広がり、その装飾も工夫するようになっていきます。

●上方 VS 江戸の便所比較
さて、そんな当時の東西の便所を比較してみましょう。都市における便所の発達は、歴史の古い京阪の方が発達し、江戸は遅れがちであったと言われています。

まずは建築構造。各家に設置された家持ちタイプの便所は、東西にあまり差がなく、四周を壁にして前方に小窓を設け、床は板張りにして中央に穴をあけたものでした。陶製の便器はまだないものの、扉に装飾を設けたり便所までの渡り廊下の景色を工夫するなど、自然との調和を大切にする日本人の感性は現代のものと比べてそう見劣りするものではありません。
ところが長屋の共同便所は東西で大きく異なります。江戸の惣後架(そうごうか)(長屋の共同便所の呼び名)は、板葺きの粗末な屋根に、羽目板壁、開口部の扉は半戸(上半分が吹き抜け)。京阪の惣雪隠(そうせっちん)(長屋の共同便所の呼び名)は、瓦葺きの屋根に周囲は土壁、床は板張り、扉は開口部全体を覆う構造。
さらに、処分の方法も異なりました。京阪では、肥として糞と尿の両方が回収され、その下肥代は、“家持ち”は当然自分のもの、借家人の場合は、糞代が家主、尿代が借家人の収入とされていました。一方、江戸では下肥としてもっぱら尿だけを蓄え、すべて大家の収入となりました。ちなみに、江戸では家主と大家は基本的に別人。借家人や長屋を管理するのが大家であり、大家は家賃を徴収して家主に払い、長屋の維持管理費を家主からもらい、さらに尿代で稼いでいたと言われています。ある記録には、大家が家主からもらえる維持管理費が年間20両、それ以外の下肥代が年間30~40両とあります。当時の優秀な職人の年収が約18両~20両ですから、長屋の便所の収入は相当なものだったといえます。そんな大家のことを揶揄した川柳が残っています。
「店中の尻で大家は餅をつき」

●モースが絶賛した日本のトイレ建築
トイレビジネスが発達した江戸から、ついに明治時代へ。この時日本にやってきた学者E・モースは、当時の日本の住まいについてたくさんの記録を残しています。その中に「便所といえど日本家屋では芸術的感性ある職人がこれに注意を払っている」というトイレに関する記載もあり、町中と田舎の便所の例をあげています。

一つは、東京浅草の商家の便所で、戸に様々な色の材質の木を用いた象眼細工の模様があり、美しい指物細工の見本のようだと絶賛。もう一つは、日光近くの旅籠の便所で、渡り廊下の縁取りの自然の木の幹や、便所の入り口に使われた葡萄づるのアーチなどの素材に注目し、外側の竹垣や植木の趣味を褒め、木製の四脚台と手洗い桶が外国人にも使いやすい設備だと記述しています。
便所は生活に根ざした場所であるにもかかわらず、欧米人より日本人の方が空間的な豊かさを追求していると高く評価しているのです。 
トイレをビジネスとして普及させていくと同時に、住まいの中の大切な文化としても発達させたというのは、日本人として世界に自慢出来ることなのかもしれませんね。次回はついに、トイレタイムスリップの最終章、近代から現代の便所を探検します!




■朝鮮
http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/rekisi28.htm
ビショップ夫人著「30年前の朝鮮」より
「市民は地上に瓦または藁を並べた平屋の下に潜り込んで生活している。いや不潔な道路に蠢動していると形容した方が良いだろうか。その道路は広くても二頭の馬が並べるほどではない。狭いところで大きな荷物を担いだ人が通ると、それだけで往来を塞いでしまうほどである。道路のはしには悪臭が辺り一面臭ってくる溝があり、路面はまみれの半分裸の子供達と、猛悪な犬とによって占領されている。」
下水道は、市内の汚水を昼夜絶え間なく城外へと排せつしている。そのため、下水道の泥は真っ黒で、遙かな昔からの汚水によって染められ悪臭を空気中に放散して旅人を悩ましている。」
ソウルは汚いことと臭いことでは世界一である。」


細井肇 著「漢城の風雲と名士」(『政治史』第77巻、豚犬的生活五より)
韓国内地を旅行すれば、路傍や街路中に累々たる黄金の花(人糞の比喩)が場所も構わずにあちらこちらに咲き乱れいて、足の踏み場もなく潔癖な人は一目その不潔さと臭気の酷さに驚くのである
・・・(中略)・・・
現に、この国(韓国)の中央都会である京城(ソウル)のような「韓国の帝都」と言われる都市でさえ至る所に人糞や牛馬糞を見ないことはなく、辺りに漂う恐ろしいほどの臭気は人の鼻を襲い目を顰めない人はいない
さらに京城市内(ソウル市内)を流れている川には、そこに隣接する各家々から排せつされる糞尿が混じり、川の水は黄色に染まり、ドロドロとなっているなど目も当てられない光景であるが、韓国人はその水を洗濯に使っている
。全く持ってとんでもない話である。毎年夏期になると京城(ソウル)では伝染病が流行し、その伝染病にかかる患者の殆どが韓国人であり、大流行時には何千人もの患者を出すことも珍しくはない・・・」




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